第7話・子供は夜更かしをしたがるものでして
ワーウルフの毛皮に魔力を込めてみる。確かに、魔力がどこかへ流されるような感覚があった。光魔法を当てたのに、あちこちへ散らばってしまうのだ。これによってワーウルフに魔法攻撃は効きにくくなるし、ワーウルフの素材を使った装備は魔法耐性が上がるわけだ。
試しに毛並みを整えようとしてみたが、硬くて無理だった。ギッチギチに絡まった硬い毛は撫でるだけでは整いそうもない。考えてみれば相手は魔獣。毛皮ひとつとっても、5歳児の身体には強すぎる。逆にこちらの指が切れそうになっていた。
仕方ないので鋏を取り出す。あまり上等な鋏では無いので、切るのに苦戦しそうだ。まとめて何本か剃ろうとしたけれど無理だったので、大人しくその毛を一本ずつ根本から切っていく。
試しに十本の毛を取り、根本、毛先の向きを揃えて丁寧に束ねる。
光魔法をその束に当てると、当てた場所ではなく毛先が光った。
「ふー、ふー」
動物の毛、一本一本を手探る作業だ、かなりの集中力を要した。自分の呼吸が乱れている事に気付けなかった失敗だ、息で毛が飛び、バラバラになってしまった。
見失った毛を見つけるのは困難だ。残った3本を補充するため、また一本一本切り、今度は20本用意した。
10本ずつで二束作る。そこで、毛が飛ばしてしまわないように上を向いて深呼吸する。
二束を縦に並べる。一本目の毛先に二本目の根本を当ててどうなる?
一本目の根本に光魔法を当てる。……一本目の毛先が光るだけだった。二本目には到達していな……いや、微かに光っている。少しだけだが次へ渡るようだ。
物は試しだ。交互にしてみるとどうだろう? 毛の束を複数に分け、一本目の毛の先端三分の一くらいの先に二本目の根本を当て、その二本目にも同様に三本目を当てる、という具合に、少しずつ被せる作戦だ。
魔力を当てる。
一本目の先端しか光らなかった。
つまり、魔力の吸収は根本にしかない。
いや、厳密にこれは根本では無い。毛根は無い。鋏で切っているのだから。
それでも魔力自体は吸収され、毛先へと逃げている。
もしかして、と思い目を凝らしてみてみる。その毛の先端をしっかりと見てみるが、当然目視は出来なかった。
そういえば、営業の時に美容院・理容院を回った事もあった。カラーリング剤が少し複雑だったのが気になり、営業トークがてら聞いた事がある。毛にはキューティクルという表面と、内側で作りが違うと。
ワーウルフの毛はキューティクルが魔力を通さないし、内側は魔力を毛先へと送る構造になっているのではないか?
毛に当たった魔法攻撃は流れるように根本へ到着し、そこで根本に吸収された魔法は流れ、毛先で放出される。毛先で放出された時に毛先にあった攻撃魔法と打ち消し合う。これが、ワーウルフの魔法攻撃耐性の理由かもしれない。
次は素直に、一本の毛の先に、極めて慎重に二本目の根本を揃える。鼻息で毛が揺れるため精一杯呼吸を抑えながら、日本の毛を設置し、一本目の根本に光魔法を当てる。一本目の毛先と二本目の毛先が一緒に光った。少し当たり具合を調整するとその加減が変わるのが解った。
息を殺し、目を見開いてベストポジションを探す。一本目の毛先が殆ど光らなくなり、二本目の毛先がより強く光るあたり具合のところで、重りを置いて動かないようにした。それを何度か繰り返し、まずは五本連結する。
魔法を当てる。
「…………?」
光らない。どこも光らない。
まさかと思い、いくつかの重りを持ち上げる。重りを置いた際にズレてしまっていた箇所があったようだ。1から組みなおす。
そうして5本連結した。一本目の根本に光魔法を当てると、五本目の毛先が光った。
嬉しさに呼吸が震えた。上手くいっている過剰な充実感によって震える手で土くれのフィラメントを取る。そして五本目の毛先にちょこんと乗せ、もう一度光魔法を当てた。
「!? !?」
光った。フィラメントは発光した。あ、まずい光が強い。震える手で小さな木箱を取り、フィラメントを覆った。シャーリーを起こしてしまう。それは良くない。
その一連のアクションで丁寧に並べた毛はバラバラになってしまった。でも仕方ない。俺は今興奮している。久々の夜更かし。深夜残業。実験の成果。案件の進捗。営業実績で歴代No1を取った時以来じゃないだろうか、この興奮は。もしかしたら、高望みだと思いながらもした人生初の告白で高嶺の花だと思っていた人と付き合えた時もこんな感じだったかもしれない。ああ、いや、高校受験に受かった時くらいだ。
指先がわなわなと蠢く。呼吸は強く乱れる。
そうだ、そういえば、と、毛の構造を思い出す。
毛根はどうなっている? もしかして毛根はキューティクルが無く露出しており、毛先との接触を組みやすくなるのではないか?
