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異世界貴族に転生したけど思ったより不満だったので  作者: 南乗七史
第3章・食糧事情が問題だったので
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第2話・嵐は唐突に来るようで

 10歳を迎えた俺に婚約の申し出あったとのこと。10歳で早すぎない? という前世の価値観とは決別済み。この世界においては14歳でもう成人扱いなので、許嫁という意味において10歳くらいから婚活をするというのも普通に考えて待って普通に早い。


 日曜学校で習った範疇だ。この世界の婚姻年齢は、女子12歳、男子14歳である。女子の婚姻年齢が12なので10歳から婚活というのはやや早いくらいだが、如何せん俺の心の準備が出来ていない。なにせ前世は未婚だったのだ。彼女だって20代の頃に1人居ただけ。心の準備が出来ていない。


 さてさて落ち着け。お父様は今、スレイン兄の事があり、機嫌が悪い。返答をしなければならない。ひとまずは差し障りの無い返答でいきたいので情報を探る。


 婚約の申し出。


 お相手はルーサー公爵家との事。


 ルーサー公爵家。


 …………ルーサー、公爵家??


 お父様を見る。


 何故か遠い目をしてこちらを見ている。こう、何かを諦めたような表情だ。


 スレイン兄を見る。驚愕のあまり何歩から俺から離れていた。ですよね。


 え、なに聞き間違い?


 …………公爵家。


「はぁあああああああああ!!??」


「おお、良かった。アルメルにも驚くという感情は育まれていたのだな。頭が良すぎて驚ける事など無いのかと心配していたんだぞ」


 とお父様は苦笑する。いやいやいやいや、なにワロとんねん。


 この世界において、爵位の順位は、特殊な爵位を除けば下記の流れになる。


 公爵→侯爵→伯爵→子爵→男爵


 現代日本の統治制度とは大きく異なるので説明はしにくいが、無理やり比喩するとこんな感じだ。


 公爵→総理、副総理(又は主要大臣)。

 侯爵→各種大臣。

 伯爵→国会議員。

 子爵→都道府県知事。

 男爵→市町村長。


 で、ルーサー公爵家は公爵家の中では穏健派・人望派・堅実な歴史ある名家の平和主義者だ。


 あらゆる物が、おかしい!


「さ、さささ、流石に冗談ですよね」


 確認するとお父様は背もたれに身を預け、目頭を押さえながら答えた。


「俺も、手紙で申し出が来た際は虚偽を疑い、何度かやり取りを重ねていた。……先日評議会の際にお目に掛かったところ、本人から言われたんだ。『アルメル君と我が娘の婚姻。なんとか考えてもらえないか』と」


「は、え、ええ、は、はいいぃい?? 公爵様ご本人から、俺を指名、ですか……? 何かの間違いでは? 社交界にも出ていませんよ、俺。出る予定も今のところはありませんし」


「そう思うだろう。だから俺もスレインの間違いではないかと聞いたんだ。しかし、何卒アルメルをと、頭を下げられた。……その、すまない、アルメル。相談と言ったが、もう解るな?」


 やつれたお父様の表情を見れば、嫌でも解る。


 先述した比喩で言うなら、都道府県知事である我がファラン家が、国を治める福大臣から頼み事をされている。それはすなわち、


「拒否権は無さそうですね」


 そう言って俺は苦笑した。


 だが、お父様は首を横に振る。


「結婚までは拒否が可能だ。そもそも穏健派のルーサー公爵家は、武闘派であるファラン家とは元々の思想が違い、繋がりも深くない」


 その変わりに、と、お父様は続けた。


「ジグムント公爵家の庇護下にもある。ジグムント公爵は俺を懇意にして頂けているし、スレインにも期待してくれている。仮に婚姻を断って、ルーサー公爵家からなんらかのアクションがあろうとも、大きな問題にはならないはずだ」


 との事。


 そう、そこも引っ掛かっていた。


 ここ、城郭都市パラノメールは、他国との国境であり、魔獣が多発する森や岩山に囲まれた、資源が豊富なのに危険も多い土地だ。そこを治めるファラン家は当然、武闘派に分類される。穏健派のルーサー公爵家が、政略結婚の申し出など、陰謀レベルの裏があるような気がしてならない。


「ひとまずは会ってみて、ですね。断っても合意しても大事になりそうな……」


 子爵家と公爵家で政略結婚。……前代未聞レベルの格差だ。


「そういうわけなので、アルメルよ」


 笑っているのに申し訳無さが拭えない微妙な面持ちで、お父様は言った。


「――その子が、ルーサー公爵と一緒に、数日程度で挨拶に来るらしいから、その時は頼む」


 と。


 俺は天井を仰ぎ見て、「管理職側も報連相守れや!」という本音を全身全霊で押さえつけて答えた。


「……承知しました」




 ―――――(◇◆◇◆◇)―――――




 その日が来た。


「ようこそおいでくださいました、ルーサー公爵閣下」


 と、お父様が玄関前でその馬車を出迎える。俺とスレイン兄も、同様の姿勢を取る。


 馬車から降りてきたのは、お父様より少し年下くらいだろうか。だが、身体の細さは半分くらい。武家たるファラン家の当主たるお父様の体格が良いのは勿論、ここ数年でスレイン兄もどんどん筋肉質になっている。


 対し、ルーサー公爵は、争いごとなど一度もした事が無いのだろう、華奢な身体と、丁寧さを重視した振る舞いと、指先の所作に至るまで上品に、馬車から降りた。え、人間って、そんなに上品に馬車から降りられるの? 


