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異世界貴族に転生したけど思ったより不満だったので  作者: 南乗七史
第4章・トイレは三大欲求にも並ぶので

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第20話・シンシア(後編)

「それにしてもシンシアって」口喧嘩が出来ていない状態で膠着したタイミングで、クリスティーナ様が身を乗り出し、話を変えた。「傭兵団の副団長をやっていたっていうのもそうだし、壊滅した団の子供達を誰かに預けるために、色々な伝手を使ったのでしょう? そういうのって、どこで身につけたのかしら。振る舞いもだけれど、家名すら持たない出身にしては、育ちが良いわよね?」


個人的には面白い質問だった。どう答えようかと考えていたら、


「クリスティーナ、流石に踏み込みすぎなんじゃ……」


と、アルメル様が何故か割って入る。


「何かまずいのかしら」


クリスティーナ様が首を傾げると、アルメル様は俺のほうをチラチラと気にしながら言う。


「出身とか産まれとかは、ナイーブな問題を抱えているかもしれないから、聞いたら相手を傷付ける事があるというか……」


「何を言っているのかしら……」


呆れるクリスティーナ様。聞かれた俺としてもクリスティーナ様と同じ心境だ。今の質問に、何かまずいところでもあっただろうか。


ふと、隣で黙っていたサーシャが「もしかして」と口を開く。


「異世界の常識?」


その一言で腑に落ちる。


「あー、そういえば異世界人でしたね、この人」


仕事でハイになっている時とたまに変なスイッチが入っておかしな振る舞いを始める所を除くと普通の人なので、忘れていた。


「出身を聞く事がマナー違反なんて、窮屈な世界だったのね」


「いやいや、出身を聞くこと、というよりも、出身を元に決めつける行為が、レッテル張りだって嫌がられたんだよ。さっきの、家名も持たない出身に()()()、育ちが良いというのは、つまり家名を持たない出身は育ちが悪いという意味になるだろう?」


「あのね、アルメル。家名を持たないという事は、国王や貴族、あるいは、周りの住人が立場を認める何かを残した事が無いという事。つまり、家柄を通してまだ一度もお金を稼げていない家の事になるわ」


「え、そうなの?」


アルメル様が何故か俺のほうを見る。


「その辺は学が無いんで、ルールについてはちょっと……」


「そうなの」


「ぐえ」


アルメル様が変な声を出しながらクリスティーナ様のほうに顔を向け直す。多分、声の出方からして、クリスティーナ様に首を操られ、無理やり顔を向けさせられたのだろう。


「育ちが良いとは、()()()()()()()という事。でも、この国では子供は、教育すら受けさせてもらえず、家の手伝いや店番をやらされる事が多いわ。――育ちが良くないのが前提なの。育ちが良い事が特別なのであって、育ちが良くないことは悪口にならないわ」


「あー、なるほど……。確かに、前提が違うかもしれない。俺の居た場所だと、多くの人は誰かに育てられる事が出来る環境が、割と整ってた」


「へぇ」


クリスティーナが何故か俺のほうを見て、しばし黙る。


何故俺? と考えて、数秒。アルメル様も「え、なにこの空気」みたいな顔できょろきょろしている。その中でもまた考えて、整える。


そして、俺は言った。


「…………教育すら受けられない貧乏な家庭を減らせる制度があると、知っていて、今まで何もしてくれなかったんすか? アルメル様」


「…………え?」


アルメル様から、最近聞いたばかりで、尚且つ新鮮な声が漏れ出る。野盗の頭に言い負かされ、失意に落ちる時の声だ。


俺は続けた。


「そうなると少し話は変わるっす。俺も生まれた環境が環境で、教育なんて受けた事無いっすよ。そんな、貧乏人でも教育を受けられる制度があったっていうんなら、ファラン家の力があれば、出来たんじゃないすか? まさか、知識の出し惜しみっすか?」


アルメル様は立ち上がり、何度も首を横に振る。


「ちが、ちがう、そうじゃない。出し惜しみなんてしていない。俺に出来る事は少ないんだ。立場、お金、能力、知識。全てが中途半端で、出来る事をひとつひとつ増やしていかないといけなかったというか」


