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異世界貴族に転生したけど思ったより不満だったので  作者: 南乗七史
第4章・トイレは三大欲求にも並ぶので

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第27話・外側の倫理

※作中でも特にシリアス色の強い回となります。

読まなくても物語が繋がるよう配慮しておりますので、シリアス描写が苦手な方は読み飛ばして頂いても問題ありません。


また、かなり感情的に重い内容となっております。

出勤・登校前、就寝前など、「この話だけ読む」行為はあまり推奨しません。


次話と併せて読むか、苦手な方は飛ばしてお楽しみ下さい。

 言葉は罵声で覚えた。


 親を名乗るカスは、俺に物乞いをさせて生活していた。実入りが少なきゃ、無能と殴られた。


 必死になって物乞いした。蔑みの目と共に報られる曲がった小銀貨。これ持って消えろと地面に捨てられ、泥が着いた黒パン。それが、俺の人生の始まりだった。


 身体が大きくなるにつれて、同情される機会が減り、物乞いでは腹の虫を黙らせられなくなっていった。カスの機嫌も月日を追う毎に悪くなったが、不幸中の幸いにもカスは、その不機嫌のおかげで、くだらねぇ酔っ払いと喧嘩してそのまま野垂れ死んでくれた。


 だが、カスが1人死んだところで、飯にありつけない事実に変わりは無い。


 盗むしかなかった。


 スリをした。盗みをした。たまにバレて、追われて、捕まった。


 飛び交う罵声。敵意しかない暴力。


 その中で浴びた罵声で、言葉を覚えた。そしてその敵意で、常識を覚えた。俺は、この世に居ちゃいけない人間であるという常識を。この社会には秩序ってのがあって、皆がそれを守る事で、それに守られているらしいという常識を。誰にも望まれず産まれ、誰にも望まれず生きている俺は、当然、その秩序の外の人間だという常識を。


 それでも死ぬのが怖かった。生きたかった。生きる理由なんてありはしないのに、どうしてか俺は、そのゴミみたいな日々に縋りついていた。


 ある時、広場に人だかりが出来ているのが路地裏から見えて、スリでもしてやろうと近付いた。


 そして聞いた。


「さぁさぁ、良い具合に集まって来たね! そんじゃあ初めさせてもらうぜ! 敵国ディグステニアの憎き盾と、我らリンドが誇る剣を繋ぎ留め、ホウライ山脈に住まう黒い悪魔、ブラックドラゴンを討伐してみせた、英雄フォンの物語だ!!」


 その声の主はどうやら、面白い話をしているらしい。そしてこの群衆は、面白い話を楽しんでいるらしい。そいつが吟遊詩人というやつだった事は、後で知った事だ。


 何を言っているのかよく分からなかったが、その声の主の口調のせいか、周りの熱狂のせいか、知らないうちに、聞き入ってしまっていた。


 内容の殆どは理解出来ていない。それでも、ボウケンシャと呼ばれる職業のやつが、2つの国の手を借りて、ドラゴンを倒した英雄譚だった。


 別に、周りと違って、興奮をしたわけでは無い。


 ただ、俺の生存本能が告げたのだ。


 これだ、と。


 それから、街で吟遊詩人が居る場所に俺も向かう事にした。吟遊詩人は何故かボウケンシャの話ばかりする。昔の伝説から、最近の与太話まで。その話で、ボウケンシャの仕組みをなんとなく理解した。


 英雄になんて興味は無い。だが、ボウケンシャという仕事に興味が湧いた。


 スリと盗みしか出来ないから秩序の内側に入れないというのなら、他の仕事をすれば良い。とはいえ当然こんなスラムのゴミを雇うアホなんざ居ない。だが、ボウケンシャなら、俺を秩序の内側に入れてくれる。


