第9話・既存の農業は問題があるようで
「アルメル様、ギルドからの使いの者が」
勉強をしているところに執事が来て、そう言ったので、俺とサーシャはすぐに支度を済ませる。
サーシャは青髪をカツラで隠し茶色くし、オッドアイの目は見えないようにサングラスで隠す。その後にいくつかの武装を用意している。
対して俺のやる事は少ないが、新品の蝋板を用意した。メモ書きに紙は勿体ないので、銅の板に蝋を塗り、その蝋を削って書く蝋板は便利なのだ。紙に清書したら一度溶かして再利用も出来る。中々の優れものだ。
執事には、騎士団の訓練場に居るであろうシンシアに、屋敷の入り口前で待ち合わせだと言伝を頼んだ。
さて、ギルドの使いが来たという事は、話は決まっている。農家からの依頼が来たのだろう。
「どんな事情だろうね」
屋敷の前に移動しながら言うと、サーシャは当然のように答える。
「城壁の外なら、魔獣による占拠」
「うーん、ありよりのあり」
「城壁の中だと、泥棒?」
「うーん、農家に泥棒……いやまぁ、お金くらいは盗まれるか」
だとしたらこれから駆けつけてもあまり意味が無い。
屋敷の入り口前に着いたので待機する。
少しすると、訓練場のほうから小さな馬車がこちらへ向かってきた。その馬の手綱はシンシアが握っている。
「騎士団から借りた?」
と、サーシャがシンシアに尋ねると、シンシアはどや顔で俺のほうを見た。
俺に向けたどや顔では無い。俺にどや顔をしろ、というどや顔だ。
なので俺は本能のままにどや顔した。
「買っちった。専用馬車」
見よ、この佇まい。馬はシンシアに選定してもらった。箱は俺が選んだ。華美すぎず、乗り心地重視の6人乗り。
こいつでとっとと目的へ向かう。屋敷の門の前で待機していた伝言であろう冒険者も馬車に乗せ、道案内をさせる。どうやら場所は城壁の中にある農家らしい。
「そういえば、魔獣が麦畑を襲う事もあるの?」
とサーシャに聞くと、サーシャは当然のように頷いた。
「草食獣が魔獣になったなら、草、食べるはず」
「それもそうか」
この世界での魔獣や魔物の設定。繰り返しになるが、空気中に漂う魔力の影響で突然変異した獣が魔獣で、魔力の影響で突然変異した物が魔物と呼称される。狼が突然変異したらワーウルフという魔獣になるし、木が突然変異したらトレントになる。
羊やヤギなどのような草食の獣が魔獣になれば、そりゃ勿論、草を食うのだろう。
「ふんふふんふふーん」
馬を引くシンシアの鼻歌が聞こえて来た。馬が好きなのかもしれないし、新車の運転にテンションが上がっているのかもしれない。
さてさて、新車と言えば、だ。
俺は小窓を開けて、外を見た。
街の景色がそれなりの速度で流れていく。
以前、草原で馬車に乗った時、あまり荷台から外を見れなかった。実は心残りだったのだ。やはり、車から見る外の景色というのは心が躍る。車から外を眺めて屋根の上とかレールの上を高速で走る忍者を幻視した事が無い男の子は居ないと信じてる。
これが出来るデザインの箱を探したんだよねぇ。
「ここっすね」
到着は割と早かった。外からシンシアに呼びかけられ、外に出る。
案内してくれた冒険者に礼を伝え、正面を見る。大きな四角い木の家。広さだけならギルドにも迫りそうだが、流石にボロい。木製の壁の所々に穴が開いていた。
入口はどこだろう、と辺りを見回すと、
「依頼者だな。こっちだ。早く来い」
とのいかつい声が聞こえ、そちらを見ると、不機嫌そうな表情の剣士が居た。急いでいるようなので駆け寄ると、剣士は挨拶も無しに移動を始める。レンガの家の中に入り、そこから木の家へ移動する。その木の家こそが農園になっているようなのだが、木のは、内部がいくつかに仕切られていた。木の建物が全てひとつの農園なのではなく、複数のエリアに分かれているようだ。
その複数のエリアの内のひとつが、どうやら騒がしい。
木の建物は、学校の教室のような構造をイメージしてくれて良いと思う。廊下と、教室という名の農園エリアが複数。
そのひとつの入り口前で、4人の人間が待機していた。
その4人に剣士が加わり、関係者は5人となる。
そのうち4人が冒険者で、もう1人が農家なのだろう。1人だけ、体格こそ良いものの服装がぽてっとしていた。
その農家が俺を見るや否や、
「おお、アルメル様! お世話になっております!」
