聖女は引っ張りだこのはずが……そうじゃありませんでした
その日、わたしの胸は期待でいっぱいだった。
長い間の努力が実り、大陸の中央部にある教育研究機関を集めた中立国の大学に進むことができたのだ。
大陸とその周辺にはたくさんの国家があるが、諍いを武力で解決していたのは昔の話。
今は人類の未来に向けて、すべての国が協力し合う時代である。
中立国にある大学に進んだ者は、ここで高度な教育を受けながら自分に向いた分野をみつけ、将来につなげていくのである。
全新入生を大講堂に集めて行われた入学式の最中、わたしはふと誘われるように天井近くで燦然と輝くシャンデリアを仰ぎ見た。
眩しい光に脳の奥深くを刺激され、突然よみがえる前世日本人の記憶。
それと共に、ここがとある物語の世界であることを理解した。
遠くで鐘の音が聞こえる。
聖女が現れると、その近くの教会に聖女降臨の信託が下るという。
おそらくたぶん間違いなく、わたしが聖女。
この世界では聖女はピンクの髪と決まっているし、物語の中では転生者でもあった。
ピンクの髪で生まれ、前世の記憶を取り戻したとたんに鳴った鐘の音。
これで人違いと言い張るのは無理だ……できれば違っていて欲しいけれど。
鐘の音のせいか、その後は巻き気味に進行された入学式の後。
自ら教会へ出頭すべきか、迎えを待つべきか悩むわたしに複数の手が差し出される。
「もしよろしければ、教会までエスコートしましょうか?」
「彼が気に入らなければ私が」
「俺ならおぶってやるけど」
「お姫様抱っこがよければ……」
わたしの周囲に集まったのはいずれ劣らぬ四人の美形。
式に出るにあたって正装していて、どう見ても王族かそれに準ずる高貴な身分の方々にしか見えない。
そうだ、そうなのだ。
あの物語では笑顔を浮かべたイケメン王族たちが聖女を取り合っていた。
しかも、心の中では全員が聖女のことを『地味でつまらない女』と思いながら。
周囲にはいつも人がいたけれど、信頼できる人にはなかなか巡り合えない。
聖女は辛く悲しく孤独な主人公だ。
現在、国同士の争いは無くもないが戦争で解決する時代ではない。
物語に描かれた時代から、かなりの時を経ているように思う。
それでもやっぱり、あの物語を知っているせいでイケメンたちの笑顔を胡散臭く感じてしまうのだ。
そうでなくとも、わたしの実家は小さな王国の中堅商家なので、こんなキラキラしい方々は目にするだけで眩しくてたまらない。
『誰か、誰か助けて!』と思いながら視線を巡らせると、一人の地味な色合いの男子と目が合った。
前世が日本人の目に優しい、黒目黒髪。
ただし、服装や佇まいはイケメンたちに勝るとも劣らない。
背筋がピンと伸びて、和装もカッコいいだろうな。
刀を構えても似合いそうだ……いや、今はそれどころじゃなかった。
周囲にいる王子様のような人たちに囲まれた状態では、たとえ声に出しても助けてくれないかもと思いつつ『助けて!!』と強く願いながら彼を見つめる。
「あ、僕で良ければ教会まで連れて行きましょうか?」
なんと彼はあっさりとわたしの意をくんでくれた。
「そうか、君がエスコートするなら我々は必要ないな」
粘るかと思われた王子様がたは、さっと引いてしまう。
あれ? なんでだろう?