 こんなゴミカスみたいな日々とはおさらばだ。


 その辺の死体と一緒に転がっていた剣を盗んで、ちょっと振り回す練習をした。そして、野犬やら何やらが怖くなくなる程度の自信をつけてから、ボウケンシャギルドへ向かう。


 大丈夫だ、なんとかなる。なんとかしてきたんだ、誰の力も借りず、ここまで生きてきた。生きてこれた。やろうと思えばやれるはずだ。こんなにカスな人生だったんだ。ひとつ、ひとつくらい良い事があったって構わないだろうが。


 このままボウケンシャになって、稼げるようになったら、犯罪なんかで手に入れたわけじゃねぇ普通の飯を食って、そんでいつか、雨風凌げる普通の家に住めるようになっちまったりして。


 なにをすれば良いのかも解らねぇが、期待と、何が起きるか解らない恐怖の中、ギルドの扉をくぐった。


 中は色んな人間が居た。誰がなんなのかは知らねぇが、うるさいほど賑わっていた。


 誰が何をしてるのかも解らねぇ。立ち尽くすしか出来なかった。


「おいおい、まさか、スラムの悪ガキじゃねぇかよ、まさか、スリ辞めて冒険者になるつもりか?」


 知らねぇ誰かが声を掛けてきた。日常的にスリをしてたんだから、知られていても不思議じゃない。


 知らねぇ誰かは、知らねぇ誰かと盛り上がる。


「いいじゃねぇの、おい、このクソガキが冒険者になれるか、賭けようぜ!」


「冒険者にはなれるだろ、ランクひとつ上がるのが先か、死ぬのが先か!」


「何言ってんだ、あのスリの手際と逃げ足だぜ、簡単にゃ死なねぇだろ!」


 人を出汁にしてひとしきり笑った後、知らねぇ誰かが建物の奥を指差す。


「手続きはあっちだ悪ガキ。犯罪者が1人減るってんなら、俺達としても願ったり叶ったりだ」


 犯罪でしか生きて来れなかった俺にとって、その知らねぇ誰かの言い分はまさに「消えたほうがマシ」という意味だった。だが、今は構っていられない。


 普通になるんだ。


 建物の奥、テーブルひとつ挟んだ先に居る女が、目の前まで進んだ俺に向かって問う。


「ご依頼ですか? お仕事の報告ですか?」


 なんの話か解らねぇ。だが、辛うじて、言葉を紡ぐ。


「ぼ、ボウケンシャ……どうすりゃ、なれる?」


 断られやしないか。今まで散々悪さをしてきたからと、追い出されやしないか。そう思い始めると、手足が震え出した。


 だが、女は当たり前のように答える。


「冒険者登録ですね、承知しました」


 その言葉に、胸がざわついた。


 なれるのか。このまま、ボウケンシャに。普通の人間に、犯罪者じゃない自分に。


「文字は書けますか?」


「え……」


 その問いに、動揺が走る。ときめいた胸が一瞬で凍る。字など書けるわけがない。それなのに、ボウケンシャになるには、文字を書けなきゃいけない?


 だとしたら、嘘を吐いてでも書けると言うべきか? そんなもん、すぐに証拠を求められて終わる。


 と、頭の中でごちゃごちゃ考えているところに、女が言った。


「書けないようなら、代筆させて頂きます。大丈夫です、ギルドでは、字が読み書き出来ない方でも依頼に専念して頂けるようサポートを充実させております。依頼を読めなくても、冒険者のランクに合った物をこちらから依頼する事も可能ですよ」


「そ、そうか……」


 難しい話はよく解らねぇが、大丈夫らしい。よかった、と、安心して間の抜けた息が漏れる。


 女は手慣れた様子で俺に言ってきた。


「あなたのように心配される方は多いですが、ご安心ください。冒険者には誰でもなる事が可能です。ただし、冒険者になった後については、順守して頂く事がありますので、お気をつけください」