と、駆け寄ってくる。
4人の冒険者がざわつく。聞こえて来たのは、「え? うそ、偉い人なの?」「まじ? さっき普通に話しちまったぞ」「ま、まぁ、なんとかなるでしょ」みたいな内容だ。
「今回は調査の協力、ありがとうございます」
農家の人が差し出してきた握手に答え、さっそく本題に入る。
「それで、今回はどのような?」
聞くと、農家は困り果てたように目じりを下げる。
「そうですね。では、さっそくこちらへ。おいお前たち、くれぐれも、アルメル様に怪我をさせないようにな」
と、農家は冒険者に言う。冒険者は機嫌が悪そうに答える。
「あたりめぇだっつうの。それ込みで依頼受けてんだ」
との事。諸々はちゃんと伝わっているらしい。
農家はその入口の前に立ち、扉に手を掛ける。すると、冒険者達が臨戦態勢に入った。シンシアも同様に臨戦態勢に入り、サーシャは俺の視界を塞がない程度に、俺の前に立つ。
そして、扉が開かれ――
「aecangoaehroaieae」
音にならない音で鳴きながら暴れる何かがその部屋の中に居た。
頭頂部には緑色の何かが生え、白い身体からは無数の毛が生えている。その細い毛が触手のように戦慄き、壁を叩いて地面を叩いて回りの野菜を叩いている。
白い身体に見覚えがある。
あれは。
あれはどう見ても。
――大根であった。
大根。
そう、あれは、大根だ。どう見ても大根だ。大根が暴れている。
「…………え」
大根が触手を操って暴れている。大根である。大根が、である。
こちらの存在に大根が気付いたらしい。無数の触手がこちらへ伸びてきて、その全てを冒険者達が排除した。
「行くぞ!」
「「おう」」
3人の冒険者が一斉に飛びかかり、1人が護衛兼逃亡阻止のためだろう、入口に留まった。
「えっと…………あれは?」
農家に問うと、農家は困ったように答えるのだった。
「――ウチで育てている野菜が魔物になってしまったんですよ。あれは、大根ですね」
と。
「そういう事もあるのか!!」
正直予想外過ぎてテンションが上がった。不謹慎? 解ってる。でもごめん、超面白い!
なんで思いつかなかったんだろう。獣が魔獣になり、物が魔物になる。木や花が魔物になるなら、野菜だって例外無く魔物になるべきなのだ。
それにしても、
「少し苦戦してるっすね。手ぇ貸しますか」
と、シンシアが提言した。その通り、冒険者達は、優勢ではあるが、しっかりと戦っているため、畑が荒れてしまっていた。あれでは、下の野菜はもうダメだろう。なるほど、野菜が魔物化する事があって、その度に駆除の対処が必要なのだけど、駆除するためには付近の野菜が犠牲になる、と。
「うん、2人とも、手伝ってあげ」
「サーシャ」
「承知」
言い切る前に、サーシャがナイフを投げていた。
そのナイフが大根を上下真っ二つに切り分けそのまま外壁に突き刺さる。
大根はしばし動きを止めて、その隙に、冒険者達が細かく刻む。
「あれは大根として食べられるんですか?」
興味本位で農家に聞くと、
「魔力の影響を受けて変な味になってるみたいですよ。お腹を壊すという話は聞いた事ありませんが、少なくとも売り物にはなりませんね」
との事。うむ、お腹を壊すという話を聞いた事が無いのならもしかしたら普通に死ぬ可能性まであるわけだ。普通、変な物を食べた後に少しでも体調を崩したら「あれのせいかな?」と悩むもの。そういう早とちりすら無いともなれば体調を崩す前に死んでいるだけというのは考えられる。
「これは、どれくらいの頻度で発生するんですか?」
「2~3年に1回は。こうやって農園をエリア分けして、被害を分散してるんですよ」
「おお、それは賢い選択ですね」
道理で、この形なわけだ。
そして、これこそが、既存の農業の問題点。
食料自給率を上げ、生活に余裕を生み出すことで料理への実験を可能とする、その計画のための第一歩目が、これの解決。
「…………うむ」
考える。
考える、が……。
どうすりゃいいの、これ……。
ToDoリスト
・既存の農業の問題点の発見及び改善。
・場合によっては問題解決のための装置開発。
・生産量を増やすための土地と人員確保。
・場合によっては効率化のための道具開発。
・場合によっては調理器具の改善。
・新料理開発。
・新料理のレシピ拡散。




