第3話・謀略は各々が持つようで
その場に緊張が走る。
ルーサー公爵の問いと合わせて、2人の人間に囲まれた人間を確認する。それは、メイドの中にしれっと護衛として忍ばせていた、サーシャだった。カツラで髪を隠しつつ、公爵の前でサングラスは不敬と判断したためサングラスこそしていないが、前髪で目は隠している。
「ルーサー公爵閣下、これはいったいどういう事ですか」
お父様が動揺を抑えて問うが、逆に問い返される。
「なに、その者の事情を説明して欲しいだけさ。知っているだろう? 教会は突然変異の人間の差別を禁止しているんだ。よもや非道な扱いをしていないかと、確認させて欲しい」
「そんな事あるはずが!!」
声を荒げて言いかけたところで、お父様は止まった。ルーサー公爵の目が、あまりにも切実だったからだ。
糾弾しようとしているわけでもない。本当に事情が聞きたいのだと解った。
「……どうする、アルメル」
と、お父様が確認してくる。そうだ、あのメイドの中に紛れているけど、今、サーシャは俺が直接雇用している。決定権は俺にあるという事だ。
だから、俺はサーシャに言う。
「サーシャ。こっちへおいで。顔を見せてごらん」
そう言うと、サーシャの前に立っていた2人が道を開けた。
同時に、俺に模造刀を突きつけていた人も退き、スレイン兄も武器を仕舞った。
サーシャが俺の隣まで来ると、クリスティーナの前でカツラを外す。
そこから出て来たのは、13歳の少女の顔だ。諦観的なジト目に、薄い唇。青い髪。青と赤のオッドアイ。クールロリ、というにはクールが先立ち大人びてきた少女。
「……なんと」
ルーサー公爵が目を見開く。ただでさえ珍しい突然変異だが、オッドアイはさらに珍しい。それに面食らったのかもしれない。
「それで、サーシャさん、と言いましたわね。不躾な確認で申し訳ないのですが」
と、クリスティーナが慎重に言う。
「――下着を見せて頂いてもよろしくて?」
「この流れで本当に不躾な事ある??」
思わずツッコミが声に出る。
サーシャがスカートの裾を掴んだ。
「下着。見せる。任務?」
「そこで気合入れないで? 見せなくていいからね?」
「下着。問題無い。今、新品」
「新旧は問題になってないからね。見せている時点で問題だからね。――あの、クリスティーナ様、申し訳ありませんが、そのようなお戯れは」
「戯れではございません! 私は本当に、その方の下着が見たいのです!」
まずいこれどういう状況なの!?
意味が解らなすぎてお父様のほうを見るが、お父様も目を丸くして放心していた。
スレイン兄を見ると――あ、まずい、ルーサー公爵家を敵認定しそうな勢いで睨んでる。今にも剣鬼モードに入りそうな目をしている。
「アルメル、私が下着見せて、この場を収める! 状況打開、必須!」
「うん、気合入れなくていいからね! 全然ちょっと待って、まず事情を、ね? クリスティーナ様、下着を見たい理由とか聞いてもよろしいでしょうか?」
「下着を見たいという気持ちに、事情が必要ですの!? アルメル様、本当に??」
うーん、そう言われると弱い! 下着を見たいという気持ちに、事情は不要かもしれない!
「というか、クリスティーナ様、その、失礼ですが、盲目ですよね? 下着を見る事は出来るんですか?」
「アルメル様? 下着を見たいという気持ちは下心ですわ。つまり下着は心で見るものなのです。視力など飾りですわ」
「自分のところのメイドでやってもらえますかねぇえ!」
サーシャのスカートを押さえながら、2人の間に割って立つ。サーシャの貞操は俺が守るのだ。
その行動を見て、目を閉じているので見えないはずのクリスティーナは、数歩離れてから、ルーサー公爵を見た。
そして、謎に頷き合う。
なに、なんの頷き? 今度はルーサー公爵まで下着を見せろと言い出すのだろうか。そうなったら流石にスレイン兄にGOサインを出してしまうかもしれない。
スレインだけでは無い、こちらには
「あ、私達の馬車の後ろに隠密行動中の方が、馬車に細工をしようとしていますの。アルメル様、止めて頂けませんか?」
唐突に手を握られ、放たれた言葉に動揺する。まさかバレていたとは思わなかった。
「……シンシア、おいで」
ルーサー公爵家の馬車のほうに呼びかける。
すると、馬車の中から彼は現れた。
俺の私兵、シンシアという元傭兵だ。
