第11話・それをそうとする定義ってそもそもどうとも言い難いので
訓練場に出て、スレイン兄が提案したのは、簡単に言うと鬼ごっこだった。
まず、俺とスレイン兄チーム。クリスティーナと冒険者4人チームの2手に別れる。
スレイン兄がクリスティーナにタッチするのが先か、冒険者4人チームが俺にタッチするのが先かの、殆どレクリエーションの遊びみたいなものだ。とはいえ、
「流石に、そのルールでこの人数配置は不利過ぎるのでは?」
質問を投げかけると、スレイン兄は爽やかに笑った。
「不利なほうが楽しいだろう?」
この歳になって気付いたんだけど、この人、相当な戦闘狂なんだよな。なんでもかんでも戦いで決めようとするし、その殆どにハンデを付与している。
「それに」
言葉を失っている俺が何かを言うまでも無く、スレイン兄は続けた。
「自分を化け物と呼んでしまう女の子を、助けたいとは思わないかい?」
「…………そうですね」
そうだ、その通りだ。面白い展開が続いたせいでスルーしてしまったけれど、クリスティーナは自分の事を、人では無いと、化け物の類だと、そう言ったのだ。なら、婚約者として、人に戻してやらなければならない。
ルーサー公爵とお父様はどちらも真っすぐに訓練場を見つめている。クリスティーナは冒険者達と何かを話している。
そういえばあの冒険者達、見覚えがあると思ったら、半年前にも付き添っていた冒険者達だ。考えてみればクリスティーナの体質上、秘密を知る者は少ないに越した事は無い。同じ冒険者を贔屓にするのは当然か。
「でも、どうするんですか? 俺は光魔法と微妙な土魔法しか使えませんので、事実上5対1ですよ。何か策があるんですか?」
聞くと、スレイン兄は木製の片手剣とバックラーを手に取りながら答えた。
「僕の行動は相手の対応をしながら考えるから、アルメルは好きなように動いて良いよ」
スレイン兄、にっこりである。
え、待って、ってことはノープラン!? この人数差で!? 勝つ気あります!?
「準備は良いか」
お父様が告げると、2組とも臨戦態勢に入る。相手チームの冒険者達も木製の武器を構え、クリスティーナを守る。
「よろしいですかな、ルーサー公爵閣下」
最後の確認を入れるお父様。ルーサー公爵は静かに肯定する。
「ああ、頼むよ」
と。
その返答に少し引っ掛かりを感じた。頼む? 何を?
「では、交流戦を開始する。はじめ!」
まず動き出したのは冒険者チームだ。剣士と槍使いの男性2人が左右に展開して攻めに転じる。魔法使いとダガー二刀流の女性2人がクリスティーナの護衛兼サポートでその場に留まる。
魔法使いがバフ魔法を発動させたようだ。剣士と槍使いの速度が上がる。
そして――クリスティーナが両目を開ける。
ピンクの瞳孔。魔法陣の虹彩。
クリスティーナの魔眼。
両目を閉じていればモノクロの世界が360度見える。片目を開ければ前方が、両目を開けたら360度が、遮蔽物をひとつ無視した状態で視認出来る。
その上で。
クリスティーナは、生物の目で見えている箇所を操る事が出来る。それこそ、両目を開けて遮蔽物をひとつ無視すると皮膚を透視して筋肉を目視出来るのだが、その筋肉を操り、他人に臨んだ台詞を喋らせる事が出来るほど精密に操れるのだ。
今、スレイン兄は、どこかが操られている。
魔法使いによってバフが掛かった剣士と槍使いが、左右から挟み撃ちで俺を狙う。
クリスティーナによって、スレイン兄はデバフされ、身体のどこかが不自由になっているはず。
そのはずなのに――スレイン兄は、俺をタッチしようと手を伸ばしていた2人から、俺を守り抜いた。
クリスティーナの魔眼によって剣を持つ右手が封じられていたのだろう。剣士のタッチをバックラーで防ぎ、槍使いのタッチを容易く蹴り上げた。
俺も俺で回避しようとして後ろに飛んでいたのでその光景を間近で見たのだが、どうにも理解が難しい。理解が難しいので省略するけれど、2~3度のやり取りの末に、スレイン兄が槍使いから槍を奪い取っていた。
「ほら」
バックラーと槍を持つ左手で剣士の動きを牽制しながら、いつの間にか動いていた右手が槍使いの喉元手前で止まっている。止まっているのが寸止めなのか魔眼の力なのかは解らない。
「くそ、まじかよ」
冒険者の男2人が退く。攻め方を変えるようだ。だが、これで槍使いのほうは武器を失った。選択肢をひとつ奪えたのは大きい。
はずだったのに、
「こちらは自由に動けるのは1人だよ? 戦力を分断してどうする。全員まとめて掛かって来い」
と、スレイン兄は、その槍を軽く投げて槍使いに返品した。何やってんのこの人!
