予知音
スマホの電話帳を見つめながら、俺は友人の名前を削除しようか迷っている。
少し前までは家に遊びに行くぐらいには仲が良かったのだが、
ある事件がきっかけで関係に変化が生じた。
「悪い奴ではない、と思うんだが……」
多分、あの事件がなければ、こんな風に悩むこともなく仲良くしていただろう。
どうしてこんなことになってしまったのかわからない。
巡り合わせが悪かったのかもしれない……色々と。
そうとしか言いようがない。
運が悪かった。結局そういうことなのだろう。
とはいえ、だ。
決めなくてはいけない。
残すか。
消すか――。
スマホを握りしめ、友人の名前を見ていると先日の電話の内容が思い出される。
そう、あの時はまだ、あいつの愚痴を聞いてやる気にもなれた。
だが、今はとてもそんな気にはなれそうもない。
◆◆◆◆◆
その日はテレビを見ながら友人と電話していた。
そうやってテレビの内容をあーでもないこーでもないと話のネタにするのだ。
めずらしくもない、いつものことだった。
『今、何見てんの?』
「ん……何かニュース。
挨拶したけど無視されて暴力に及んだんだって。
最近、こういうの多いよな。
何考えてんだか。
じゃあ、最初っから挨拶するなよって思うわ」
『……確かにな。
でもそいつは挨拶したほうがトラブルにならないと思ったんじゃないか。
無視したせいでうらまれても嫌だし』
「やけに肩もつな。
何、お前も誰かともめてんの?
なんか悩み事があるなら聞こうか?」
『……いや、別に悩んでるっていうほどじゃないんだ
ただ、ちょっと最近隣人トラブルってやつ?それにあってさ。
隣のやつがしょっちゅう壁ドンしてくるんだよね。
家のマンション、壁が薄いからうるさいみたい。
お互い様だと思うんだけどね』
「大変だな。相手はどんな奴?」
『お前もあったことあるよ。
この間、お前が家に来た時も怒鳴り込んできた奴いただろ?
あいつだよ。髪がぼさぼさで目がぎらぎらしたやばい奴。
最近様子がおかしいんだよ。
なんか、リストラされて奥さんに逃げられたらしいよ。
聞くところによると。
管理会社の人が言ってた。
昔はあいさつぐらいする人だったんだけどね。
でも、最近はああいうことがしょっちゅうあるんだ。
チャイムを鳴らされて無視してると、壁をバンバン叩かれるしさ。
仕方ないから出たらギャーギャーわめきやがる。
どうにかなりそうだよ、本当に。
金貯まったら引っ越そうかな……』
「その方がいいと思う。なんかされてからじゃ遅いし。
金は貸せないけど、引越し手伝おうか?
後で飯をおごってくれるならだけど」
空気を換えようとわざと冗談めかして言った。
心配だったし、ニュースの件もあって、わりと本気だった。
……。
友人は何も言わなかった。
一瞬、怒らせたかなと思った。
でも、次の瞬間、真面目な声で聞き返してきた。
『ん?ごめん、今、何か言った?』
嫌味とかではない、ただ聞き逃したときのトーンだった。
金は貸せない、は余計だったかと思い、言いなおした。
「いや、引越しするなら手伝おうかって言ったんだよ」
『あ、そう。ありがとう。
ちょっと聞き取れなかった。
その時は頼むよ』
よかった。
普通にうれしそうだ。
気を回しすぎたかな。
だが、そこから急に話の流れが変わった。
『……突然だけど、俺には超能力があるんだ。
いきなりすぎて驚くだろうけど。
ちょっと聞いてよ』
確かに急すぎだろと思った。
でも思い付きで話題を変えるのはよくある話なのでとりあえず聞くことにした。
心理テストかなんかだと思ってた、その時は。
『俺の能力は、いわゆる予知能力っていうやつだ。
といってもあまり役には立たない。
むしろ害があるタイプなんだ。
予知って聞くと凄そうだけど、俺のはそうじゃない。
音だけだから』
「音だけ?幻聴とかじゃないの、それ」
『……そうかもしれない。
なにしろ、コントロールが効かないからな。
少し先で聞くことになる音が、少し前に聞こえるだけなんだ。
よくあるのは寝ているときに目覚ましの予知音で起きるパターンだな。
おかげで遅刻は減ったけど、全然眠れなくてさ。
完全に睡眠不足だよ……』
「なんで急にこんな話をしたんだ?」
どう考えても話題の切り替えが不自然過ぎた。
本気でそう思っているにしろ、俺をからかうための作り話にしても。
超能力云々よりもそっちの方が気になった。
『……俺、さっき急に黙っただろ。
実はあの時、急に音が聞こえなくなったんだ。
お前の声だけじゃなく、テレビの音とか、周りの音、全部ね。
それで思ったんだよね。
ああ、これは予知音だって。
何も聞こえない音が聞こえるってどういうことだと思う?
