第17話・前世の血が騒ぐようで(後編)
俺が営業をする上で大切だと思っている事が3つある。三大心得! みたいな座右の銘にしたかったから頑張って3つ以上の心得を作った結果作り過ぎて3つ以上になってしまい、心を鬼にして三大心得から外した項目もある。勿論これは数年の間に何度か更新されたが、管理職になる頃には安定していた。それほどまでに洗練された我が三大心得は、これだ!
ひとつ! よく聞きよく見て、相手以上に相手の要求を理解すべし!
ひとつ! 儲け一時、信頼一生だと理解し相手の利益も追求すべし!
ひとつ! 準備した説得は時に嘘になる。必ず生の言葉で話すべし!
アドバイスを求めて来た部下に説明しつつ、あくまで俺の心得だから、参考にしないでね! と、散々伝えていた決まり文句。座右の銘は自分で考えてこそだからね! である。
「まず聞きたい」俺は深呼吸をひとつ挟んだ。「どうすれば、スライム10体の生け捕りに協力してくれる?」
その質問に、オヌシは答える。
「逆に聞くが」真っすぐ俺を睨み、歯を剥く。「どうすりゃその無茶ぶりを諦めんだ? スライムの危険性を考えりゃ、バカでも無茶だと解るだろうにな。テメェはバカ以下か?」
話し合いや交渉としては最低最悪だが、口喧嘩としては上等な返しだ。交渉を決裂に持ち込みたいオヌシにとっては最善手であり、地頭だけでそれをチョイス出来るセンスというのは、やはり、良い。
「そうだな……」俺は考える素振りを見せてから言う。「オヌシが『俺にはスライムの生け捕りなんて怖くて出来ません。せめて1体で勘弁してください』と、無理なら無理だとはっきり言ってくれれば諦めるかな」
「あんだとボケゴラァ!!」
いきり立ち、立ち上がり、詰め寄ってくるオヌシ。胸倉を掴まれれば喧嘩は成立する。喧嘩が成立すれば本音が叫ばれるだろう。
何発か殴られる事は問題無い。このまま……と洞窟内で待機していたシンシアが割って入った。
オヌシは仲間10人掛かりでシンシアに負けているし、今もシンシアの監視下で仕事をしているため、シンシアが仲裁に入ってしまえばそれ以上の行動は出来ない。オヌシは立ち止まり、シンシア越しに俺を睨む。
「ワンチャン普通に死ぬんだぞこちとら。怖い怖くねぇで煽られる謂れは無ねぇ……っ!」
「だから、どうすればいい? と聞いているんだ。俺は現場の状況は知らない。それでもスライムは10体が必要。どうすればスライム10体の生け捕りが可能になりつつ、お前達の安全も確保されると思う? そう聞いてるんだ」
「テメェがスライム10体ってのを諦めれば、俺達の安全は即座に確保されるがなぁ?」
話し合いは平行線だ。シンシアに阻まれ、中途半端に喧嘩にもならない均衡状態。その状況を、オヌシは侮蔑する。
「保護者に守られなきゃ喧嘩も出来ねぇのか、クソガキ」
「そうだよ。だから、出来ない事は皆にお願いしてる。助け合いは大切だろう?」
シンシアに退くよう指示すると、シンシアは多少の逡巡を見せた後に引き下がった。
シンシアが下がればオヌシがもう1度突進してくれるかな、とも思ったが、オヌシも普通に引き下がってしまった。怒らせる事は本音を聞き出すのに有効な手段だから、是非1度ぶつかりたかったのだが、上手くいかないものだ。いや、シンシアは悪くないよ? 普通に俺の判断ミス。
しかし、よく今の流れで引き下がったな、と感心しながらオヌシを見ると、汚物を見るような目で俺を見ているではないか! おいおいおいおい、この人生になって初めて向けられた目だ。……と、冗談めかすには、その目はあまりにも強烈だった。
オヌシの腕から力が抜け、だらしなく肩からぶら下がる。怒りに震える唇と、この世の終わりでも見るかのような生気を失った目。
……まずい。
「ああ、そうか……まぁ、そうだわな。皆にお願い、助け合い、ああ、それが普通だわ」オヌシはぶつくさと、力の籠らない声で独り言を足元に吐き捨てる。「そうだわな、そりゃそうだ……まぁ、そういうもんだわな」
喧嘩上等スタイルのはずだったオヌシ。それであっても、踏んではいけない地雷を踏んだらしい。
どこか吹っ切れた様子で、冷静な顔色に戻ったオヌシは言った。
「ああ、解った。スライム10体な。せめて達成報酬は弾めよお貴族サマよ」
「…………」
了承は得た。俺の欲しい約束は貰った。
でも、違う。これは俺が望んだ、俺がしたかった交渉じゃない。
「ダメだ。その同意は認めない」
俺は言う。
「あ? テメェが望んだ答えだろうが、認めろや」
オヌシは言う。
「認めない。オヌシが求める要求を、こちらが吞んでいない」
