第8話・俺の知らない世界なようで
全員で、水車の場所まで移動した。サーシャとクリスティーナはもう変装していない。ありのままの、俺、シンシア、サーシャ、クリスティーナ、そして、ドズゥとミリアム。計6名。
「ほうほう、これが水車を使って水を上に上げようっちゅう装置か。なんじゃ不細工な面構えじゃのう」
山の中で中断していた水車作りの現場に、早速2人を招待すると、開口一番ドズゥに失礼な事を言われた。俺は唇を尖らせ、少々ムキになる。
「デザインは関係無いと思うんだよね、機能性重視? みたいな」
「機能せんカラクリのどこが機能重視なんじゃろうのう。ほれ、ミリアム、見てやりぃ」
「ぐぬぬ……」
悲しいほどに言い返せない。
「見るもなにも」ミリアムが動かない水車に何度か触って言う。「うちに解るわけなくない? 作るしか出来ない半人前にその指示は不適切だと思う」
「え、なんじゃ、不適切だったか、わし」
「超不適切。謝って」
「す、すまん……」
「ところでこの水車、もう少し軽い木材で作り直したほうが良いと思う。多分」
全然適切だったっぽい。
「え、どうして? 上がる重さと下がる重さが同じなんだから、木材はあんまり関係無い気がするんだけど」
念のため確認すると、ミリアムは答える。
「水の流れを利用するなら、水の流れの比率が大きいほうが良い。水の流れは変わらないから、水車の重さを軽くすれば、水の流れの比重が上がる。って思う。間違ってるかもしんないけど。何言ってるか解んないよね、うちもちゃんと説明出来てないなって思」
「うん参考になる! 全然伝わってるから自己嫌悪はそこまでにしてね!」
要らない部分を制止して、言われた事をまとめる。言われてみればその通りだ。水の流れを利用するのに、重い木を使ってしまうと、水の力の影響が下がってしまう。5万円が必要な時に5千円貰っても焼け石に水だけど、5千円必要な時に5千円なら助かる、みたいな。なにこの説明、俺も説明ちゃんと出来ない。
「それじゃぁ、その方向で、ミリアムさんに水車作りをお願いしても良いかな?」
「むり」
「ありがとう、じゃああとはよろし――うんそうだよね断るよね、筋が通ってて素敵だなぁ!」
絶対作れるじゃん水車。仕組みも解ってるじゃん水車。あとやるだけじゃん水車。なんで無理なの。
「ミリアムさん? その、因みに何がどうなれば、無理じゃなくなる?」
無理では困るのだ。職人の手を借りなければ詰む。
ミリアムは答えた。
「この仕事って責任重大だよね。でも普通に考えて、責任なんて取りたくないよね? 普通に失敗するかもしれないのに責任ある立場なんて無理に決まってるよね。だってうちだよ? 失敗するに決まってるからね、断言するけど」
自信満々に断言しないで。
「大丈夫、責任なんて取らせないよ。責任は責任者が取るものだ。つまり俺が責任を取る。伸び伸び物づくりに励んでくれていいんだよ―」
優しく言うも、
「伸び伸び? 困る困る。自由にやらせたら方向性間違うに決まってるでしょ? うちだよ?」
誰だよ、知らねぇよ。
「アルメル。この女、殴って黙らす、必要」
「うんサーシャ、落ち着いてね。一番ダメなパターンだからね、それ」
うちのメイド兼護衛がブチ切れかけていた。
制止はしたものの、ミリアムにも当然耳はある。今の会話は聞かれている。
「殴って黙らす? 丁度いい」
ミリアムはぽきぽきと指を鳴らして、その高身長でサーシャを見下す。
そして言うのだ。
「そうしてくれると助かる。どうせうち、勝てないし、自分で考えられないから、誰かが折檻しといたほうが互いのため」
なんでそんな自信満々なの? 言ってること相当酷いよ? あと折檻されてる時点で多分君のためではないよ?
「どうどう、落ち着けサーシャ。ミリアム氏も、そういうんは、ちょっとね」
と、止めに入ったのはシンシアだ。
だが、ミリアムは鋭い目つきでシンシアに言うのだ。
「この頑丈な身体は、殴られるために頑丈なんだよ!」
「絶対違うっすよ!?」
「安心して欲しいんだけど、うち、殴る事は出来ないから。怪我させるの怖いし。一方的に殴られるだけだから大丈夫」
「アルメル様! 俺この子無理かも!」
大丈夫、多分その子にすぐに適応できる人間、滅多に居ないから。
しかしとんでもない個性の子が来た。いや、見た目が20歳くらいだから精神も成熟しているものと考えてしまうが、11歳である事を思えば、不安定にぶっ飛んでいても不思議では無いのかもしれない。
ファラン家の三兄弟があんなんだから忘れていたが、人間には思春期というものが本来はあるはずなのだ。人格形成にあたって、人格が極端な方向に揺れ動く時期である。
さて、しかしこうなるとどうしようか。……と、途方に暮れていた、その時。
「ミリアム・ハッシュバル」
彼女の名を呼びながら、彼女が一歩、前に出る。
それだけだ。
本当に、それだけなのに、その場が凍り付く。
何が起きた? と思いたくなるほど、空気が変わる。
その声の主は――クリスティーナである。
「あなたに自信が無いのは、あなたの自由よ。でも、ここに居るアルメル・オース・ファランは、必ずやあなたを、ケイシー・ハッシュバル以上の職人にしてくれるわ。だから」
だから。そう言って、クリスティーナはミリアムの目の前に迫る。
重い空気だった。何故か知らんが重い空気だ。威圧感とでも言うのか……って、そういえば、そうだ、失念していた。
クリスティーナの実家、ルーサー公爵家は、平和主義の派閥だ。
そして、この諍いや戦争が普通にある世界における平和主義の派閥とはつまり、交渉と根回し主義の派閥である事を意味する。
そういう平和主義の家系で教養を学んだクリスティーナは、ただ、その立ち振る舞いでもって、言う。
「あなたに欠片でもプライドがあるなら、言われた事を、ただ、成しなさい。この瞬間以降、あなたの自分を卑下する発言は、あなたを信じて送り出したケイシーさんや、あなたを信じて任せる私に対する侮辱発言と見做すわ。繰り返す。言われた事を、ただ成しなさい、ミリアム・ハッシュバル。出来るかしら?」
と。
え、誰この人。こっわ、と思っていたら、
「……じょ、じょおう……」
ミリアムが恍惚とした表情でクリスティーナを見つめるじゃん。
え、何この状況。こっわ、と思っていたら、
「出来るかしら? と聞いたのよ? 返事が違うわ、ミリアム・ハッシュバル」
なにこの人知らない人だよぉ。
クリスティーナがキャラ崩壊してるレベルで、ミリアムに軽蔑の眼差しを送っている。
その軽蔑を受けたミリアムと言えば、
「出来る限り、やるぅ……」
なんかうっとりしてんだけど。
なにこれ、どういう状況? どういう流れ? と、混乱していたら、交渉(?)を終えたクリスティーナが、俺の隣に戻って来て、苦笑いを浮かべながら、こう言うのである。
「ああいう指示のされかたが好みらしいわ」
と。
俺は何も言わず空を見る。
俺の知らない世界だが、俺の知らない価値観だが、もしかしたらこれは……SM、という類なのでは無いか、と。
思っただけで、可能ならば関わりたくない世界なので、これ以上は触れないぞと、俺は自分自身に誓うのだった。