多分、俺はもうすぐーー』
◆◆◆◆◆
何かを床に落とした音がして電話は切れた。
「おい!どうした!?何があった!返事しろ!」
また音が聞こえなくなったのかと思い、
少し待ったが返答はなかった。
何度もかけ直したが、つながらない。
DMを送っても既読にならない。
SNSをチェックしたが更新もない。
いてもたってもいられなくなった俺は友人宅に向かった。
走れば十分もかからない距離だ。
はあはあという自分の息切れと心臓の音がうるさかった。
友人の住むマンションに着くと、すでに警察や救急車が来ていた。
半狂乱の男が暴れながら連行されていた。
前に友人宅に遊びに行ったときに苦情を言いに来た男だった。
服には遠目にもわかるほど大きな赤い染みがついていた。
その瞬間、嫌な想像が頭をよぎった。
恐る恐る救急車の方に行くと、包帯で頭をぐるぐる巻きにされた友人が担架に乗せられていた。
包帯は真っ赤に染まっていた。
苦しそうに呻いている。
それでも生きていることだけはわかって、少しだけ安心した。
救急隊員に知り合いだというと、命に別状はないらしいが詳しいことは教えてくれなかった
ただ、その顔は真っ青だった。
何か恐ろしいものを見たような表情だった。
事件の悲惨さやケガの状態よりも、別の何かに怯えているようにも見えた。
友人が予知したのは、隣人に襲われる未来だったのかもしれない。
俺は友人の身に起きた不幸を痛ましく思ったが命が助かったことに安堵した。
後日、メールで詳細を聞いた後、俺は彼と距離をとることにした。
彼の能力のせいではないが、彼のせいだ。
その時の文面を読めば俺の気持ちを理解できるかもしれない。
******
こないだは驚かしてすまなかった。
耳が不自由になってしまったのでメールですまない。
本当は直接会って話がしたいんだけどまだ退院できなくてね。
残念だけど当分会えそうもない。
それと、あの夜のことが気になってると思うので話しておこうと思う。
あの夜、壁ドン野郎が包丁を持って怒鳴り込んできたんだ。
抵抗しようとしたんだけど予知音のことが頭をよぎった。
あれは殺されて聞こえなくなることを予知したんじゃないかと思ったんだ。
このままだと殺される、そう思った。
だから、俺は殺される前に自分の両耳を切り落とすことにしたんだ。
そうすれば予知通り何も聞こえなくなるだろ?
案の定、上手くいったよ。
奴から包丁を奪い取って自分の両耳を切り落としてやった。
とんでもなく痛かった。
でも、歯が砕けそうになるくらい食いしばって耐えたよ。
……実際、少し欠けたけどね。
死ぬよりはましだから。
そしたらあいつ、腰を抜かして這いつくばって逃げていったよ。
ざまあ、見ろだ。
こうして俺は見事生き残ったってわけさ。
めでたし、めでたしだ。
それにこれでようやくあの厄介な予知音ともおさらばできた。
おかげで最近はぐっすりさ。
もっと早くこうしておけばよかった。
残念なのは引っ越さなくちゃいけなくなったことかな。
さすがにあんな事件の後でそのまま住み続けるほど、俺も図太くはないよ。
ところで引っ越しを手伝ってくれるって言ってた件、お願いできるかな?
ご飯ぐらいはおごるよ?
******
どうだ?メールを読んだ感想は。
俺が距離をとりたくなった気持ち、わかるだろ?
ここまでお読みいただきありがとうございます。
面白かったら、ブックマークや評価をいただけると、執筆の励みになります。




