第三話・・・妹は僕に告白する
すっと立ち上がり、玄関に向かう。
僕の友達にこの時間訪ねてくる奴はほとんどいない。今日は一人で祝いたかったから誰とも予定を入れていないはずだ。疑念を持ちながらも酔っていたためか、深く考えなかった。
ピンポーン。
もたもたしている間に、またインターホンが鳴る。
左側の壁にあるスイッチを押して、玄関の電気をつける。
「はーい、今出ますよー」
チェーンを少し手間取りながらも外し、下の鍵も開け、ドアノブを回した。誰なのかわからないのでおそるおそる玄関のドアを少し開ける。
すると、開いた玄関のドアの隙間から黒い影がすっと伸びて僕の胸に飛びついてきた。不意打ちで体勢を保てなかった僕は黒い影を抱えたまま後ろ向きに床に叩きつけられる。
一瞬、床に全身から倒れた痛みで頭が真っ白になる。
目を開けると天井が見える。何が起きたんだ?左手で打ち付けた部分を触りながら、黒い影に目を向けた。
黒い影は女の子だった。その女の子は僕の体を両手で完全にホールドしている。黒い影に見えたのは黒色のジャケットを着ていたからか。黒い長髪の女の子は僕の胸に顔を押し付けていて動かない。
僕はすぐに正体がわかった。でも認めたくなかった。もしかしたら違うのかもしれない、いや間違いであってくれ!天に祈りを捧げた。
黒い影がゆっくりと胸から離れ、目と目があう。
「会いたかったよ、お兄ちゃん」
残酷にも、不幸にも、悲痛にも、願いは神に届かなかった。
それは紛れもなく、我が妹、井村杏であった。
「・・・・・・杏、何しに来たんだ」
当然の疑問が思わず飛び出る。すると杏は巻きついていた両手を離し、その手で倒れている僕を押さえつけた。顔が近づいてくる。杏の両足が僕を逃がすまいと、腰をがっちりと挟む。
「それはね、お兄ちゃんに会いに来たんだよ。もう絶対に離れないし離さないから」
避けるまもなく唇と唇が合わさり、暖かいものが口内に侵入してくる。髪が顔にまとわりついてカーテンのようになり杏の顔以外何も見えない。
理解が追いつかない。何だ?何が起こっている?
僕は妹にキスされている!?
押さえつけられた手を払い、全力で体を起こした。唇が離れた。
杏が床に倒れながらこちらを見ている。唇が艶かしい。
「えへへ、お兄ちゃんとキスしちゃったね。・・・・・・ごめんね、いきなり。でもお兄ちゃんを見た瞬間に我慢できなくなっちゃった」
杏は照れながら笑う。顔が赤い。
「ごめん、言いたいこと、聞きたいことがありすぎて何から聞けばいいか分からない。まず、お前、高校はどうしたんだ?」
「高校?ここのすぐ近くだよ。私立北怜高校。私、ここから通うことになったから」
北怜高校。ここから自転車で15分ぐらいの場所にある北海道ではそこそこ有名な進学校だ。地元の人間でもほとんど入れないぐらい賢い。素直に感心してしまう。さすが杏。偏差値の高い高校に入れると思っていたよ。
「え?ここから通うの?まじで?」
「うん」
杏は嬉しそうに答えた。僕の一人暮らしが・・・・・・。まさかこんなかたちで終りを迎えてしまうなんて・・・・・・。いやでもまだ望みが・・・・・・!!
「お父さんもお母さんもお兄ちゃんの部屋に住みなさいって。そうした方が安心だし経済的だって」
終わった。もうダメだ、あきらめよう。今は悔しいが受け入れるしか手がない。夜も遅い時間だし唯一の手である両親への再交渉は明日以降だ。悔しいが。
「合格おめでとう、でもなんでそこにしたんだ?僕を追いかけてきたってのは冗談にしても理由がさっぱりだよ。あと、さっきのキスは欧米では一般的かもしれないけど日本国的にはアウトだからな。過剰な家族愛の表現はいらぬ誤解を生むから今後気をつけるように」
僕の言葉を杏はじっと僕の顔を見ながら静かに聞いていた。
「もう。告白もキスもしてまだ逃げるの?はっきり言うよ?」
杏は僕が今まで見たことがないくらい真剣な面持ちだった。
「井村充の妹こと、井村杏はお兄ちゃんのことが世界で一番大好きです」
せまいワンルームの一室に僕の逃げ場はもうどこにも無かった。