余話5・兄弟喧嘩は盛大なようで③
先手を打ったのはスレイン兄だった。今まで様子見とカウンター一辺倒だったスレイン兄が攻めに転じる。守りだけで2人を圧倒していたスレイン兄が、攻めに転じる。
走る速さはどう見てもリーシャのほうが早いという印象。普通に運動神経が良い15歳相当。ロングソードを持っての疾走なので、それを踏まえるとかなり早いのかもしれない。だが注目すべきは速さでは無い。アルフレッド兄の土塊の弾幕を、全て見切っている。背後から迫る分まで、何故か避けきる。
アルフレッド兄のワンドの動きで把握しているのか? そんな事が出来るほどの大きな動きとは思えない。
解らないうちに、スレイン兄はアルフレッド兄との距離を詰め切った。
そこで、アルフレッド兄は再び地面を破裂させた。さっきよりは威力は弱いが、お互い吹き飛ぶ、というより、後ろに運ばれていく。だが、アルフレッド兄だけそのまま後ろに流されていくのに対し、スレイン兄が身体を捻らせてから着地し、後退を止めた。爆風で飛ばされたわけでは無かったのだ。
「あれって、土魔法を四方八方に勢いよく飛ばして、触れた人たちを運んでた、って事?」
聞くと、ジャンは力強く頷いた。
「そうだと思います。すごい精密な技術ですよ。緊急回避用に自分で編み出したんじゃないかな。それを二度目にして看破してみせたスレイン様は、ああやって回避した」
食い入るように戦闘を見ながらの解説。ふと気付くと、周りの使用人達は多いに盛り上がっていた。
「お父様は威信を示せと言ったのに。……観戦はこうでなくちゃ」
野球観戦、サッカー観戦、付き合いで行く事もあったし、オリンピックなんかがやってれば見る事もあった。その時のような高揚が確かにあった。
着地に成功したスレイン兄が、勢いよく土に運ばれるアルフレッド兄を追いかけるのではなく、いつの間にか背後を取っていたリーシャに切り掛かる。
「はぁあ!?」
観戦している俺ですら驚いたリーシャの接近。それを、背後を取られながら、アルフレッド兄の土魔法に対応しながら、気付いて先手を打つ。ちょっと強すぎませんか、この人……。
奇襲失敗でカウンターの奇襲を食らう羽目になったリーシャだが辛うじて攻撃を受け止める。が、足が地面から浮いているタイミングだったのもあり、スレイン兄の力に押し込まれ、剣ごと後ろへ弾き飛ばされた。
その隙に、再度アルフレッド兄による土塊の攻撃がスレイン兄の背後を取る。
スレイン兄は何故か、それを避けた。
「…………」
膠着する。土に運ばれていたアルフレッド兄も弾き飛ばされたリーシャも既に着地している。しかし、次の手が出せない。スレイン兄はその場に立ち尽くす。
正直、俺が対戦相手だったらどう足掻いても降参している。この国の敵国とか魔獣って、これからこの人と戦わないといけないんでしょ? あまりにも理不尽過ぎる。
「音です」
と、ジャンが言った。
「スレイン様の意識は、あの状態に入ると、欲しい情報以外の全てを遮断できるんですよ。訓練中にああなれば誰が呼びかけても気付かない。戦闘中にああなれば、戦闘以外の情報は何も入ってこない」
「ソシャゲに出す時ナーフに苦労しそうな性能……」
「そしゃ……え、なんですか?」
「いや、こっちの話……」
あまりにもチートなのだが、正直、だからなんだと思ってしまった。
達人の居合みたいに、一瞬の事がスローモーションに見える、とかならともかく、戦い以外の音等の情報が遮断されるというのは、正直パッとしない。そのパッとしない能力で、スレイン兄はあの動きをしているという。
どう考えてもチートなのはスレイン兄の努力だ。
いや、もしかしたらあの人は不器用なのかもしれない。
不器用だから、ひとつの事に永遠に集中する。
不器用だから、年相応の寄り道も出来ず。
不器用だから、ブレーキが利かない。
剣術の才能と、不器用というデメリットが産み出した、ひとつの奇跡。それがスレイン兄なのでは無かろうか。などと、弟ながら思ってしまった。
だが、
「メイドから教わってますよ、お兄様」
にやり、と、アルフレッド兄が言う。
「――そういう状態のあなたには、バケツで水をぶっかけろってね」
いつのまにか、水魔法で庭の小川から回収していたらしい水の塊を、スレイン兄の上空で浮かせていた。それが、スレイン兄に降り注ぐ。
1秒に満ちたか満ちないかの間のみ、水がスレイン兄の頭を冷やす。すぐさま地面に溶け込む。
「え」
と、スレイン兄が呟く。目は普通の状態に戻っている。
え、いや、本当にさっきの状態が解除されてる!