 油で固められた茶色いオールバックと、茶色い目。華奢な体躯と、完成された一挙手一投足。


「久しぶりだね、ファラン子爵」


 華奢な身体からは想像もつかない、深く、温かみのある声に対し、それだけで平服しかける。


 ルーサー公爵は、ゆったりとした口調で、ゆっくりと言う。


「あまり畏まらないで欲しい。この婚姻の申し出は、こちらの我侭なんだ。あまり腰を低くされると、こちらも腰を落とさなければならないよ。どうする?」


 お父様は答えた。


「お戯れを。スレイン、アルメル、立て。ご挨拶なさい」


 お父様が立ち上がる。それに続いてスレイン兄と俺が立ち上がり、


「お久しぶりです。ダグラス・オース・ファランが長子、スレイン・オース・ファランにございます。以後、お見知りおきを」


「うん、久しいね、スレインくん。若い頃のファラン子爵を思い出すよ。よく似てきたが……ああ、ダグラ、じゃないね、ファラン子爵の子供にしては見目麗しすぎると思ったら、そうか、目元がヘンリー嬢だね。母君にもよく似ている」


「はい、恐縮です」


「それで」


 と、ルーサー公爵の目がこちらに向く。しかし、俺は答えず、しばし黙った。


「……アルメル?」


 隣のスレイン兄が耳打ちするが、それに対してはハンドサインで、止める。大丈夫だと。


「君は、名前を教えてくれないのかい? 緊張しているのかな」


 ルーサー公爵がそう言ったため、俺は覚悟を決めて、記憶した台本を読み上げた。


「これから申し上げますは、未だ社交界に出ていない若輩者の、人生初の名乗りでございます。可能でしたら、将来の妻にも見守って頂きたいのですが、可能でございましょうか」


 と。


 突拍子も無い提案だ。隣で、お父様をスレイン兄が息を殺して驚いているのが解る。


 しかし、ルーサー公爵は間髪入れずに答えた。


「君は私をそう分析したのだね。嬉しいよ。では、クリスティーナ、降りておいで」


 淡々と進むその流れに、一気に緊張感が走る。


 人生初の結婚相手。


 年齢10歳の許嫁であり累計精神年齢約40歳にして初の結婚相手候補の姿が、今、ここに明かされ――


 まず馬車から出て来たのは、杖だった。魔法用では無い、日常使い用の細い杖。


 そして、華奢な白い腕。


 白いドレス。


 美しい肢体。


 濃い茶金の長髪。閉ざされた目。


 ――明かされたその姿は、盲目な少女だった。


 瞳は見えない。閉ざされているから。髪も、丁寧に「よくある」を体現しただけのそれだ。


 それなのに。それなのに……。


「えっと、この場合は……すみません、想定外でしたので……えっと……」


 と、戸惑う姿はあまりにも可愛らしく、その姿が俺のほうに真っすぐ向けられただけで、心臓が跳ねた。


「初めまして、アルメル・オース・ファラン様。わたくし、ディバイン・レイ・ルーサーの長女、クリスティーナ・レイ・ルーサーと申します。アルメル様のお父様、並びにお兄様、この度はこのような機会を設けて頂き、まことにありがとうございます。及び関係者の皆様も、この度はお世話になります」


 え、やばい、可愛い。声が可愛い。儚さと清楚と可愛さを兼ね備えてる、強いのに弱弱しい声。なんだこれ、こう、喋る度に胸がぞわぞわと撫でられるような、不思議な可愛さだった。


 俺は答える。


「初めまして、クリスティーナ・レイ・ルーサー様。この身は、王国の盾、ファラン家の末席なれば、御身の前に立つことすら恐縮でありますが、名乗らせて頂きます。アルメル・オース・ファランと申します。以後、お見知り置きを」


 言い終えて、しまった、ルーサー公爵とその他の召使への挨拶まで出来なかった。挨拶の高尚さレベルでは、関係者各位への配慮を怠らなかった彼女の勝利だろう。


 だがこれも計算。相手は格上だ。本気で競り合っては接待にならない。適度に勝負をして、程ほどに負けてこそ接待。営業職が培った接待ゴルフの負けテクニックを舐めるな!! これで先方が勝利の美酒によって調子に乗ってくれたら最高なのだが、


「花を持たせてくださって感激ですわ、アルメル様!」


 全然見破られた。


 目を閉ざしているはずの彼女が、カツカツと杖で地面を叩きながらこちらへ接近したかと思うと、俺が反応するよりも早く、こちらの手を握った。


「いえいえ、花を持たせるなどそんな。クリスティーナ様こそが花ですから、持たせる必要も無いでしょう」


「うふふ」


 やり取りの中で、彼女は笑いながら俯いた。


 俯いて、そのまま、クリスティーナは




「父上。右から2番目ですわ」




 そう言った。


 同時に、馬車の中から3人の人間が飛び出してきた。


 俺は反応出来なかった。全てのアクションが把握できなかったので結論だけ描く。


 突然飛び出してきた人間Aが俺の目前で、模造刀を構え、いつの間に移動していたスレイン兄が、人間Aの首元にナイフを突きつけ、行動を止めていた。


 飛び出してきた人間BとCが、俺達の後ろへ突撃したのだろう。お父様が剣を抜いて迎え撃とうとしつつも乗り越えられ、とあるメイドの前に立っていた。


「その方ですわ」


 と、クリスティーナ嬢が言うと、ルーサー公爵が歩みを進めながら言った。意図的に優しさを排除した口調で、ルーサー公爵は命ずるのだ。


「説明したまえ、皆の者。そこに居る突然変異の事情を、嘘偽り無く」


 と。

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