第13話・課題があまりにも山積みなもので
庭のガゼボで春先の温かい風を浴び、紅茶を嗜む。スコーンを手に取り、ジャムを着けて、嬉しそうに口に運ぶクリスティーナ。日の当たり具合で色味を変え、陰る場所は紫にも見えるピンクの髪と瞳。白い肌だからこそ際立つぷっくりとピンク色の唇にジャムが付く。
「公爵家の厨房にも負けない腕のシェフね。外がさっくり、中がしっとり。ジャムも、なんだか深みがあるわ」
ただでさえ宝石みたいにキラキラ輝く魔眼をさらに輝かせながらお菓子を味わうその姿を微笑ましく見守りつつ、俺も頂戴する。
うん、美味しい。普段、ファラン家はお菓子をあまり食べない。だから、たまに食べると身に染みる。
普段お菓子作りをしないのにお菓子作りが上手いのには、多分理由がある。
俺は言った。
「料理長はお母様が地元から連れて来たお気に入りの人らしいんだ。ファラン家は普段お菓子を食べないから宝の持ち腐れになっちゃってるけど、お母様がお菓子好きだったのかもね」
残念ながら、お母様の事は殆ど記憶に無い。
俺が1歳の頃に流行病にかかり、その病こそは治っているが肺に深刻なダメージを負ったらしく、今もなお有名な医者が居る街で療養中。9年もの闘病生活となれば、回復の見込みは無いと言って良いだろう。
「義母様といえば、ヘンリー様よね。慈善活動に精力的な、素晴らしい人だったと聞いているわ」
「そうらしいね。俺も一緒に居た期間が短いから人づてにしか聞いてないけど……どこで仕入れるの、そういう情報」
慈善活動に精力的だったのは病気を患うより前の話のはずなので、俺達は揃って1歳だ。どこで情報収集したらそんな過去の情報を集められるのだろうか。
「ふふ、秘密よ。この作戦が必要な時が来たら教えてあげる」
ドヤ顔で斜めに傾いた上目遣いがこちらに向けられ、思わずドキっとする。その目線は可愛すぎて反則である。
「2人とも、おかわり、要る?」
ふと、少し離れた場所で控えていたメイド服の少女、サーシャが尋ねて来た。
俺が直接雇用している護衛兼メイド。青い髪。赤と青のオッドアイ。気だるげなジト目。俺達より3つ年上だけど、発育はあまりよろしくないためか、殆ど同い年みたいな距離感で接してしまっている。
「まだ余っているからおかわりは要らないわ。それよりもサーシャ、あなたも一緒にお話ししましょ?」
クリスティーナはサーシャを気に入っているので、ガゼボに誘う。しかし、サーシャは首を横に振った。
「流石に邪魔、出来ない」
俺とクリスティーナが婚約者だから、という事だろう。普通に考えればお断りするのが当然だろうが、クリスティーナは俺に向けてこう言った。
「ねぇアルメル。クリスティーナとお話しろって、サーシャに命令して」
うーん、解決方法がハラスメント。勿論そんなお願いには応えられないが、別の交渉方法があるので、そちらを使う。
「サーシャにはリーシャという姉妹が居ただろう? でもクリスティーナにはそういう存在は居なかった。初めて出会う同じ身の上の突然変異なんだ。聞きたい事が沢山あるんじゃないかな」
「…………喋る。苦手」
サーシャとリーシャは何故かずっと端的にしか喋れない。もうすっかりこの話し方に慣れてしまったけど、そういえば、何故彼女達はこんな喋り方なのだろう。
ふと過ぎった他愛の無い疑問を振り払って、俺は微笑む。
「多分大丈夫だよ、殆どクリスティーナが喋ってくれるから、サーシャは必要な事にだけ答えれば良い」
「え、あら、いいの? 私、喋るの大好きよ」
クリスティーナが嬉しそうに言う。
多分だが、クリスティーナもサーシャも、違う意味での、軽度なコミュ障だ。
サーシャは言わずもがな、普通に喋れない。伝える事を苦手とするタイプのコミュ障。
対してクリスティーナだが、なんやかんやで人の話をあまり聞けない。普通に会話している上では成立しているのだが、相手の話へのリアクションを経て、自分の話に変換してしまう癖がちょくちょく見られるのだ。
前世で勤めていた営業という役割においては、御法度な話し方である。
いやいやいやいや、なんにしたってサーシャは13歳、クリスティーナは10歳なので、そんな事は出来なくて当然なのだが、このまま矯正無く育ってしまうと、良くない存在が爆誕してしまう気がするので、管理職時代に勉強した部下の育て方を流用する事にした。
「サーシャはクリスティーナの話し方がどうだったかを、後で俺に教えて欲しい。クリスティーナは、サーシャの話の聞き方がどうだったか、後で聞かせて欲しいな。突然変異という同じ身の上同士、積もる話もあるだろうし、トイレがてら、少しだけ席を外すよ」
そう、すなわち、お手本をフィードバックさせる作戦である!
