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異世界貴族に転生したけど思ったより不満だったので  作者: 南乗七史
間章1・家族喧嘩は盛大なようで
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余話7・姉弟喧嘩は茶飯事なようで②

「ビンタなんてしないわよ! アルメル様、変な気を遣う必要はございませんわ。それに、個人的なお話ですので、ご迷惑をおかけするわけにもいきません」


 と、取り繕うように言うウェイン。取り繕うという時点で思う所はあるのだろうが、まぁなんにしてもだ。現代日本と違って転職が容易な世界でも無い。人間関係のもつれなんていうくだらない理由での離職は難しく、改善が困難なら関わらないようにするしかない。なんとかしないと生き辛いし、息苦しかろう。ここへ派遣する騎士のシフトには気を配る必要がありそうだ。


 ひとまず課題はおいといて、さて、本日の業務再開と行こうかと思った所で、監視塔の扉が向こうから開く。出て来たのは女性とは思えない高身長と筋肉質の身体を持つ女性、ケイシーだ。手には黒いガラス板が摘ままれている。


 ケイシーさんは真横に居る俺達には気付かず、パラノメールの城壁のほうへ沈もうとしている太陽のほうにガラスを翳した。そしてそのガラス越しに世界を見通し、パラノメールを見通し、最後に俺達を見た。


 そこでようやく俺達の存在に気付いたケイシーさんは、俺を見て、ウェインを見て、ジャンを見て、


「お、ジャンじゃん。何してんだ?」


 と、気さくに言う。


「何してんだ、じゃない。アルメル様の前だぞ。もう少しシャキっとしろ、ケイシー」


 ジャンもどうやら気心が知れた様子でそう返す。


 そう言われたケイシーさんは俺は見て、


「いつもこんな感じだよな?」


 と、確認してくる。


 俺は一瞬考える。別に構わない。特にケイシーさんは今後とも世話になるだろう。だが、以前ウェインに説教された時の事を思い出す。曰く「不敬を許す事は敬意を払う者への軽視」という旨の説教だ。実際に、今もウェインはケイシーさんに対して不服そうな表情を向けている。


「まぁ、全然良いんだけど、周りに人が居る時は少し気を使って欲しいかな。ほら、贔屓してるって思われるだろう?」


「ああ? 職人に接待求められても困るんだが……」


 頭をかきながら、ケイシーはジャンとウェインを交互に見る。


 口を挟んだのはジャンだ。


「接待など誰も求めていない。少し丁寧に喋るとか、相手に気を遣うとか。紳士淑女の嗜みとしての振る舞いを、少し心掛けるだけでも良い」


 との事。うーん、そのあたりの社会通念、この時代で俗世に浸透してるかな。貴族特有なルールな気もするっちゃする。


 ケイシーさんは言葉を返す。


「自分を偽るのが紳士淑女ってやつなら、私はそんなものになれやしないね」


 おっとこれはすごい一撃だ。


 揚げ足取りと言えば揚げ足取りなのだが、だが、世が世なら正論にもなりうるが、


「それは極論だ、ケイシー」


 と、ジャンが言う。そうだ。人間誰しもが、ちょっとずつ変だ。だから潤滑な人間関係を送るにあたって、少しずつ隠すべき自分という個性が出てくる事も多い。自分を偽るのが嫌だからと、そういう軽い当たり前の対応すらも拒否するのは、極論と言える。


「きょく……? 難しい言葉使うんじゃねえよ。ついていけなくなるだろうが」


「極端な意見という事だ」


「どこが極端なんだよ」


「その場の人間関係を円滑にするためには、少しだけ自分の振る舞いをコントロールしなければならない時があるんだ。だから紳士淑女はそのように振舞う。それをあたかも嘘つきかのように罵る事は、許されない事だ」


「罵ってねぇよ」


「罵った」


「罵ってねぇ」


 何度かのラリーの後、ケイシーさんは深いため息を吐いた。


「事実をそのまま言っただけだろうがよ。些細な嘘でも嘘は嘘だ。私は性格上ガチで嘘が吐けないからそうはなれねぇ。そう言っただけだ」


「誰かを不快にさせるかもしれない発言は、嘘を吐いてでも取り繕うものなんだ。取り繕う気も無い振る舞いは、罵るのと同じだ」


「同じじゃねぇよ」


「同じだ」


「同じじゃねぇ」


 うーん、どっちの意見も悪くない。


 でも、なんでこんな話になったんだっけ?


「騎士団長!」


 上のほうから声が聞こえてきた。見上げると、見張りの騎士が手を振っている。


「どうした!」


 ジャンが口論を中断し、聞き返すと、騎士は冷静に言った。


「イディムの森から何かが接近! 規模、移動速度からして、スライム群の可能性が高いです!」


 と。


 …………。


 スライム。


 スライム、だと……?


 あの!!


 ファンタジーの定番! 可愛いと噂の!! スライム!!


