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第2話

彼=室町君のことは、新しい学年になってから同級生だと知った。同じ地域に住んでいることと知ったのは一ヶ月ほど前。

「バスで足の悪いおばあさんがいてね、席で立てないで、困っていたところを助けた子がいたの。聞くと、小百合の同級生の子だったわ」

 若い若いといいながら、くるくるパーマのおばちゃん化した小百合の母親が、スーパーの帰りに見たことを話していた。

「同じ駅だから、送っていくって言ってね。お母さんの前の駅で降りた。良い子だったわ」

 と、すごく興奮して報告してくれた。

 彼の席は、小百合の右三つ前。

 切り揃えられた短い髪の硬くて男の子っぽい感じや、運動部でもないのに背中が意外と広いところが、意外な感じがする。

「どこか、影があってね。男前だったわよ」

「お、男前か。小百合、一度家に呼んできなさい」

 男前でぴんときたのか、お父さんが話しに入ってくる。お母さんが騒ぎ出すと、たいていリビングに一緒にいるお父さんが加わってくる。

 会社の部長で、昼は背広を来て出勤、夕方には帰って来て、浴衣でくつろぐのが平日の姿だ。

「誰が、連れてくるのよ」

 あせって、小百合がそう言うと、

「姉ちゃん、男連れてくるの?」

 と、まだ中学一年生の小学生上がりの弟が話についてくる。

「姉ちゃんはね、お年頃なんじゃ」

 そうなれば、おじいさんもくっついてくるのが慣例だ。

 家の人の騒がしさはとにかく、近くの町に彼がいることに気づいた時、彼がとても親切な行いをしたと分かった時、小百合は彼がとても身近に感じられたものだ。

 そういえば、以前この前会った時は、髪が長かった気がするが、切ったらしい。一穂が知らないと言っていたことを可哀想と思った小百合だって、よく覚えていないのだから、人のことを言えない身である。

 生物の教室では、白衣が配られている。

「珪藻の体うようよ」

 白衣の一穂が、顕微鏡をのぞく。

「新しいテーマを考えてくるって言ってたけど、自分の課題やってこなかったの?」

「だって、小百合の課題のほうが良いんだもん」

 各自顕微鏡を使って、いろいろな生物の体を見ている教室内。

「ねえ、室町君って良い感じじゃない?」

 同じクラスの大越綾乃と、彼女の友達とが、同じ席に着いていて、話している。

「すっごく、かっこいい」

「背が高くて、スラーとして、さっきぶつかりそうになったけど、どうぞってよいてくれたの。紳士だわあ。とっても優しいわあ」

「あの、目つきたまんない」

 気がつけば、そこかしこで女子のささやいている声が聞こえる。

「室町君って、素敵」

「室町君の瞳に一瞬にしてやられちゃった」

 妄想が多い女子の言には時として、聞き捨てならない言葉もある。

 聞いていて、いたたまれない感じがして、小百合は背筋がぞぞぞとしてくる。

 室町君は授業中静かにノートを取っている。

 おチャラけ好きの藤沢君なんか、毎日騒いでいるというのに。

 今まで、それほど目立っていなかったのに、不思議である。

 目立っていないほうが、小百合は好みだったかもしれない。

 クラスの女子は皆、室町君をちらちらと見ている。目をハートマークにして。

 気になり始めると、気になるものだ。

 なぜ、いつ?こんな風に変わってしまったのだろう?これだけ格好良かったっけ?

 ど、どうしよう?

 同じクラスにいたら、いたたまれない気持ちになる。

 ふと、目が合った日には、心臓が止まりかける。

「ねえ、ちょっと、あんた、当番でしょ?」

 久住鈴花が突然、小百合の肩をたたいた。

 使ったバケツを片付ける当番に、小百合はなっていたらしい。

 久住鈴花は、何かにつけて陰険だ。連絡をしなかったり、渡すものを渡さなかったりして、小百合をいつも困らせる。

 ただ、今回は小百合もさすがに気づいた。先週も当番で、バケツを洗って、教室の片づけをしていたでないか。

「私、当番じゃないわ」

「あら、そうだったっけ?」

 いじめて懲らしめてやるつもりで、ほくそ笑んでいる久住と、小百合はばちばちと見合った。

「久住さん、駄目だろ」

 声がしたとたん、久住は雷に打たれたように驚いた。

 声の主は、なんと女子全員の憧れとなった室町君。久住ももちろん室町君にぞっこんほれ込んでいるのは、じっくりと目で追う様子から分かっている。

「伝えるべきことは、ちゃんと伝えるものだよ」

 それ以上、聞いていられなかったらしい。

 チャイムが鳴るかならない前に、久住はもごもごと何か言おうとしたが、言葉にならず、眼を白黒させて、顔を真っ赤にして、笑って良いのか、いじめたりない怒りのせいか、半笑い半泣きになりながら、教室を出て行ってしまった。

「ありがとう」

 小百合は思いがけない彼の登場に驚愕と困惑しながら礼を言った。

 彼はつと顔を背けたけれど、小百合は彼がとても優しいことに気づいた。


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