第四話・・・疲れた時はシャワー
「部屋、上がっていい?」
杏は僕の返事を待たずに靴を脱いだ後、重そうな荷物を持ち上げて部屋の中へ入っていく。
突然の来訪に思考が停止して言葉が出ない。こっちに来させる前に一言ぐらい電話してきてもいいだろとか、こちらにも受け入れる準備とか予定とかあるだろ、と我が親に対して怒りが湧いてくる。しかし、来てしまったものは仕方がない。
部屋の鍵を閉めて、深呼吸。
よし。状況を整理しよう。時刻は午後十時半。外の気温は氷点下。大学からすぐ近くのアパートの一室。家の中はしっかりと暖房を入れている。妹をまたこの寒空の下、外に出すわけにもいかない。一泊くらいは許してやるしかないようだ。
振り返って、部屋の中を見ると杏がソファーに横になっていた。いきなり来て遠慮もなく即ソファーとはやるじゃないか。まぁまぁ許そう、我が妹よ。今日限りだからな。
「とりあえず説明してくれ。なぜ来た、なぜ事前に連絡しなかった」
「んー、ご飯は食べてから来るつもりだったし連絡する必要ないかなーって。あと、もう説明いらないよね。私、これからここに住んで、ここから高校に通うから。よろしくね、お兄ちゃん。あ、シャワー入っていい?さすがに疲れちゃった」
ソファーからすっと立ち上がり、大きな荷物から着替えを取り出すとそういうと脱衣所の方へ向かっていく。
即ソファーだけでなく、即シャワー。杏さん順応しすぎては?ここ来るの初めてですよね?会うの一年振りですよね?適応能力高すぎでは?そして、こちらの返事を待たずに行動するのやめない?
そしてしばらくすると、シャワーの音が聞こえ始めた。
どうしてこうなった。記念すべき一人暮らし一周年パーティー当日に、僕しかいなかったワンルームに、壁を隔てた向こう側で妹がシャワーを浴びている。異常事態だ。酒なんて飲んでる場合じゃない。僕は机にある飲み物や食べ物を片付け始める。
手紙のやり取りをしていたし、母からでも父からでも住所なんていくらでも聞けるから、迷わずここに来てもおかしくはない。でも常識的に考えて何の連絡もなしに突然来るだろうか。北海道に住むのであれば何が必要なのか、こっちの気温は何度なのか、押しかけても大丈夫なのか、彼女はいないのか、など聞くべきことは山ほどある。それをしなかったのは、聞けば全力で僕が拒否することを想定したからだろう。
やはりこんな時間だが親に連絡するしかないようだ。どう考えても親が止めるべきところで止めていないからこうなる。スマホを手に取り、まずは母に電話をする。起きてくれ、頼む。この状況をまず説明してくれ。一言謝ってくれ。
しかし、出ない。待てど出ない。おそらくこの調子では父親も出ないだろう。
「上がったよー、お兄ちゃん。次、入りなよー」
ああ、なんということだ。考えを巡らせている間にシャワーを浴び終わったようだ。髪がまだ少し濡れている。杏はピンクのパジャマに着替えていて、またソファーに座った。そして座るばかりか、もう何も聞かずにテレビも付けてバラエティ番組を見始めた。聞くことすらもしなくなるの早くない?もう僕より家主では?
これからどうなってしまうんだ。明日からの生活を考えると頭が痛い。シャワーに入ってすっきりしよう。
僕はパジャマと下着を衣装棚から取り出し、脱衣所に向かうのであった。