お姫様抱っこなんて言っていた王子様からは『やれやれよかったよかった』という雰囲気が滲み出ている。
別に、この可愛いわたしを奪い合わないなんておかしいわ、なんて思ったわけではない。
ピンクの髪色は派手だが顔はまあ普通、盛れば盛ったなりにはなるだろうという程度。
そして性格は大人しい方だと思う。
この世界がわたしの知る物語の通りだとすれば、聖女はすごい魔法を使うわけではなく、国にいるだけで気候が安定し、人心は穏やかになり、他にも全体的な運気が上がるという存在だ。
確実に効果のある幸運のマスコットみたいなものだが、この確実な効果というのが問題だった。
戦の勝運も上がってしまうのだ。
そんなものを欲しがらない国があるはずもなく、物語の中では聖女を取り合って更に国同士の争いが激しくなるのである。
どこかの国の誰かが幸せになるために聖女が不遇な目に遭うという、かなり殺伐とした世界で正直読んで後悔した。
「大学には話を通しておくから、そのまま出て行きたまえ」
王子様の一人が言う。
「よろしくお願いします」
それに応えた黒髪黒目男子は円滑にわたしをエスコートしてくれた。
玄関を出ればすでに馬車が待機していて、それに乗って教会に向かう。
「こんにちは、聖女降臨の鐘の音を聴いたので、この方が該当するのではないかと思い、お連れしました」
「それはそれは、わざわざありがとうございます。
ささ、ご一緒に奥へどうぞ」
立派な教会の玄関では、なんと司教様が自ら出迎えをしてくださった。
そのまま案内されて大聖堂の奥まで行き、更に一般の信者なら潜ることはないであろう重厚な扉をいくつか過ぎる。
やがて人間と同じスケールの女神像を安置した部屋に行きついた。
「さあ、女神様の前にお立ちください」
わたし一人が女神像の前に進み出ると、女神は微笑み言葉を発する。
『聖女よ、愛しき乙女よ、心のままに自由にあれ』
「女神様?」
どういう意味かと訊き返す間もなく、女神像はもとの偶像に戻っていた。
「何か、お告げがございましたか?」
今の言葉は、わたしにしか聞こえなかったらしい。
「女神様は『聖女よ、愛しき乙女よ、心のままに自由にあれ』とおっしゃいました」
「それは、おめでとうございます。
間違いなく、あなたが聖女です。
女神様の御心のままに、あなたらしくお過ごしくださいませ」
「あの、聖女の心得とか講義とか、修行とかないんですか?」
「ございませんよ」
「本当に?」
「聖女様は女神様が選ばれた、いわば象徴のような方。
その方が安心安全に暮らせるようサポートはいたしますが、教会から口出しするようなことはございません」
「では、聖女を各国が取り合う、なんてことは」
「ございません。
国境を巡って戦乱が絶えなかった時代ならともかく、こうして大陸中が協力し合っている現在では、聖女様が大陸およびその周辺国でつつがなくお過ごしなら、それで問題ないのです。
特にこの中立国は安全ですし、聖女様にも普通に過ごしていただけます。
各国の王族の方も大掛かりに護衛を引き連れて行動するということもありませんでしょう?」
確かに、入学式で見た王子様たちも身軽そうだった。
「何かお困りごとがあれば教会が対応いたしますが、あなたが望まれないような接触はいたしませんからご安心を」
「じゃあ、帰ろうか」
一緒に付いてきてくれた黒目黒髪男子が再びエスコートの手を差し出してくれる。
「あなたは、ワコウ国の方ですね」
司教様は彼に声をかけた。
「はい」
「聖女様をご案内くださり、ありがとうございました」
「今年の新入生の中でピンク髪は彼女だけでしたから、念のため周囲は王族などの男子で固めていました」
「それは心強い。
王族の方は聖女が現れた時の対処の仕方をご存じですからね。
下手な教会の司教より頼りになるかもしれません」
え? どういうことですか~?