「それと、クリスティーナ様。魔眼で操れるのは、服で隠れていない範疇のみですね。操れる箇所も1カ所ずつのみ。ただし、場所の変更は自由自在。こんな感じだと僕は判断しました。勿論、ブラフである事を前提に対処させて頂きますが、その程度ならば御覧の通りです。もう少し工夫される事を推奨いたします」
「え……え?」
クリスティーナが動揺している。そりゃそうだ、この人のチート性能、普通におかしいもん。敵じゃなくて良かったと思える人No1、スレイン兄。
それにしてもスレイン兄、戦闘中いっつも相手にアドバイスしてる気がする。
「俺らAランクパーティーなんすけど……」
と槍使いがぼやくと、剣士が苦笑した。
「相手は王国の盾の中でも歴代最強と言われてるスレイン様だぜ? 本当の国内最強相当。非公式ランク級と考えるのが普通だ」
え? なに、その話。
いや、だって、俺の知識ではスレイン兄はシンシア相当でジャンには勝てない、くらいの強さじゃなかった? 3年くらい前までは、元傭兵団副団長のシンシアと同等の強さで、パラノメール騎士団の騎士団長であるジャンよりは弱い、くらいだった。それが気付かぬうちにどうだ。スレイン兄、国内最強クラスなの? …………驚きより納得しかない。
剣士が言う。
「俺、ドルン、ミレイでスレイン様を足止めする。ジャスティンは木魔法を俺に集中させてくれ。ドルン、ミレイ、俺が主軸でスレイン様を足止めするから、2人はそのサポートをしつつ、タイミングを見計らってアルメル様を追え」
と。
こちらに聞こえるように言った。
なら、多分、裏がある。
なら、
「スレイン兄様。――入れますか?」
と、俺は問う。
スレイン兄は答えた。
「行くよ」
作戦説明は必要無い。ここから先、スレイン兄は全て俺に合わせてくれる。
相手のほうが人数が多い上に、狡猾に立ち回ってくれるなら、こちらがやるべき事はひとつだ。
すなわち、正面突破。
俺は地面に手を着いて、そして、全ての力をそれに込めた。
光魔法。
地面全体を照らすほどに魔法を満たす。壁に至るまで魔法を満たす。天井に至るまで魔法を満たす。その全てを、眩く照らす。
「な」「まぶし」「なんて魔力量してんのよ!」「だがこれだとお互いに何も見えん! 落ち着け!」
冒険者達が言うように、かくいう俺も何も見えないくらいになっている。この眩しさの中で視界を確保するには、サングラスが必須だろう。
そう、視界を確保するには。
ならば、視界の確保が要らない人にとって、この異常な眩しさはハンデキャップにならない。
では、視界の確保が要らない人とは誰か?