この作戦ね、管理職としては結構マジで良い。長所と短所が異なる相手と組ませて、お互いの感想を説明出来るように分析させるのだ。そうするとね、言葉の上ではギクシャクしてた場合でも真似すべきところは解っているって事が結構あるから。
言葉と理屈だけ残してその場を離れる俺。すると、どこからともなく唐突に表れた男が居た。
「なんというか、すごい事になってきたっすね」
そんなありきたりとしか言い様が無い感想を俺に伝えて来たのは、俺の私兵、シンシアだ。
3年前まではスレイン兄と同等の強さを持っていた、元傭兵の男。そして、サーシャ&リーシャをファラン家に届けた立役者。
「すごいこと?」
なんの事かと思い尋ねると、シンシアはガゼボを顎で示してこう言う。
「世間で差別されたり、酷い扱いを受ける事が多い突然変異の人間が、あんな素敵な環境で、あんな楽しそうに会話をしてるんすよ? 世界が変わるきっかけなんじゃねぇかと思うほど、奇跡みたいな状況っすよ」
と。
今のこの世界、この時代の倫理観における突然変異への差別は、現代日本で語られる中で比喩する事が難しい。俺個人の感想としては、某アウシュなんちゃら強制収容所相当の悲劇的差別が、もう少し少ない人数で行われているくらいの認知である。
そうだよ、歴史に関しては不勉強だから有名どころしか知らないんだよ。だから俺は、適切な比喩を持っていない。
普通はこうだからね? 異世界転生した人間が、必要な現代の知識、情報を全て持ってるとか、普通なら絶対にあり得ないから! どんな仕事してたんだって話よ!
現代知識への自己嫌悪はここまでにして。
さて、では、異世界知識について、情報の整理が要る。
現状と、今、解決すべき問題について、命題は人口回復だ。そこに至るまでの道のりを整理する。
問題点:人口回復しない。
解決法:食料事情を改善し、生活に安心を付与する。
では、食糧事情の改善を調査し、その原因を改善する必要があるわけだ。
となると、
問題点:作物が魔物化し、農業の効率を妨げている。
解決法:作物が魔物化しない方法。←未解決。
これがネックだ。因みに「ネック」という表現を見聞した事がある人は多いと思うが、語源は知っているだろうか? 語源は「ボトルネック」である。ペットボトル等の細くなっている飲み口の手前。ここが『細いからこそ水の流れが滞る問題点』と表現したのが、ネック/ボトルネックの表現らしい。面白くない? この流れ。話に全然関係ないけど。
ともかく、どうすべきかを考える。何が出来るかを考える。
そこでふと、別の学問が頭を過ぎった。
この世界における魔法の理論。魔法学。
未成熟な学問なので研究段階でしか無いが、その学問は魔法を2つに分類している。根源魔法と妖精魔法だ。
根源魔法とは、自分の体力等を魔力に変換し魔法を成立させる魔法。
妖精魔法とは、大気中にはびこる魔力を操作して成立させる魔法。
らしい。
らしいのだが。
少し、待て。
だとしたら。
――突然変異は、どこから、魔力を確保しているんだ?
ToDoリスト
・既存の農業の問題点の発見及び改善。
・場合によっては問題解決のための装置開発。
・生産量を増やすための土地と人員確保。
・場合によっては効率化のための道具開発。
・場合によっては調理器具の改善。
・新料理開発。
・新料理のレシピ拡散。




