第8話・ギルドは活気に満ちているようで
今の農業の問題点を洗い出すための調査を開始した。
フード付きの外套で全身を隠すシンシア、茶髪のおかっぱヘアのカツラとサングラスで目と髪を隠すメイド服のサーシャを引き連れて、俺達は、城郭都市パラノメールの街を歩く。
パラノメールは正門の正面は草原だが、少し外れたところにいくつかの農地がある。何故少し外れるかというと、川の都合だ。
城郭都市から出て来た水は排水が混じっているため、畑仕事には適さない。綺麗な水を確保しつつ、パラノメールから目をつけられない水を使える場所が必要なのだ。だから、歩いていくのは考えたくない程度には遠い。
また、草原を囲うイディムの森の中にも、いくつか小さな村があるらしい。調査のためには、そういった場所も回る必要がある。
シンシアが説明する。
「牛や鳥なんかの家畜は城郭の中。城郭の外の平原地帯にいくつかの麦畑があって、イディムの森の特産品は森の中の村から仕入れる感じっすね。村の中には自前の栽培施設を持っているところもあるっす。城郭都市の中にも、少ないけどそういう施設はあるみたいっすね」
その説明に、小さな疑問が生まれる。
「どうして家畜を外で飼わないの? 広い場所で育てたほうが良くない?」
「イディムの森を北に抜けた先にある高原なんかだと、羊飼いがそんな感じらしいっすけど、家畜は魔獣の餌にもなりますからね。下手に外で飼うと魔獣をおびき寄せちゃうんすよ」
「それもそうか」
納得である。
そういえば、この世界には『空気中にある魔力の影響を受けて突然変異した獣を魔獣と呼ぶ』という設定がある。それを専門家は魔獣化、魔物化などと呼んでいるらしいが、
「家畜は魔獣化しないの?」
「するんじゃないっすか? 家畜にされがちな牛も鶏も、ミノタウロスやケンタウロス、コカトリスなんかに魔獣化するはずなんで、家畜だろうと例外は無いはずっす」
「どうしてるんだろうね」
「いやあ、産まれてすぐなら農家でも対処できるんじゃないっすかね。流石に」
ドラゴンとかでもない限りは、そうあって欲しいものだ。
さて、そうこう話しているうちに目的地に到着した。レンガで出来た建物が並ぶ中で、同じレンガなのに一際存在感を放つ、大きく頑強そうな建物。その入口の看板にはこう書いてある。
『冒険者ギルド・パラノメール南支部』
皆大好き、冒険者とお仕事の話をする場所である。
中に入ると、左横には飯屋があり、右側に受付と大きな看板があった。大きな看板には、絵馬のような板が何枚か張り出されている。
受付では3人の嬢が、列を成す冒険者や依頼主の対応をしている。
看板前では1人の嬢が冒険者達と話をしていた。
あの看板に張り出されている絵馬は依頼書。しかし、この世界は識字率が低いため、字が読めない人のために看板の内容を説明したり、適切な依頼を紹介する嬢が要る。
受付のほうでは、依頼主からの依頼を受け付けたり、冒険者が依頼を引き受ける認可を出したり、成功報酬の支払いをしたりなどを行う。
俺達は受付のほうに出来ている列の最後尾に立った。
「久しぶりに来るけど、すごい活気だよね」
回りを見回しながら言うと、サーシャが答えた。
「冒険者、生活の中心。皆使う」
看板のほうを見る。魔獣討伐、護衛、ペット探し、畑手伝い、荷物の運搬、見張り、なんでもござれの何でも屋状態。中にはベビーシッターみたいな任務まで張り出されていた。
依頼の大まかな内容の下に、大きめにA~Fのようなアルファベットが記載されている(正確には前世のアルファベットとは異なるが、似たような物)。あれは要求する冒険者パーティーの最低限のランクだ。
Cランク相当の人たちに守られたくて金を払ったのにFランクパーティーが来て全滅しました、では話にならない。無論パーティーのランクが上がるほど支払いは高くなるし、依頼者とギルド受付間で適切なランク付けについて説明されるため、だいたいがランク通りの難易度になっている。
「……ちょっと待って、ベビーシッターの依頼、条件がBランク以上の冒険者になってない?」
ふと面白いものを見つけたのでシンシアに言ってみる。シンシアは
「いえいえ、ベビーシッターにBランク以上の冒険者なんて勿体なさすぎますって。そんなわけ――ほんとだ、Bランクだ!?」