一般庶民のわたしには理解できない会話が進み、気付けば帰りの馬車の中。
「実は僕も一応、王族に近い者なんだ。
大陸の東の外れの島国が祖国だ。
僕の国は四つの家門の中から国の首長が選ばれる」
「〇川家みたいですね」
「その知識があるということは、君は間違いなく転生者だね。
建国の祖の日記に、参考にした家系だとその名が書かれていたよ」
日記によれば、その国を興したのは転移者だったようだ。
その彼が大陸に沿う場所にあった島に住み着き、人々をまとめて国にしていった。
小国を守るためのたくさんの知恵を周囲の者たちに授けた彼は、今でも国の中心に祀られ尊敬を集めているらしい。
……たぶん、元は歴史オタクだな。
「島には野生の米や豆があり、それを大事にしていけばやがて将来が開けるという予言もあった。
百年後、米や豆を求める人間が現れ、その加工技術を授けてくれたんだ。
たくさんの予言の中には、まだ実現していないものもあるけれど、いつかは現実になるんだと皆が信じているよ」
歴史オタク、神になる。
「祖国には醬油も味噌も米の飯もある。
興味があったら、遊びに来るといい」
「是非是非!」
彼は大笑いした。
前世の記憶と共に味覚もよみがえったからといって、食いつき過ぎたかしら?
「笑ってごめん。
建国の祖の遺した言葉の中に『意中の人を見つけたら、まずは米と味噌と醤油で釣れ』と書いてあったから言ってみたら、効果てきめんだった。
同じ釜の飯を食える相手とは一生やっていける可能性が高いんだって」
歴史オタク、異世界通あるいは恋愛通なのか。
「なるほど」
「あれ? 『意中の人』には反応なしか」
「たいへんお世話にはなりましたが、今日会ったばかりですし」
「あのイケメンたちの中で僕に助けを求めてきたから、脈ありかと思ったけど。
一目惚れは僕だけか、残念」
ズルいな彼は。
黒目黒髪、イケメン軍団よりはちょっと小柄の日本人的体格ながらスタイルは良い。
シンプルに短くカットされたストレートの前髪の下の大きめな目を伏せられると、犬好きにはたまらんじゃないですか。
惹かれなくはないけれど、今すぐ恋に進むのは無理。
「確かに、盛大に困っていたあの時、わたしはあなたを選びました」
「うん」
「ですが今、頭の中は絶賛混乱中ですので、長い目で見ていただけると助かります」
「そうだよね。じゃあ友達から始めよう。
まだ名乗っていなかったな、僕の名前はマキオ・ミウラ」
「わたしはオリーヴ・ウェインです。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
翌日から始まった大学生活の中、わたしが聖女だということは大学中に知れ渡ってしまったので、好奇の目で見られることも覚悟していた。
けれど「聖女ちゃん」と軽口を叩かれることすらない。
「いちおう、教会と少なくとも在学中の各国王族の庇護下にあるからね。
妙な接触はないと思う」
それは、気軽に友達も作れないということでもある。
現在、わたしは大学内のカフェで五人の男性に囲まれてお茶をしていた。
彼らは入学式の四人のキラキラ王子様と、キラキラに疲れた時の癒し係ミウラ様である。
「君が冷静で常識的な聖女様で良かったよ」
「聖女の取り合いをする時代ではないと言っても、やはり庇護したいという国はあるからな」
「君が婚活に乗り出せば、いくつかの国が名乗り出ただろう」
「私たちはすでに婚約していて、婚約者との仲は良好だ。
君が勉学に励んでいる間に婚姻までたどり着ければ、私たちは助かる」
言い方! まるで聖女様ではなく痴女様が降臨するのを警戒していたようである。
「マキオと気が合うなら、仮婚約でもしておいたほうが安全かもしれないぞ。我々も安心だし」
本音ダダ洩れ。
「今は友達から距離を詰めているところですから、ご心配なく」
勝ち誇った顔をするミウラ様。なにゆえ?
「そうか、応援するよ」
こんなふうに、イケメン軍団やミウラ様単独でお茶に誘ってくださるのはありがたいし断れないが、友達できない~!
しかし、どこかに機会はあるものだ。
ある日、同じ講義を受けている一人の女子から懇願された。
非常に活発で目立つから、わたしも名前を憶えていた。
流行に敏感なオシャレ女子、ハリエット・ロイスさんである。
「ウェインさん、こんなこと頼むのはものすごく気が引けるんだけど、どうしても諦めきれなくて。
カフェテラスで限定のケーキセット、もう五回も逃してるの。
一回だけ、ラッキーパワーで助けて!」
一瞬あ然としたが、こちらこそチャンスである。
「もちろんよ」
「ありがとう!」
これは聖女の力の悪用ではない。
むしろ、友達作りのための力の流用である。
「あー、美味しい! やっとありつけた。
ウェインさん、どうもありがとう」
「いいえ、わたしも誘ってもらえなければ、一人では来ないし」
「じゃあじゃあ、また誘ってもいい?
