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異世界貴族に転生したけど思ったより不満だったので  作者: 南乗七史
第4章・トイレは三大欲求にも並ぶので

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第17話・前世の血が騒ぐようで(後編)

 俺が営業をする上で大切だと思っている事が3つある。三大心得! みたいな座右の銘にしたかったから頑張って3つ以上の心得を作った結果作り過ぎて3つ以上になってしまい、心を鬼にして三大心得から外した項目もある。勿論これは数年の間に何度か更新されたが、管理職になる頃には安定していた。それほどまでに洗練された我が三大心得は、これだ!


 ひとつ! よく聞きよく見て、相手以上に相手の要求を理解すべし!

 ひとつ! 儲け一時、信頼一生だと理解し相手の利益も追求すべし!

 ひとつ! 準備した説得は時に嘘になる。必ず生の言葉で話すべし!


 アドバイスを求めて来た部下に説明しつつ、あくまで俺の心得だから、参考にしないでね! と、散々伝えていた決まり文句。座右の銘は自分で考えてこそだからね! である。


「まず聞きたい」俺は深呼吸をひとつ挟んだ。「どうすれば、スライム10体の生け捕りに協力してくれる?」


 その質問に、オヌシは答える。


「逆に聞くが」真っすぐ俺を睨み、歯を剥く。「どうすりゃその無茶ぶりを諦めんだ? スライムの危険性を考えりゃ、バカでも無茶だと解るだろうにな。テメェはバカ以下か?」


 話し合いや交渉としては最低最悪だが、口喧嘩としては上等な返しだ。交渉を決裂に持ち込みたいオヌシにとっては最善手であり、地頭だけでそれをチョイス出来るセンスというのは、やはり、良い。


「そうだな……」俺は考える素振りを見せてから言う。「オヌシが『俺にはスライムの生け捕りなんて怖くて出来ません。せめて1体で勘弁してください』と、無理なら無理だとはっきり言ってくれれば諦めるかな」


「あんだとボケゴラァ!!」


 いきり立ち、立ち上がり、詰め寄ってくるオヌシ。胸倉を掴まれれば喧嘩は成立する。喧嘩が成立すれば本音が叫ばれるだろう。


 何発か殴られる事は問題無い。このまま……と洞窟内で待機していたシンシアが割って入った。


 オヌシは仲間10人掛かりでシンシアに負けているし、今もシンシアの監視下で仕事をしているため、シンシアが仲裁に入ってしまえばそれ以上の行動は出来ない。オヌシは立ち止まり、シンシア越しに俺を睨む。


「ワンチャン普通に死ぬんだぞこちとら。怖い怖くねぇで煽られる謂れは無ねぇ……っ!」


「だから、どうすればいい? と聞いているんだ。俺は現場の状況は知らない。それでもスライムは10体が必要。どうすればスライム10体の生け捕りが可能になりつつ、お前達の安全も確保されると思う? そう聞いてるんだ」


「テメェがスライム10体ってのを諦めれば、俺達の安全は即座に確保されるがなぁ?」


 話し合いは平行線だ。シンシアに阻まれ、中途半端に喧嘩にもならない均衡状態。その状況を、オヌシは侮蔑する。


「保護者に守られなきゃ喧嘩も出来ねぇのか、クソガキ」


「そうだよ。だから、出来ない事は皆にお願いしてる。助け合いは大切だろう?」


 シンシアに退くよう指示すると、シンシアは多少の逡巡を見せた後に引き下がった。


 シンシアが下がればオヌシがもう1度突進してくれるかな、とも思ったが、オヌシも普通に引き下がってしまった。怒らせる事は本音を聞き出すのに有効な手段だから、是非1度ぶつかりたかったのだが、上手くいかないものだ。いや、シンシアは悪くないよ? 普通に俺の判断ミス。


 しかし、よく今の流れで引き下がったな、と感心しながらオヌシを見ると、汚物を見るような目で俺を見ているではないか! おいおいおいおい、この人生になって初めて向けられた目だ。……と、冗談めかすには、その目はあまりにも強烈だった。


 オヌシの腕から力が抜け、だらしなく肩からぶら下がる。怒りに震える唇と、この世の終わりでも見るかのような生気を失った目。


 ……まずい。


「ああ、そうか……まぁ、そうだわな。皆にお願い、助け合い、ああ、それが普通だわ」オヌシはぶつくさと、力の籠らない声で独り言を足元に吐き捨てる。「そうだわな、そりゃそうだ……まぁ、そういうもんだわな」


 喧嘩上等スタイルのはずだったオヌシ。それであっても、踏んではいけない地雷を踏んだらしい。


 どこか吹っ切れた様子で、冷静な顔色に戻ったオヌシは言った。


「ああ、解った。スライム10体な。せめて達成報酬は弾めよお貴族サマよ」


「…………」


 了承は得た。俺の欲しい約束は貰った。


 でも、違う。これは俺が望んだ、俺がしたかった交渉じゃない。


「ダメだ。その同意は認めない」


 俺は言う。


「あ? テメェが望んだ答えだろうが、認めろや」


 オヌシは言う。


「認めない。オヌシが求める要求を、こちらが吞んでいない」


 俺は言う。


「要らねぇよ!」と、オヌシは言う。「お貴族様にゃぁ理解出来んだろうが、生きてくだけで精一杯の人生負け組な俺達にとっちゃ、金と命は同価値なんだよ。危険を冒して死ぬか、飢えて死ぬかの選択肢しかねぇ、それがこの世界の雑魚の人生だ! 解るか!?」