「言い訳っすか。ダサいっすね」


「ま、待ってシンシア。準備が出来てない。さっきのあれだよね? 喧嘩の練習。ちょっと呼吸を整えるから、少しだけ」


「舐めた事を言うんじゃない!!」


「ひぃいっ!!」


俺が立ち上がりながら慟哭すると、アルメル様は狼狽える。


「練習に付き合うと言ったのはあなたを尊敬していたからっす。そんな、スラム出身者も救えそうな制度の存在を知っていて、今まで何してきたんすか?」


集中し、言葉を選ぶ。これは、クリスティーナ様がくださった援護だ。


口喧嘩の練習がただの雑談に成り下がった。そこでクリスティーナ様があえて思いっきり全力で雑談に切り替えて口喧嘩の練習だという事を忘れさせた上で、俺が怒っても不自然では無い話のタネを見つけたため、俺にパスを出した。


アルメル様が動揺している内に、精神的に追い詰め、危機的状況に陥ったが故の反撃をアルメル様に行わせる。


「だ、だって、出来る事が少なかったんだ! 子供の身体で! 開発のための知識だって本当は足りてない! 出来なかったんだ! 決して、出し惜しみをしていたわけじゃ!」


「そういう制度が存在すると、ダグラス様に伝える事は出来たんじゃないっすか? そうすれば、ダグラス様も一緒にその制度について考えてくれたんじゃないんすか!」


追い込め、追い込め。アルメル様を怒らせろ。そしてそのまま口喧嘩にまで




「やだぁああああああああああ!! シンシア、許してくれぇえええええええええええ!!」




アルメル様、号泣で俺に抱き着いてきた。


「…………え」


アルメル様は大粒の涙を俺の服に染み込ませながら叫ぶ。


「お前を傷付けたくなんて無かった、そんなつもりは無かったんだ。制度の作り方は知らない、存在しか知らない。でも、お前が、その制度を求めるなら、必要だというなら、必ず、この命を賭してそれを作ろう。世界は無理でも、この国……いや、せめてパラノメール近郊だけでも、教育制度の充実は整える。ずっと考えてはいたんだ。初期の頃からずっといつかはやってみせると。お前が望むというなら最優先で執り行う。こんな上下水道開発なんて無視してでも今すぐ専念する。だから、だから嫌わないでくれ! 忠誠も、契約も、お前が望むなら解除でいい。だが敵対だけはしたくない。お前とだけは戦いたくない。お前は大切な部下であり同志であると共に師でもある。お前から教わった事は数えきれない。そんなお前を傷付けてしまった事はここに深くお詫びするし、二度と起こらないよう再発防止に努める! だから、だからどうか……失言があったなら、訂正をさせてくれ……許してくれ……」


「…………」


え…………どうしよ、これ。


状況を理解出来ずクリスティーナ様に視線を向けると、クリスティーナ様は呆れたようにため息を吐いてから、優しく言った。


「アルメル。今のは演技よ」


と。


「……………………ぇ?」


アルメル様は呆然と変な声を出す。


そして、クリスティーナ様を見てから、俺を見る。


だから、俺は頷いて言う。


「その……すみません……怒らせようと思って……」


「なんだ、よかったぁああああああ……」


アルメル様はその場に膝を着く。そしてぶつくさと諸々を呟く。


ああ、これは口喧嘩の練習は無理だ。


気持ちは解るが、仲間と認定した相手とは良好な関係で居たいのだと思う。


もうこれ以上アルメル様を傷付けるのは本意ではない。口喧嘩の練習はここまでか、と引き下がろうとしたところで、


「傭兵団の頃のシンシア、守銭奴。実際は仲間意識とか持ってない、スラム出身に相応しいカス。普段は演じてる」


と、唐突に口を開いたのはサーシャだった。


泣き崩れて懇願していたアルメル様が停止し、サーシャは淡々と続ける。


「クリスも、今のやりとりでアルメルの人格理解した。婚姻の申し出も意味不明で唐突だった。裏がある事は解ってるけど、アルメルを利用していつか裏切る前提のクリスティーナに依存しすぎ」


アルメル様が顔を上げてサーシャを見る。しかし、サーシャは淡々と続ける。珍しく、呆れたように、鼻で笑うように、嘲笑という感情を全面に出して、サーシャは言う。


「――ダグラス様の教育も、所詮その程度」


そして、その言葉に、アルメル様が声を荒げた。


「訂正して謝罪しろサーシャ!! 冗談でも言ってはいけない事だ!!