「ああ……わかった。じゃあ、さっそく頼む」


「承知いたしました」


 そうか、なれるのか、よかった。


 普通になれるなら、普通を目指せるなら、多少変な約束を押し付けられたって構いやしねぇ。


 あのゴミ溜めから抜け出すんだ。


 俺は、普通に――




「それでは早速、お名前を教えて頂いてよろしいですか?」




 ――普通になるんだ。


 そう意気込む俺に、女は早速、()()()()()()()を聞いてきた。


「え……?」


 呆然と聞き返すと、女はもう1度、もう少し細かく、説明を付け加えて、言う。


「お名前を教えてください。サインは私が代筆いたしますので、問題ございません。冒険者になるには、冒険者登録が必要でして、登録のためには、()()()()()になります」


 今度こそ、心臓が凍り付いた。


 誰でもなれるって言ったじゃねぇか。冒険者は誰でもなれるって。


 俺は聞き返す。




「――おなまえ、って……なんだ……?」




 声が震える。そんなもの知らない。持っていない。


「え」


 女が初めて動揺を見せた。そして、すぐに何かを察したらしく、慌てた様子で説明した。


「周りの人があなたを呼ぶ時に使う呼称、えっと、言葉、ですね。普段、どのように呼ばれていますか?」


 ああ、俺が呼ばれてきた呼び方の中に、おなまえ、があるってのか。よかった。俺も名前を持ってるかもしんねぇのか。


 記憶の限り、人生の全てを思い出しながら、俺が呼ばれてきた呼び方を並べる。ひとつひとつ、どれかが、俺が冒険者になるために必要な『おなまえ』のはずだから、丁寧に思い出す。


「カス……無能、脳無し……ゴミ……消えろ……」


 呼吸が乱れる。頼む、どれらかが名前であってくれ。


 目の前の女が青ざめていく。違うのか、これは名前じゃないのか。


「あほ……クソガキ…………悪ガキ……しね……ボケ、タコ…………くたばれ……」


 どれか、どれか、頼むから、俺の名前であってくれ。


 だが、目の前の女は息を呑んで、告げた。


「申し訳ありません。それは名前ではありません。それを、名前として受け取る事は、できません」


 と。


 その言葉に、俺の中での全てが崩れた。


 期待なんてしなければよかった。普通になれるかもなんて、思わなければよかった。


「…………そうか……わるい、手間かけさせた……」


 呆然と、力の入らない身体を無理やり動かして、俺は出口へ向かった。本当はその場で倒れ込みたかったが、惨めになるだけだ。さっさとここから離れたかった。


「あ、いえ、しょ、少々お待ちください、ちょっと」


 後ろで女が何か言っていた。だが、その声はすぐに、建物内の騒がしさにかき消される。


「おい、冒険者登録は済んだかよ」


 さっき絡んできた知らねぇ誰かが、ニタニタと笑いながら、またつるんできた。


 その瞬間、どす黒い何かが胸の奥から込み上げて一気に全身に広がった。


「……うるせぇよ……関係ねぇだろ……」


 壊したい、殺したい、その衝動を辛うじて抑え込み、一言だけ告げ、睨む。


「な……おい」


 ここに居たら手が出そうだった。


 だからさっさと、そこを離れた。


 ああ、本当に期待なんてしなければ良かった。


 期待せず、全部受け入れて、くたばるその時まで惨めなままで、何も知らずに死ねていたら、こんな感情は抱かずに済んだ。


 なのに、半端な期待をしてしまったせいで、今まで知らなかった絶望が、世界を塗り替えて、全く違う、今までより深くどす黒い景色に染め上げた。


 誰でも冒険者になれるっていうのに、名前を持たねぇやつは冒険者にはなれないんだとさ。


 なら、なら俺は……。


 辛うじて建物の影に隠れて、そこで倒れ込む。


 名前もなく、価値もなく、『誰でも』ですらない俺は、なんのために産まれて来たんだ。

ToDoリスト


・浄水装置の作成 ←clear

・上水配管の設置 ←clear

・定量の水を流す仕組みの設計 ←clear

・封水を伴う排水設備の構築 ←clear

・浄化槽開発 ←clear

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