毛を抜きたい。ワーウルフの毛皮から毛根ごと毛を抜きたい。
行けるか?
硬い。なかなか抜けない。いや、この幼い手じゃ全く抜けそうにない。
(どうする、ピンセットみたいな物を作るか? 類似品で良いんだ。毛を毛根から引き抜くのに最適な方法はなんだ)
何かあるような気がする。俺も知ってる知識の中にこれはある気がするんだ。喉仏のところまで出かかっている。
心当たりだ。毛を抜けやすくする知識が俺にはあった。
そうだ。だって俺は前世では20台後半の年齢で、加齢臭や肌の老化を予防したいと考え始めていた。その辺りだ。その辺りにヒントが――
「あるめる様」
「ひえ!?」
真後ろから声をかけられ、思わず飛び跳ねてしまった。
焦りながら振り返ると、そこには虚ろな目をしたシャーリーが居た。
「しゃ、シャーリー、まだ起きてたんだ。寝てて良いんだよ?」
と言うが、シャーリーはろくに聞いていない様子で、
「あるめる様、夜更かし、だめ、これ以上……」
寝ぼけて意識が朦朧としているようだ。多分一度眠りについたが、さっきの光で起こしてしまったのだと思う。悪い事をした。
でも
「でもシャーリー、今良いとこなんだ。本当にすごく良いところでね、もう眠れないんだ、全然目が冴えちゃって」
と言い訳をする。普段のシャーリーなら引き下がってくれるところだが
「だめです……夜更かしだめ……からだよくない……あるめる様……ねる」
そう言って俺を抱きしめたかと思うと、椅子から引きずり降ろして引っ張り始めた。
「ま、待ってシャーリー、ほんと、良いとこなんだ、良いところだからどうか、どうか」
「だめです。ねる。……あるめる様が、すごい物作っても、あるめる様が、身体こわしたら、わたし、やです……」
言いながら俺の身体を運ぶシャーリー。5歳児の身体で14歳に勝てるはずもなく、なすすべ無くベットに運ばれた。
シャーリーは全身で俺を包むようにして、俺が寝るように仕向けた。これはどうやら諦めるしか無さそうだ。それに、今は興味が仕事から別の物に変わってしまった。
俺を抱きしめながら寝ようとするシャーリー。俺の頭を優しくぽんぽんと叩きながら、彼女は寝ぼけた声で言う。
「良い子、良い子」
その言葉の音が、その声色が、俺は好きだった。この世界の言語なのに、ひどく懐かしいのだ。どうしてなのか解らない。それでも、どうしようもなく、懐かしい音だ。
そういえば、と、眠りへ向かい薄れゆく意識の中で思った。
さきほどのやりとりで、シャーリーは一度でも噛んだだろうか?
そんなくだらない事を最後に、俺の意識は夜へ溶けた。