 そこで、俺の中にあった何かに、ヒビが入る幻聴が聞こえた。


 そして、オヌシの言葉を脳内で繰り返し、血の気が引いた。


 そうだ。俺は()()()()


 俺は、オヌシが生きてきた環境を知らない。歩んできた道を知らない。


 ――人生負け組な俺達にとっちゃ、金と命は同価値なんだよ。


 その言葉が、俺の喉を貫いて、言葉を奪ってしまった。


 言い返せる事が無い。綺麗ごとすら取り繕えない状態に陥る。


 現代日本で、大学まで行って、それなりの会社に入って、20代で管理職になった俺は、平均的に見れば恵まれていた側だった。


 この世界で、貴族として産まれ、前世の記憶と今世の才覚を持ち合わせた俺は、どう足掻いたって上流階級の中でも特異点だ。


 そんな俺にとって、


『金と命が同価値』


 その言葉は、あまりにも強烈だった。あまりにも知らない世界だった。


「待ってくれ……それは、俺の望んだ世界じゃない……」


 オヌシに対し、この交渉に「待て」と言ったつもりだった。だが、オヌシはそうは解釈しない。


「結果が全てだろうがタコ。テメェらお貴族サマが作ったのが、この世界。この世界の雑魚が俺。望む望まないじゃねぇわ。雑魚は命張るしかねぇんだわ」


 その通りだ。


 この世界の秩序は、権力者が作ったものだ。権力者が「こんな世界望んでない」なんて言っても虚しいだけ。どころか「望んでないのにそうなったんなら間違えたですね?」とマスコミに詰められる案件だろう。


「とにかくだ」俺の諦めを察したらしいオヌシは言い直す「スライム10体はやってやる。だが、せめて達成報酬は弾めよお貴族サマ」


 と。


 俺は、なんとか今更の平静を装い、答える。


「ああ、報酬は弾む。ちゃんとスライム1体ずつで報酬を出すし、10体を達成したらボーナスも出そう。……そうだ、ボーナスは人数分出す。そうすれば、生き残っていれば生き残っているほど俺から毟り取れるぞ。命を大事に、丁寧に、仕事をして欲しい」


 なんでだ。


 言いながら、疑問符が脳裏を支配していた。


 表面上、交渉は成立した。当初の目的は達成だ。


 なのに。


 ひとつ! よく聞きよく見て、相手以上に相手の要求を理解すべし! ――俺はこのやり取りで、オヌシの何を理解出来た?


 ひとつ! 儲け一時、信頼一生だと理解し相手の利益も追及すべし! ――俺はこの話し合いで、オヌシにとっての本当の利益を追求出来たか?


 ひとつ! 準備した説得は時に嘘になる。必ず生の言葉で話すべし! ――ボーナスを出すも、命を大事に、も、殆ど仕事のテンプレートみたいなもんだ。生の言葉なもんか。


 今回の交渉は、大敗北だ。


 恥じるべき敗北。俺の思想に反する営業だった。相手に心を閉ざさせてしまった。相手にばかり妥協させてしまった。自分の言葉は伝えられなかった。


 反省しろ、猛省しろ、この悔しさを忘れるな、胸に刻め。


「オヌシ」


 力の無い声で呼びかける。その場を去ろうとしていたオヌシが立ち止まり、振り返る。


 だから、俺はひとつ、深呼吸をした。


 こんな空気で終われるか。負けました。はい終わり。なんて、ナンセンス極まり無い。


 負けたよ、オヌシの人生の熱量に、俺のスキルでは太刀打ちが出来なかった。


 でも、その現状は理解出来た。


 だから、俺は言う。


「次こそは」


だが、言葉はそこで止まった。


これだけの敗北をして、自信も損なってなお、それを言えるのか?


…………俺よ、俺を舐めるな。営業の三大心得から外してしまった項目をひとつ引っ張り出して、自分の姿を取り繕う。すなわち、『嘘も方便』だ。


 突き詰めれば、強がりだって嘘だ。虚勢は嘘だ。自信が無いなら自信が無いと伝えるのも誠実さだ。でも、時に社畜は! 嘘の自信で自身を偽装しなければならない時が来るのだ!


 だから、俺は言う。


「次こそは、皆が幸福になれる取引をしよう」


 と!


 そして、オヌシは言う。




「解る言葉で喋れ、カス」




 と。


「……………」


 思考が止まる。結構頑張ってひねり出したポジティブ発言だったんですけど……。




 ……え、今の、何が解らなかったの……?




 2人の距離は縮まらないまま、今度こそ、オヌシは俺の元から離れていくのだった。

ToDoリスト


・浄水装置の作成 ←clear

・上水配管の設置 ←clear

・定量の水を流す仕組みの設計

・封水を伴う排水設備の構築

・浄化槽開発

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― 新着の感想 ―
もうヒロインよりも薄汚れた成人男性の攻略の方に全力だよこの人( (まぁ立場としても価値観としても、これで言い負けたまま(自認)なのは受け入れがたいんでしょうけど)
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