「スライム群か……丁度いい。ケイシー、口論の続きはスライム群退治でどうだ」


 ジャンが言う。


「完全武装の男が防具無しの女と対等な勝負を持ち掛ける気か?」


 ケイシーさんが言う。


 ジャンは少し考えた末に、


「2倍あたりでどうだ」


「おいおい、それでも騎士団長の器か? ちっさ。器ちっさ」


「……お前の図々しさがデカすぎるんだ……。3倍だ」


「おっけー、それで。おいリュウ爺、ガラス、悪くねぇけどもうちょい薄く出来るか」


 言いながら、ケイシーさんは監視塔の中へ戻っていく。


 見張りの声を聞いていたらしいアルフレッド兄が、青空教室を中断し、リーシャとサーシャを連れてこちらへ来る。


「スライム群だって? 少し厄介だな」


 アルフレッド兄がそう言うので、俺は驚く。


「え、スライムって厄介なんですか?」


 序盤の雑魚キャラでは?


「うーん、小さいサイズのスライムならともかく、大きくなったスライム群は厄介だな。物理攻撃無効・勝っても戦闘後に()()が残る可能性があるスライムが、巨大化によって対処が限られる」


「……え、スライムの話ですよね」


「ああ、スライムの話だ」


 え、いや、まぁスライムのゼリー状の形質からして物理攻撃が効きにくいってのは理解出来る。だが、呪いが残るってなんだ?


「流石アルフレッド様。魔法学校へ進む準備は出来ていらっしゃる。でも、流石に参考書では新しい情報や現場の肌カンはご存じないみたいですね」


 と、ジャンがニカっと歯を見せて笑う。


「どういう事だ?」


 アルフレッド兄が問う。いつの間にかウェインが箸のようなサイズのワンドをどこからか取り出しており、それを恭しい様子でアルフレッドに渡している。リーシャとサーシャも、外套のフードとバンダナを深く被り直して武装する。


 ジャンはその2人を指導するように1歩前に出て問う。


「因みに、ディーゼル傭兵団ではスライム群への対処はどのように?」


 各々が答えた。


「焼却一択」「今なら、窯から火を貰う」


「正解だ。傭兵団なら、原則として火源になるものも持ち歩いていただろう。だが、これからメイド兼護衛としてアルフレッド様やアルメル様のお傍に控える2人は、火、無しでスライム群からお2人を守る術も身につけてもらう必要がある」


 どの言葉の背景で、ガサガサとイディムの森の闇の中で何かが蠢く。


 え、なに、あれ。


 後ろの扉が開き、ケイシーさんが参上する。長い柄の先には槌。口と鼻をバンダナで隠している。


「おう、お前らもしとけ」


 そう言われ、全員にバンダナが配られた。


「お前は流石に要らねぇだろ。下がってろ」


 と、ケイシーさんは何故かウェインにだけ冷たく言い放ち、監視塔の中へ下がらせる。非戦闘要員と判断したのだろう。あの、なら俺には何故バンダナを?


「俺はここに居ていいの?」


 聞くと、ケイシーは楽しそうに言う。


「なんだなんだ、近くで見たくねぇのか、戦闘。お前が?」


 解ってらっしゃる! 是非近くで見たい! と思ってたんですよ、少し前まで。


 森の奥から、少しずつ見えたその姿。進行は緩やかで、木々を揺らしながらにじりよるそれは、水だった。


 何十トンの水か解らない。いや、100トンくらいはあるんじゃないか。そう思うほどの水が、無数の触手のようなものを動かして、小動物や虫を捕まえている。捕まった虫は触手の中に取り込まれ、その中で熔けていく。


 触手以外の場所にも、複数の命の残骸が見えた。溶けて骨になっているシカ、毛皮を失い人体模型と化した熊。蠢く水の体内は、それだけで人々を恐怖に陥れてもおかしくない惨状だ。


 あの、これなんですが――思ってたのと違うんだが!?!?


 なにあれ。え、俺の知ってるスライムじゃない。めっちゃ怖いじゃん。安全な場所に避難したい。高台の上とか!


「さて、久しぶりのスライム退治だ」


 と、ジャンが堂々と言うと、


「あいつ素材落とさねぇから、私的には嫌な奴なんだがな」


「誰にとっても嫌だろう、あれは。気持ち悪いし」


「だな!」


 楽しそうなジャンとケイシー。


 ちょっと緊張し始めていた俺は、2人の緊張感にあやかろうと声を掛ける。


「2人って知り合いだったんだね。どういう関係なの?」


 2人は答えた。


「「姉弟(きょうだい)だ」です」


 と。


「さて、そろそろ奴の射程だが……おい双子、覚えとけ」


 そう言ったのはケイシーさんだった。


 待って、さっきの発言へのリアクションがまだ出来てない。どんどん話進めないで、ひとつずつ消化させて!


「スライムの形質は半固体。だから、剣や槍は通過するばかりで意味が無い。なので物理攻撃無効ってのは、半分正解、半分間違いだ」


 そう言っている最中に、前線に立つケイシーさんとジャンさん目掛けてスライム群の触手が素早く飛んでくる。本体の動きは緩慢だが、触手だけは早く動かせるらしい。


 その攻撃を、ケイシーさんは槌で粉砕した。


「接触面積の広い、打撃は有効なんだぜ、実は」


 対して、ジャンは剣を捨て、拳で、バックブローで、容易く触手を打ち砕く。


「なお、呪いは原則、スライムの身体を口や鼻に接触させず、体内に取り込まなければ発動しません」


 あまりにもカッコいい2人の背中。なるほど、これが(物理的に)大きな背中というやつか……。


 と、リアクションに困っているところ、ケイシーと2人だけで突入しながら言った。


「アルメル様、アルフレッド様。どちらがより多く、奴の体積を削ったか。審判をしてもらえませんか」


 と。

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