そして思い出す。1年くらい前の事だ。
魔法灯の開発のためにスレイン兄の力を借りたくて話しかけても、素振りに集中して全然気づいて貰えなかった時があった。その時に、可愛い可愛いラブリーマイエンジェル・フレイヤが教えてくれた事がある。『スレイン様の集中を解きたければ(中略)次からは水バケツを持参する事を推奨いたします』と。
スレイン兄の覚醒モードについて知っていたアルフレッド兄は、対策をしていたというわけだ。
「行きます、お兄様! 俺の全力を!!」
そう叫び、ワンドでは無くステッキを振るうアルフレッド兄。
「…………」
状況を理解し構えるスレイン兄。
しかし。
何も起こらなかった。
魔法は発動せず、変わりに、スレイン兄の死角から、リーシャが飛びかかっている。空中。足音は無い。
だが、誰かの視線で気付いたらしい。スレイン兄はすぐさま振り向き、迎撃体勢を取る。
その瞬間に、アルフレッド兄が、ステッキとワンドの両方を、上から下へ振り下ろす。
同時に、スレイン兄の身体が沈み、体勢が崩れる。
スレイン兄の体勢は崩れ、何かに邪魔されるように、立て直せずに居る。
リーシャの飛びかかりは迫る。
決まった。
この勝負は――
「ファラン流、三の型」
――体勢が低く落とされたスレイン兄。ソングソードは落とさぬように肩に乗せていると思わしき状態だったスレイン兄。その全てが誘いだった。いや、対策か。
俺はその型の練習を目の当たりにしていた。
低い体勢からさらに低くなったかと思うと、肩の力で、木製のロングソードを素早く上へ弾く。その弾いた剣が、奇襲を仕掛けたリーシャに奇襲を仕掛ける。対処しないわけにもいかないリーシャは辛うじて、その剣を防ぐが、スレイン兄はいつの間にか身体を捻っていて、その力を遠心力に変え、回転切りをリーシャに入れた。
はずだった。
その剣が何故か、回転斬りの途中で止まっていなければ、スレイン兄はリーシャを倒せていた。
だが、そうはならなかった。――木剣にたんまりと染み込んだ水と土が、アルフレッド兄の魔法によって操られていなければ、スレイン兄は勝っていた。
「決めろ! リーシャ!!」
「了解」
決着する。
アルフレッド兄の土魔法と水魔法で無理やり隙を作らされたスレイン兄の喉元に、リーシャの木製の短剣が着きたてられたところで、
「そこまで」
シンシアが言う。
この勝負は、アルフレッド兄とリーシャの勝利だ。
―――――(◇◆◇◆◇)―――――
「…………負けた」
スレイン兄が、荒れ果てた庭に仰向けになりながら呟く。まぁ確かに負けは負けだけど、負けた側がこんなに格を落とさない勝負って滅多に見られない気がする。
お父様が言う。
「シンシア。スレイン対策は禁止と言ったが?」
と。
シンシアはがははと豪快に笑う。
「事前作戦では話し合ってないんで、ぶっつけ本番っすよ。スレイン様も、随分と使用人や騎士達の視線を頼りにしていたじゃぁないっすか。これくらいはおあいこでしょう」
大人達は語らう。そりゃそうだろう。当事者に比べれば気楽なものだ。なんだろう、余裕しゃくしゃくで「これやってみー」と言う教育担当と緊張爆発の新人を見守ってる感覚だ。
「そういうわけで、ちっとばっかズルはしましたが、リーシャを魔法学校へ連れていっても、もう心配はありませんね? スレイン兄様?」
絶え絶えの呼吸とふらついた足取りで、アルフレッド兄がスレイン兄の元へ寄りながら言う。
すると、スレイン兄は少しの間、空を仰ぎ見て、黙った。
少し後ろで、ざわざわと感想会を始める騎士や、メイド長の指示の元いくつかの仕事を始めたメイド達がにぎわっている。しかし、それを無視して、この場は静かなものだった。
「心配…………いや、そうだな、アルフレッドは、僕に勝ったんだものな」
と言いながら、どこが呆然自失とした様子で上半身を起こすスレイン兄は――悲しそうな目をしていた。
「スレイン兄様……?」
