第10話・救世主は唐突なようで
冬が来た。パラノメール近郊は比較的温暖だが、山の麓となれば話は変わる。山の上のほうで振ったらしい雪が、時折麓まで降りてくるのだ。
雪国=針葉樹林という印象があり、針葉樹林では無いから油断していたのだが、ここ、セルト村は、毎年それなりに降るらしい。これは困った。
そういうわけで、実はこの身体になってから初めての粉雪を外套で耐えながら、いつもの作業場へ向かう。作業場とは、水を汲んでいる貯水槽を作った場所だ。
「良かった、水は凍ってない」
安心と共に白い息が漏れ出る。
「触ってたら手が凍りそうな冷たさじゃがのぅ。どれ、アルメル、どっちが長く沐浴出来るか競わんか」「競いません」
隻眼隻腕の老人、ドズゥが不満を漏らし、
「うちをなんだと思ってるの。こんな環境で働いたら死ぬけど」「死にません」
巨漢アスリートと見せ掛けた11歳ロリ、ミリアムが弱音を漏らす。
ミリアムが作った水車は順調に動作しており、おかげ様で上水側はおよそ完成していると言っても過言では無い。
貯水槽はひとまず木樽の要領で作成。水車で汲んだ水をフィルターに通し、木樽に入れる。そういう作り。これで配管さえ作成出来れば、各家庭に水を届けるシステムが完成する。するのだが、その一歩があまりにも遠い。
「竹みたいな木材が近くで採取出来れば良かったんじゃがのう。この辺りの木材では、配管? とやらの真似事は無理じゃろう。アルメルの土魔法次第じゃぞ」
と、ドズゥが言う。
「解ってるよ。焦らせないで~」
言われずとも焦っているのだ。何か良いアイデアは無いものか……。
「否定するつもりじゃないし、こんな事言われるの嫌だろうけど、しかもうちに言われるなんて屈辱かもしれないけど」その前置き要る? な前置きを置いて、ミリアムが言う。「もうその配管? ってのは諦めて、村の真ん中にこれ作ってさ、取りに来させるしか無いんじゃない?」
ひとまずはそうするというのも、実際有りではあるのだ。川で水を汲むという労働は変わらないが、川から直接より、フィルターを通しているだけでも水の安全性は増す。
でも、
「それじゃあ俺が望んだ生活改善じゃないんだよなぁ」
前世のヒントをたらふく知っておきながら作れないというのは、もどかしさが尋常では無い。魔法がもう少し便利だったらなんとかなったのだろうか。
しばらく考える。
土魔法で作る配管の壁を厚くし、重くなった分、木の支えを増やすも、やはりそれなりの長さになると曲がり角で破損してしまう。
曲がり角を中心に強化しても、強化していないいずれかに到達したところで、そこが犠牲になるだけだった。
木材等を織り交ぜた作りをしても同じ。直進は木、曲がり角は土配管。
銅で作る配管、銅配管も検討する。金属の中では柔らかく、加工し易いため、この世界の金属加工の技術では、村全体に銅配管を巡らせる事は、現実的では無い。少なくとも、金属加工の機械化が成されなければ難しいだろう。
あーだこうだ考えて、時折ドズゥと軽口を叩き合って、ミリアムのメンタルケアをしたり放置したりと時間が過ぎていく。
そして、昼前になる。
「いったんご飯に戻ろうか」
なんの成果も得られないまま、無駄な土工作ばかりして、家に戻る事にした。クリスティーナとサーシャが家の事や村の事をしてくれているので、ご飯も出来ていると思う。
そんな、いつも通りで、呑気な帰宅をした俺達だったが、玄関前に3つの人影を見て、立ち止まる。
「…………え」
思わず声が出る。ドズゥとミリアムが、俺が止まった事に気付き、振り返ってこちらを見ている。2人に事情を説明したほうが良い、という事は解っているが、それよりなにより、俺はどうしても、込み上げる感情の整理にばかり気を取られてしまって、何も言えなくなっていた。
1人は村長だ。毎日顔を突き合わせている。
もう1人は女性だ。黒いセミロングのボブヘアー。サングラスをかけた、女性。スタイルは、分厚い外套によって見えない。
そしてもう1人は、男性だ。一瞬女性かと見間違うほど綺麗な横顔、綺麗な金髪。よく見知った顔で、ここ数年、たまにしか見なかった顔。女性とお揃いの外套。
「あ、あ、あ…………」
声が出ない。俺の声が出ないうちに、サーシャが玄関の扉を開けた。青髪をカツラで隠し、茶髪に変装して、サングラスで目を隠しているサーシャ。
しかし、サーシャはその2人を見て、固まる。俺は今、あんな感じの顔をしているのだろう。目を見開いて、呆然と開けた口がわなわなと震えている。