同じ立て札を見つけたらしく、シンシアが驚きと面白さにテンションを上げる。
「Bランク冒険者によるベビーシッターが必要とか、どういう赤ちゃんなのかな」
雑談がてらそんな話題を振り、やれ癇癪が酷いだの、断固怪我を許さない過保護な親だのの話で盛り上がる。というのも、今並んでいるこの列、結構長いのだ。以前来た時の感覚と今の列の長さからすると、1~2時間は掛かるだろう。雑談は必須だ。
ふと、こちらが看板を見て盛り上がっていたからか、看板前で冒険者に依頼紹介していた嬢がこちらに気付き、驚いてから受付のほうに手を振り、合図を送る。列に並んでるあのガキ見ろよ、みたいなサインだ。いや、そんな口悪くないと思うけど。
すると、合図を送られた受付嬢が、奥に続く部屋に向かって大きな声で何かを指示した。ギルド内が活気に溢れているため、内容は聞き取れない。だが、すぐに奥の部屋から妙齢の女性が出てきて、慌ただしくこちらへ向かってきた。
「アルメル・オース・ファラン様でございますね。お久しぶりでございます」
どうやら接待しに来たらしい、手でゴマをするような動きをしながら女性は言う。
「本日はどのようなご用件で?」
こういう露骨な接待はあまり好みではない。何故なら前世の俺は接待をする側の営業職だったからだ。
「依頼を出しに来ただけだよ。普通に待ってるから、気にしないで」
やんわりと断るが、女性は食い下がる。
「そんなわけにはいきません。お世話になっているファラン家のご子息ともあれば、贔屓にさせて頂きます」
「いいと言っているよ。他の人の心象も良くないでしょう? 街での俺の評判を落としたいの?」
列に並ぶ殆どの人がこちらを見ている。当然だ。それに先ほどこの女性は俺のフルネームを大声で言ってしまった。俺がこの街を治めるファラン家の三男坊である事も、知っている人には伝わっただろう。
これで順番を無視して接待を受けようものなら評判はダダ下がりだ。
「うぐ……」
戸惑う女性。どこか怯えているようにも見える。
いや、考えてみたらこの女性のほうが正しいのか。身分格差の大きいこの社会において、貴族を平民と同じように扱ったともあれば、相手を間違えれば処罰を受けかねない。ファラン家はそんな貴族じゃないって、この街に住んでれば解るだろうに……。
ファラン家が信用を失うか、ギルドが信用を失うかの二者択一になってしまったという所か。
板挟みにしてしまうのも可哀想だ。それなりの金も持ってきているし、ここは金に物を言わせるとしよう。
俺は、俺より先に列を成していた人々に声を呼びかける。
「すまないが火急の要件のため、皆の順番、このアルメル・オース・ファランが買い取らせていただく。ひと組あたり大銅貨一枚でお願いしたい。受付嬢さん、後で清算するので、支払いをお願いしても良いかな?」
「え、あ、はい、勿論でございます」
「では、先に皆への支払いを。順番を買ってからじゃないと、先に行くわけにはいかないからね」
その指示に、女性はいそいそとカウンターに戻って行く。麻袋を回収し、列に並ぶ人々に支払いを済ませていく。
些細な金だが安めのパンなら10個買える程度のお小遣いだ。列の順番を譲ってもらうには十分だろう。皆快く受け取ってくれたし、中には「ごっさんです!」的な事を言ってくるパーティーも居た。
支払いを終えて、別の部屋に案内される俺とシンシアとサーシャ。
「……少しケチだったかな」
相場が解らない中で、思いつきの行動をしてしまったため、恐る恐るシンシアに確認する。受付嬢は必ず接待するし、サーシャはまだ13歳。大人のシンシアが最も公平な意見を言えると思った。
シンシアは答える。
「列ひと組分で大銅貨1枚なんて破格の儲け話っすよ! それに、貴族が平民に金を渡すというのも印象が良い。自分の手か俺かサーシャに支払いをやらせてたらもっと印象良かったっすね」
「ああ、確かに。次からはそうしよう。ごめんね、余計な手間をかけさせちゃって。いくらだった?」
「30組でしたので、大銅貨30枚。小銀貨3枚でございます」
「わかった。サーシャ、お願い」
「ん」
サーシャが懐から麻袋を取り出し、支払いを済ませた。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか」