例えば、魔眼持ちのクリスティーナ。両目開眼状態は潰せても、目を閉じた視界は見えているかもしれない。魔眼がどうなっているか解らないけれど、彼女は何とか出来る可能性がある。
例えば、視界を必要としない人物。え、そんな人居るわけなくない? と言いたいところだが、居るのだ。
そう、ゾーンに入ったスレイン兄は、戦闘に必要無い情報の一切を排除し、必要な音のみである程度の状況把握が出来る。以前、それで背後からの奇襲を打ち砕く決闘を見たので、スレイン兄ならば出来るという確信があった。
とはいえ俺自身も眩しすぎて何も見えないので、叫ぶ事にした。
「クリスティーナ! 危ない!!」
と。
「え」
と、クリスティーナが言った、らしい。
「捕まえました、クリスティーナ様」
息つく暇も無く、スレイン兄が宣言した。
宣言したので、光魔法を解除した。
ゆっくりと目を開けると、そこには、目を覆って慌てる冒険者達と、眩しさに目を潰されたのか動揺しているルーサー公爵と、片目だけ開けているお父様が居て、そしてなにより、クリスティーナの肩に手を置くスレイン兄の姿があった。
「この勝負は僕達の勝ちですね。どうしますか? 今の手は禁じた上でもう1戦というのも、僕としては楽しいですが」
両目を閉じているクリスティーナが半分パニックみたいになって首を横に振りながら
「しませんしませんしませんわ、なにも、なにも見えないです、何も、な、なな何もっ」
あ、そうか、失念していた。両目を閉じていても360度全方位が見えている彼女にとって、見えないという異常事態は産まれて初めてなのか。
スレイン兄が俺のほうに目配せをしてきたので、事前に目を閉じていたからこそ動ける俺はクリスティーナに駆け寄り、声を掛けた。
「大丈夫、大丈夫だよ、もうすぐ見えるようになるからね。ほら、数えるよ~、3、2、1」
彼女の目を手で覆う。
彼女の魔眼は360度見えるというのと『遮蔽物ひとつ無視』だ。
すなわち、瞼を閉じても、瞼という遮蔽物をひとつ無視して世界が見えてしまう。
だから、瞼と手のひらで二重に遮蔽物を作れば、彼女の視界は真っ暗に出来る。
その状態を作ってから3秒数える。明るい場所から暗い場所へ移動してよく見えない時、3秒硬く目を閉じると見えるようになるという前世の記憶を頼りにカウントし、彼女の目を解放する。
すると、
「…………見えまs……見えるわ、全部」
と、クリスティーナが呆然と言う。
スレイン兄が、この状況をクリスティーナに説明してくれた。
・俺の光魔法で全員の視界を奪った事。
・視界無しでも行動可能なスレイン兄自身の事。
・俺が「危ない!」と叫ぶとクリスティーナが「え」とリアクションをした。これで両者の位置を把握していた事。
・冒険者達は戸惑いや装備が擦れる音だけでどこに居るか解っていた事。
これらを、順繰りに、説明していて、いや、あの、ほんと、あんた化け物過ぎん?
そう、この人、化け物過ぎるのだ。
クリスティーナが答えた。
「本当に、人、ですの?」
含みのある言い分。だが、スレイン兄は答えるのだ。
「ええ、これでも分類上は人間です。さて、クリスティーナ様、いえ、クリスティーナ嬢。我が最愛の弟の婚約者よ。こんな人間が居る上でなお、自分は人の道を外れた化け物だと思いますか?」
そう思うには、まず、自分に勝利したスレイン兄と俺を化け物認定しなければならない。だから、クリスティーナはこう言わざるを得ない。
どこか心苦しそうに、それでもどこか、肩の荷が下りたように、彼女は笑って、楽しそうに、こう言う。
「私、人間だったのね」
と。
ToDoリスト
・既存の農業の問題点の発見及び改善。
・場合によっては問題解決のための装置開発。
・生産量を増やすための土地と人員確保。
・場合によっては効率化のための道具開発。
・場合によっては調理器具の改善。
・新料理開発。
・新料理のレシピ拡散。