俺は言う。
「要らねぇよ!」と、オヌシは言う。「お貴族様にゃぁ理解出来んだろうが、生きてくだけで精一杯の人生負け組な俺達にとっちゃ、金と命は同価値なんだよ。危険を冒して死ぬか、飢えて死ぬかの選択肢しかねぇ、それがこの世界の雑魚の人生だ! 解るか!?」
そこで、俺の中にあった何かに、ヒビが入る幻聴が聞こえた。
そして、オヌシの言葉を脳内で繰り返し、血の気が引いた。
そうだ。俺は解らない。
俺は、オヌシが生きてきた環境を知らない。歩んできた道を知らない。
――人生負け組な俺達にとっちゃ、金と命は同価値なんだよ。
その言葉が、俺の喉を貫いて、言葉を奪ってしまった。
言い返せる事が無い。綺麗ごとすら取り繕えない状態に陥る。
現代日本で、大学まで行って、それなりの会社に入って、20代で管理職になった俺は、平均的に見れば恵まれていた側だった。
この世界で、貴族として産まれ、前世の記憶と今世の才覚を持ち合わせた俺は、どう足掻いたって上流階級の中でも特異点だ。
そんな俺にとって、
『金と命が同価値』
その言葉は、あまりにも強烈だった。あまりにも知らない世界だった。
「待ってくれ……それは、俺の望んだ世界じゃない……」
オヌシに対し、この交渉に「待て」と言ったつもりだった。だが、オヌシはそうは解釈しない。
「結果が全てだろうがタコ。テメェらお貴族サマが作ったのが、この世界。この世界の雑魚が俺。望む望まないじゃねぇわ。雑魚は命張るしかねぇんだわ」
その通りだ。
この世界の秩序は、権力者が作ったものだ。権力者が「こんな世界望んでない」なんて言っても虚しいだけ。どころか「望んでないのにそうなったんなら間違えたですね?」とマスコミに詰められる案件だろう。
「とにかくだ」俺の諦めを察したらしいオヌシは言い直す「スライム10体はやってやる。だが、せめて達成報酬は弾めよお貴族サマ」
と。
俺は、なんとか今更の平静を装い、答える。
「ああ、報酬は弾む。ちゃんとスライム1体ずつで報酬を出すし、10体を達成したらボーナスも出そう。……そうだ、ボーナスは人数分出す。そうすれば、生き残っていれば生き残っているほど俺から毟り取れるぞ。命を大事に、丁寧に、仕事をして欲しい」
なんでだ。
言いながら、疑問符が脳裏を支配していた。
表面上、交渉は成立した。当初の目的は達成だ。
なのに。
ひとつ! よく聞きよく見て、相手以上に相手の要求を理解すべし! ――俺はこのやり取りで、オヌシの何を理解出来た?
ひとつ! 儲け一時、信頼一生だと理解し相手の利益も追及すべし! ――俺はこの話し合いで、オヌシにとっての本当の利益を追求出来たか?
ひとつ! 準備した説得は時に嘘になる。必ず生の言葉で話すべし! ――ボーナスを出すも、命を大事に、も、殆ど仕事のテンプレートみたいなもんだ。生の言葉なもんか。
今回の交渉は、大敗北だ。
恥じるべき敗北。俺の思想に反する営業だった。相手に心を閉ざさせてしまった。相手にばかり妥協させてしまった。自分の言葉は伝えられなかった。
反省しろ、猛省しろ、この悔しさを忘れるな、胸に刻め。
「オヌシ」
力の無い声で呼びかける。その場を去ろうとしていたオヌシが立ち止まり、振り返る。
だから、俺はひとつ、深呼吸をした。
こんな空気で終われるか。負けました。はい終わり。なんて、ナンセンス極まり無い。
負けたよ、オヌシの人生の熱量に、俺のスキルでは太刀打ちが出来なかった。
でも、その現状は理解出来た。
だから、俺は言う。
「次こそは」
だが、言葉はそこで止まった。
これだけの敗北をして、自信も損なってなお、それを言えるのか?
…………俺よ、俺を舐めるな。営業の三大心得から外してしまった項目をひとつ引っ張り出して、自分の姿を取り繕う。すなわち、『嘘も方便』だ。
突き詰めれば、強がりだって嘘だ。虚勢は嘘だ。自信が無いなら自信が無いと伝えるのも誠実さだ。でも、時に社畜は! 嘘の自信で自身を偽装しなければならない時が来るのだ!
だから、俺は言う。
「次こそは、皆が幸福になれる取引をしよう」
と!
そして、オヌシは言う。
「解る言葉で喋れ、カス」
と。
「……………」
思考が止まる。結構頑張ってひねり出したポジティブ発言だったんですけど……。
……え、今の、何が解らなかったの……?
2人の距離は縮まらないまま、今度こそ、オヌシは俺の元から離れていくのだった。
ToDoリスト
・浄水装置の作成 ←clear
・上水配管の設置 ←clear
・定量の水を流す仕組みの設計
・封水を伴う排水設備の構築
・浄化槽開発