そのシンシアは、馬車の中に居たらしい、1人の女性の首元にナイフを突きつけながら出て来た。人質を確保したらしい。女性、と言っても、メイドの類では無い。多分、魔法使いだ。
「ちょいちょいちょいちょい、こっち雇われ! 命かける気無いって! 人質とか無理無理、ほんと助けて! ねぇオッズ、まじ助けて!」
魔法使いの女性は出てくるや否や言葉をまくしたてる。オッズというのは奇襲をしかけてきた3人のうちの誰かだろう。と思っていたら、スレイン兄と構えあっていた男がオッズという名前だったらしい。
当のオッズは満足げに笑いながら言った。
「すまん、無理だ! さっきの奇襲、持ってるのが真剣だったら俺の首は落ちてる。俺が持つのが模造刀だと解ってくれたから手加減して貰えた結果の今だ。俺は死んだものと思え!」
そういえばスレイン兄、奇襲者に対してしっかり寸止めしてたな。
では、サーシャの元に駆け付けた2人はというと、
「ここから王国の盾を2枚越えて、姫さん以外の誰にも気付かれずにあんたを捕まえた男からあんたの救出? あんたの支援魔法無しで? 無理無理。あんたが捕まるのも、オッズが負けんのも想定外だよ。実践だったら皆お陀仏。負け負け」
のように、とっくに諦めモードだった。諦めている割には気楽なのが気になる所ではあるが。
シンシアに捕まっている女性は、どこかわざとらしく、ヒステリックに言う。
「ちょっとちょっと、私の光魔法での認識妨害と、木魔法の身体能力向上を最大に掛けてたのよ!? オッズ! 負けるとか意味解んない!!」
「そう言われてもなぁ……」
オッズと言われた男は、わざとらしく、武器を手放した。
「な!」
その行動に動揺したのは、捕まっている魔法使いだ。
オッズと呼ばれた男がスレイン兄に向けて、両手を上げながら言う。
「敗北の責任の所在をぶつけあってヒステリックになってるふりをして、油断を誘う作戦なんだよ。油断のひとつふたつで勝てる相手じゃねぇから、降参がてら教えとく」
と。
「その割には割り切り過ぎているようだが? お前達は冒険者だろう。おそらく、上級の」
スレイン兄が警戒を高めて確認すると、オッズは言った。
「はっはっは! そら、すみませんが、Aランクパーティーのひと組程度じゃ王国の盾・ファラン家には勝てませんが、そんなん当然ですから! ……姫さん、流石に俺ら、いち抜けして良いっすか」
「勿論です。ここまでお手伝いくださってありがとうございます」
「ったく、よく言うよ……。お前ら、城門まで下がるぞ。なぁあんた、俺らが城門まで下がったら、そいつ解放してくんねぇか。しがない冒険者パーティーの大切な仲間なんだ」
話の矛先がシンシアへ向かうが、シンシアは頷くだけで、一言も発しなかった。
「それで、ルーサー公爵閣下。これはいったいどういう状況ですか」
お父様が切り込む。いやほんと、最大の謎。なんなのこの状況。
すると、ルーサー公爵は言った。
「クリスティーナ。顔を見せてごらん」
と。
そして、俺の目の前に居るクリスティーナは、自分の、その美しい金髪に手を掛けて――外した。
クリスティーナの金髪は、カツラだったのだ。サーシャと同様に。
「…………は」
そこから現れた光景に、目を奪われた。まるで、世界中の光がそこに集約しているかのように、俺は、彼女の顔以外を見れなくなっていた。
髪と瞳の色は、多分、ピンクだ。白を混ぜた赤。ピンク。そのはずだ。だが、艶やかな光沢と、光の反射具合で玉虫模様に色を変え、直射日光を受ける場所は白銀に見え、陰る場所は赤紫に色を変える。神様が間違えて、目と髪の原料に宝石を用いてしまったかのような色合い。うっすらだが柔らかそうな唇も淡いピンク色で、白い肌の上に乗ったそれらは、まるで芸術だった。
まさに、
「神秘だ」
これが魔力の影響を受けた突然変異だと言うなら、これこそが神が作りたかった完成品なのではないかと思いたくなる、あまりにも現実離れした美しさに、俺は魅入られていた。
それは多分、その魔法のせいだ。
彼女は言う。
「私も、突然変異ですの」
と。
そう言いながらこちらを見るピンクの瞳は、その虹彩は――魔法陣のような模様をしていた。
「私の目は、閉じている状態で全方位が黒白で視認できます。片目を開けると前方が遮蔽物をひとつ無視した状態で確認できます。両目を開けると全方位が、遮断物をひとつ無視した状態で確認できますの」
そうしてクリスティーナは、右目を閉じ、左目を自分の左手を覆い隠し、続けた。
「魔眼。そう呼ばれる物の類ですわ」
と。