確実に限定メニューを食べたい時とか」
「限定メニューじゃなくても、気軽に誘ってもらえると嬉しいわ」
「わかった、またきっと誘うから、よろしくね」
「こちらこそ」
ひょっとすると、この運の良さを本当に悪用すれば聖女ではなくなるのかもしれない。
女神様の怒りを買って、聖女の資格をはく奪されることもあるのだろうか?
変な願望や欲望は持っていないつもりだが、ピンク髪に生まれた以外わたしの何が聖女に相応しいのかは謎なのである。
「まだ何を専攻するか決めていないんですけど、せっかく聖女になっていろいろなお話を聞く機会に恵まれたので、聖女の歴史や言い伝えなどまとめてみるのもいいかしらと考えているのですが」
あれから何度か教会を訪ね、聖女に関する資料を見せていただいたり、司教様とお話しさせていただいたりしている。
今のわたしは、聖女に相応しいとはどういうことか、という謎に少しでも近づきたい。
「貴重な論文が書けそうだけど、ひょっとすると悪用を恐れて、各王室と教会中枢部だけに公開されるものになる可能性もありだね」
ミウラ様は定期的にお茶に誘ってくれる。
彼とはだいぶ気楽に話せるようになった。
「……いつかわたしが堕聖女になっても、お友達でいてくれますか?」
「堕聖女?
カフェの限定メニューを高い幸運値を使って食べたくらいでは、女神様は怒らなかったでしょ?」
「でも、聖女になった理由がわからないので、聖女失格になるかもしれないという不安は残るんです」
「もしもいつか聖女でなくなっても、僕が守るから大丈夫」
ミウラ様は真顔で言う。素敵だ。
「ありがとうございます」
わたしが知っている物語とは違って、落ち着いた時代に転生したおかげで学園生活も楽しく過ごしている。
最初は聖女であることに戸惑いもあったけれど、そのために得た知識や、知り合えた人たちもいるのだ。
堕聖女になったら届かないかもしれないので、今のうちに女神様へは感謝を伝えておくべきだと思った。
それで次の休日、教会の隅で『女神様、こんな時代の聖女に任命してくれてありがとうございます』とそっと祈ったのである。
翌週の新聞には大きなニュースが載った。
『食糧問題の将来は明るい! 研究チーム、工場栽培による作物の大幅な栄養価アップに成功!』
まさかこれが聖女の力?
いやいやいや、それだったら祈るたびに何かしら起きてしまう。
けれどそうだ、女神様は『心のままに自由に生きよ』とおっしゃった。
悪いことが起きるわけではなさそうだし、感謝の気持ちがわけば、素直に祈ればいいのだろう。
とはいうものの、落とし穴もあるかもしれない。
このままでは心のままに自由に生きるというより、心のままに自由に悩み続けてしまいそうである。
だから、思ったままをミウラ様に相談してみた。
「望みがあればかなえるために悩み、力があればその扱いに悩む。
むしろそれって聖女だからと言うより、君が普通の女の子だっていう証だと思うよ」
ああ、それはそうかも。
ちょっと安心したかも。
「あなたの側にいたら、なんとかやっていけるかもしれません」
「それって、つきあってもいいってことかな?」
「あ、そうかも?」
まだ疑問形のわたしの気持ちに、彼は笑顔で応えてくれた。
女神様は普通の少女を選び、その子が普通の幸福を手に入れ穏やかに過ごせる世界であるようにと願っているのかもしれない。
そんな仮説が、頭の中に浮かぶ。
自分の願望かもしれないが、そうであったらいいのにと本気で思った。




