第1話
小さい頃、隣の富士本君と遊んだ時のことをよく覚えている。
坊主頭で色白の彼は、汗水、鼻水は全開。
息を切らせて、手には棒の変わりにぺんぺん草を持って、鬼の小百合を追いかけていたものだ。
頭には何の考えも、目的もなく、騒いでは嬉しくなって、大勢の子供たちに追いかけられ、小百合は走り回っていた。
ただただ、それが楽しかったのを憶えている。
記憶はいつまでも残り、近所の景色を見るごとに、思い出すことが増えるものだ。
田植えをする季節になると、生物達が多くなる。都会から二キロほど離れた市内には、田んぼも多い。
「わ、冷たい。水飛ばさないでよ!」
幼稚園から友達の北島一穂が、素足を川に浸して、バチャバチャやっているので、さゆりのところまで飛んでくる。
「大腸菌、うようよだからね」
「サルモネラもね」
急に温度が上がった今日、帰り道の川岸でクラスメイト達が川に入っていた。
梅雨後の稲作の時期の水路は、とうとうと水が流れている。
あれから月日が経って、小百合も一穂も、体が大きくなった。
とはいえ中身はあの頃とはあまり変わっていない。大きくなった今でも、川に入って、水遊びをしている。
ふと、川岸を見ると、ざああと風が吹いた。
川岸には、今を盛りに生い茂った野の草木が新緑鮮やかに迫っていた。
「誰?」
立ち並んだ木立の間に人影が見える。
背が高く、背中まで黒髪を垂らしている男がいる。
男は振り向いた。
眼光鋭い切れ上がった眼、高い鼻梁に固く結ばれた唇。今まで見たこともない美形。この世のものとは思われぬほど。
小百合は手にしていたヤゴを落とした。
「あ・・・」
ヤゴを逃したのと、落としたのと、男と、何か混乱して、小百合はヤゴを拾おうとした。
けれど、捕まえて離すつもりだったので、手を引っ込め、再びヤゴを拾わなかった。
次に顔を上げたときには、川辺にあの男の姿もなかった。
「室町・・・君」
確か、彼はそういう名だった。
「あ、いたいた、小百合。こんなところでなにしてるの?」
「ちょっと、ヤゴいたから」
「自然を踏み荒らすの、やめてよね」
「はいはい、そっちこそ。それより、何でこんなところにいたんだろう?」
「何かいたの?」
「室町君・・・」
小百合は再度、記憶を確かめるように彼の名を呼んでみた。
「はあ?そんな人間いたっけ?誰よ、それ?」
「一穂ったら、同じクラスの子じゃないの」
「そうだっけ?」
新しいクラスになってから、同じ教室で4月から一緒に過ごしている。
一穂も知っているはずなのに、知らないとは可哀想な感じがする。
おとなしいから、目立っていないのだろう。
とにかく、あれは室町君だった。
驚いた。
普段とは違って、どこか威圧感があった。目には強い生気があって、見つめられると、凍りつくような感じだった。
「もういこ、のど渇いた」
「うん」
ふと、後ろ髪を引かれるような気持ちがして、小百合はまた後ろを振り向いたけれど、誰もいなかった。