「いくつか頼みたい」
案内された椅子に腰かけながら、俺は簡単に依頼内容を説明した。要約すると下記だ。
【調査依頼】
・研究に協力してくれる農家の選定。イディムの森内の村も含めてより多くの農家を当たってもらい、少しでも多くの農家と交渉をし、その結果を一覧として作成・報告する任務。
【護衛依頼】
・農家で発生したトラブル対応に立ち会えるようにして欲しい。トラブル立ち合いにおける護衛及び説明をする任務。
【おつかい任務】
・上記トラブル対応が緊急を要する物でファラン家の屋敷に立ち寄る暇が無い場合、トラブル対応をするパーティーとは別に、どこで誰がどうするかをファラン家屋敷に居るアルメルへ速報で伝える任務。
受付嬢は最後まで聞いた後、ひとつずつ確認する。
「承知いたしました。それでは、まず【調査依頼】のほうですが、どれほどのクオリティーをお求めでしょうか。いくつかの農家と交渉が出来れば良いのか、イディムの森付近にもある村々にも精通している者に、より多くの交渉をして欲しいのか。どうでしょう」
俺は答える。
「後者で。可能な限り交渉力が高いパーティーが良いです」
「承知いたしました。では、イディムの森でしたら網羅済みであろう、Bランク以上のパーティーが適切と判断いたします。Bランクのパーティーがイディムの森内にある村々の全てを一通り回るとなると……大銀貨9枚になります」
そろばんを弾いてそう言う受付嬢。
「思ったよりも安いね?」
と俺が言うと、受付嬢はひとつ咳払いをした。
「Bランクの冒険者ですと、1日の最低依頼料は小銀貨1枚+食料保証費になります。イディムの森を散策するのでパーティー構成が必要なため、5人分。イディムの森全域を含む調査ですので10日で作成。魔獣・魔物との戦闘は前提では無いため全額は入りませんが、イディムの森での中期探索なので戦闘は不可避とし、半額入れさせて頂きました。それと仲介料と合わせて、大銀貨9枚でございます」
計算は苦手だが3分の1くらいは仲介料になりそうだ。大手の仲介職としては無難な価格だろう。
受付嬢は続ける。
「次に護衛依頼についてですが、こちらは農家からの対応依頼が入りましたら、ギルドのほうで追加をさせて頂く形になります。領主様のご子息といえど、依頼主の許可なく立ち入る事は、ギルドとして推奨できませんので、合同の依頼になっても構わないかと、依頼内容を調整する形になりますが、よろしいでしょうか?」
少し考える。農家からの依頼が入ったら、農家の許可を得て合同依頼にするというもの。構わない。構わないのだが、少しでも多くのデータが欲しい俺としては、
「依頼主の農家に、俺が立ち合う事を前提にしたら依頼料はこちらが持つと伝えて交渉して欲しい」
そう提案した。
今度は受付嬢が少し考える。
「それでしたら、アルメル様の依頼を追加の依頼とする必要は無いかと存じます。農家から内容に則する依頼が来た場合、アルメル様の立ち合いが叶った場合に限り、依頼料はアルメル様の支払いとする旨、依頼主にお伝えしますね。こちらには仲介料は必要ありません」
おお、素敵な折衷案だ。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そして、受付嬢は続ける。
「最後のおつかい任務ですが、こちらは相場でよろしいでしょうか。小銀貨1枚を超える事はありませんが、なにぶん緊急依頼の類になりますので、その場に居合わせた冒険者の中で相応しいランクの者を選定する必要があります。この内容ならFランクでも実施可能かとは思いますが、極端な話、ギルド内に手すきの冒険者がAランク冒険者しか居なかった場合、このおつかいはAランク冒険者に行っていただく事になるのです。決め打ちするよりも、後決めのほうがお安くご案内できると思いますよ」
と。
「うん、じゃあ、それでお願いするよ」
そういうわけで、調査開始である。
ToDoリスト
・既存の農業の問題点の発見及び改善。
・場合によっては問題解決のための装置開発。
・生産量を増やすための土地と人員確保。
・場合によっては効率化のための道具開発。
・場合によっては調理器具の改善。
・新料理開発。
・新料理のレシピ拡散。