少しして、サーシャが女性と抱き合った。どちらからともなく手を広げ、ゆっくりとハグをかわしている。
その光景に、俺も思わず走りだす。
そして呼ぶ。
「――貴重で優秀な労働力!!」
その声に、金髪の男性がこちらを向く。21歳になった、ファラン家次男、今や魔法の第一人者が、俺の姿を見て微笑む。
「アルメル、お前の村に遊びに来たぞ」
男同士で抱き合うという文化では無いだろう、と思い近くで立ち止まると、しかし、アルフレッド兄のほうから距離を詰め、俺を自分の胸に抱き寄せた。
「会いたかったぞ、アルメル」
「俺も、今とてもお会いしたかったところだったんです、貴重で優秀な労働力に」
「はは。……なんだかお前が言うと邪な気持ちが混じってそうだな」
「いえいえまさか。純粋な気持ちですよ」
貴重で優秀な労働力として。
2組のハグを終える。
「それでは、私はこれで」
村長がそう言って会釈すると、
「ああ、案内ご苦労」
と、アルフレッド兄が微笑み、
「感謝する」
と、黒髪サングラスの少女が会釈を返す。
そして村長が去り行く背中を多少見届けてから、「寒いので、中に入りましょう」と、2人を家の中へ案内した。
着けっぱなしだったのか、クリスティーナかサーシャが昼に合わせて暖炉を温めておいてくれたのか、家の中は十分に暖かく、長時間外に居た5人が揃って息を吐く。そして、重苦しい外套を外し、肩に乗っていた雪を払った。
サーシャは外套と一緒にサングラスとカツラを外す。赤と青のオッドアイ、それと青い髪が露わになる。その姿を見た黒髪サングラスの女性が、知り合いでは無い2人の反応を確認していた。だから、俺は言う。
「この2人は事情を知っているから、大丈夫だよ、リーシャ」
その言葉に、彼女は小さく頷いてから、外套を脱ぎ、そして、カツラとサングラスを外した。
青と赤のオッドアイ、燃えるような赤い髪。サーシャとそっくりな顔の造形。しかし、サーシャよりも少しキリっとしているだろうか。
サーシャと双子であるはずのリーシャ。真っすぐにこちらを見たその雰囲気、オーラが、何故かサーシャより年上だと思わせる。
リーシャは自分で脱いだ分だけでなく、アルフレッド兄が脱いだ外套を受け取ろうとするも、アルフレッド兄がそれを固辞する。その代わりにと言わんばかりに、カツラを外した事で乱れたリーシャの髪を整える。その仕草はまるで、というよりもダイレクトに、頭を撫でる仕草だった。
「…………」
おや、手慣れている。アルフレッド兄はリーシャの頭を撫でるのは当たり前らしいし、リーシャもアルフレッド兄に頭を撫でられるのは当たり前らしい。もう、満更でもない、とか、そういう話では無い。当たり前なのだ。
「ご飯、増やせるかクリスに確認してくる。食堂で待ってて」
そう言って台所のほうへ進もうとするサーシャ。
「ああ、お構いなく。自分達の食糧は持ってきている」
と、アルフレッド兄は固辞するが、それは俺が止める。
「食料と言っても旅用の簡素な物でしょう? 最近のパラノメールのご飯は食べましたか?」
その質問に、アルフレッド兄がきょとんとする。
「パラノメールのご飯、と言えるような名物は特に無いだろう? まさか、今度は食べ物の名物でも開発したのか?」
冗談でも言うような口調のアルフレッド兄だが、冗談なものか。俺は数か月前、数年を掛けて食事事情の改善に成功したばかりなのだ。なので、俺は言う。
「その口ぶりでは、パラノメールでは何も食べていないのですね。お父様とスレイン兄さまにはご挨拶していないのですか?」
お父様であれば、アルフレッド兄が帰ってきたとあれば何かしらはご馳走しそうなものだが。
「あいにく、2人とも今は遠征中らしくてな。だから、先にこっちに挨拶に来た。邪魔じゃないか?」
「いえ、可能な限り居てください。貴重で優秀な労働力」
「……やっぱり何か邪な事を考えているな? アルメル」
「いえいえ、純粋な気持ちです」
本当に。
でも、しかし本当に丁度良い。アルフレッド兄とリーシャはパラノメールの新しい食事事情を知らない。それをこの場でお披露目出来るというのなら、いかなる手間とて手間にあらず。
「サーシャ、2人……4人を食堂に案内しておいてよ。ちょっと、クリスティーナを手伝って、メニューを何品か追加してくるから」
せっかくの昼餉だ。身体を温めたい事だし、少しばかり贅沢といこう。
ToDoリスト
・浄水装置の作成 ←clear
・上水配管の設置
・定量の水を流す仕組みの設計
・封水を伴う排水設備の構築
・浄化槽開発