と、明確に、どう見ても、アルメル様が、キレた。


そして即座に、当然のようにサーシャが言うのだ。


「ごめんなさい。訂正して、謝罪する。クリス、シンシア、ごめんね、今の嘘だよ」


その言葉に、俺とクリスティーナ様が答える。


「大丈夫だ、問題ない」「ええ、ファインプレーよ」


そして、アルメル様が狼狽える。


「え? ……え?」


状況を理解していないらしい。


そして、どうだ、私、凄いだろ、とでも言いたげな得意げな表情で、こう言うのだ。


「シンシアとクリス、丁寧すぎ。アルメルは、こう怒らす」


成程、盲点だった。言い合いで衝突する事を目的としていたが、確かに、口喧嘩のために相手を怒らすならば、相手が言われたくない事を言う必要がある。そういえば、このやり取りを始めた時も、正論では納得してしまうから正論を言うなと言われたのだ。


暴論である必要があった。そして、アルメル様が一番言われたくない事が、自分への悪口ではなく、身内への悪口であったと見抜けなかった。これは……


そこまで自省してからサーシャを見ると、サーシャはますます得意げな表情になっており、俺に言う。


「シンシア、口喧嘩のミッション、失敗。私、成功」


サーシャに負ける事など滅多に無いが、これは間違いなく俺の負けだろう。いやしかし、そもそもここで争ってはいなかったのだが。


安堵するアルメル様と、それを慰めるクリスティーナ様。調子に乗って度々煽りを続けるサーシャと、それを見届ける俺。


そこでふと、この人間関係なら、この4人なら大丈夫だろうという欲が、心に産まれた。




俺は、生きるための選択は続けて来た。


ただ、生きるため。


スリをするにしても、その最適解を。


盗みをするにしても、最適解を。


スラムの暴力団に接するにしても、最適解を。


そうやって、最適解をのみ選択し続けた結果、その功績をもってとある傭兵団にスカウトされた。それが、ディーゼル傭兵団に入ったきっかけだ。


『うちに来い。その能力に相応しい報酬をやる』


そんな言葉と共に、俺を傭兵団に勧誘した男が居た。


スリをして生きて来た。


盗みをして生きて来た。


暴力団に迎合して生きて来た。


生きるための最適解を生きて来た。


だから、俺は続く問いに、戸惑った。


『これからよろしく頼む。それで、お前の名前はなんだ?』


その勧誘後の台詞に、俺は、戸惑ったのだ。


何故か、その時の事を、強烈に思い出した。


「アルメル様、クリスティーナ様」


喧嘩ごっこ遊びは終わりだ、と、感想会に盛り上がる面々に声を掛けると、アルメル様とクリスティーナ様、そしてサーシャが俺のほうを見る。


この人間関係における最適解を、俺なりに考え、そして、最適解を狙う。


今までの人生と同じ。今までの通りに、今の道を行く。


「家名すら持たない出身にしては、と姫さまは言いましたが……」


その前置きを用意してから、俺は告げる。


「俺、本当は名前も無いっすよ、物心着く頃には両親居なかったんで。だもんで、とある場面で名乗りが必要になった時に、適当に思いついた『聞いた事ある知ってる名前』から適当なのを選んで名乗ったんすよ。だから、俺、()()()()()()()()なんすよ」


と。


そう、シンシアとは女性に名付けられる事が多い名前だ。誠実、などという意味も含んでいるらしいが、そうとは知らずに、そう名乗っていたのが、俺の起源だ。


その発言で話題を搔っ攫い、盛り上がりの中心になる。これが、今の最適解だと、俺は思った。そう思ったのだ。


そう思った、その理由は、俺本人も、解ってはいない。


そして最後に、アルメル様が言うのだ。




「――そんな育ちでなんで、そんな育ちが良いの……?」




それは、この会話の始まりで、あなたが禁じたレッテル貼りだと思う。

ToDoリスト


・浄水装置の作成 ←clear

・上水配管の設置 ←clear

・定量の水を流す仕組みの設計

・封水を伴う排水設備の構築

・浄化槽開発

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