アルフレッド兄が覗き込むと、スレイン兄は遠慮がちに言う。
「抱きしめても良いか? アルフレッド」
と。
アルフレッド兄は一瞬だけ首を傾げながらも、
「ええ、勿論、よろこんで」
と、スレイン兄の抱擁を受け入れた。
そして、2人が抱き合った瞬間だった。
「ごめん、アルフレッド。ごめん」
と、スレイン兄が、大粒の涙をこぼし始めた。
「え!」
いきなりの事で、誰もが着いていけずに困惑する。中身は大人、見た目は子供である俺を覗いても複数居る大人達が誰も対応出来ないくらいの熱量で、スレイン兄は泣いた。
「ごめんな。本当にごめん。ごめん。ごめん」
「ち、ちょっと、スレイン兄様!? 大丈夫です、何をそんなに悔いているのですか」
と、アルフレッド兄が取り繕うとしたというのに、スレイン兄は続けた。聞き取るのも難しいほど涙で荒れた声で、スレイン兄は続ける。
「――僕は多分、アルフレッドの心配なんて、ずっとしていなかったんだ。お前に負けてもなお、お前の強さを体感してなお、胸のモヤモヤが消えない。全然変わらないんだ。心配なんてしていなかった」
その激情に、普段は温厚なスレイン兄の慟哭に、誰もが魅入られていた。誰もが見届けたいと願っていた。勤勉なメイド長すらも、指示出す口を止めていた。
スレイン兄は言う。
「――もう少しでお前が旅立つ事が、僕は……ぼくは寂しかったんだ……。だから……邪魔したかった……。ごめん、ごめんな、アルフレッド……」
その言葉を聞いたアルフレッド兄も、また動揺に、兄弟としてふさわしく、涙を落とす。
「本当は! 本当はずっと不安でした。……大丈夫か、やっていけるかって。……でも、スレイン兄様に勝てた。この事実をもって、この自信をもって、この誇りを持っていけば、どこまでも行ける。それほどの勇気を、この場で頂きました……。謝らないで…………俺も……愛しています……兄様…………」
ああ、全くもう、しょうがない。
仕方がない話だ。なにせ相手は15歳未満が2人の子供だ。こういうふうに感情的になるのは当たり前の事。
感情論ではない、綺麗な締めには、三男たる俺がオチへ運ぶ必要があろう。
そう思って歩み寄ったが、
「アルメル。お前も、抱きしめたい」
と、スレイン兄がいきなり言った。
何を恥ずかしい事を言い出すんだこいつは! と思っていたら、
「おいで」
と、アルフレッド兄もノリノリで。
2人共涙ぐんでるし、それよりも、
「――2人とも、泥だらけなので……ちょっと……」
と、素直な所を口にした結果、半ば襲われた。
スレイン兄にキャッチされ、アルフレッド兄にも抱き着かれる。
わんわんと泣く2人。
ああ、正しく10台だなぁと思う。自分も泥だらけを移された自覚に諦観をしつつも、2人の頭をポンポンと撫でる。さぁ、気の利いた言葉と選別にしよう。これから旅立つアルフレッド兄に、何か良い感じの、センスのある言葉を。……と、偉人の名言を探ろうと、思い出を辿った、その時。
ふと。
本当にふと。
良い匂いがした。
果物のような、良い匂いだった。
俺の鼻先にはスレイン兄とアルフレッド兄の2人の頭。果物などどこにも無いのに。
『――ははは、アルメル、果物じゃん』
アルフレッド兄の声で、そんな言葉が再生された。
スレイン兄と、アルフレッド兄と、俺の、3人で入った、風呂での話。
スレイン兄が最近匂いを気にするようになったと言い出して、良い香りのシャンプーを市場で買ったと自慢してきて、それで、スレイン兄が俺にそのシャンプーを施してくれるという時に、スレイン兄とアルフレッド兄が言っていたのだ。
『お前は今まで匂い付きのものを散々嫌がっていただろう?』
『アルメルにもやるなら皆一緒が良いです!』
と。
ああ、そうだ、この子達は、家族だった。部下とか、そういうもんじゃない。家族だったのだ。
「アルフレッド兄様。検討を祈ります。あなたなら、どこに、行っても、必ず」
おかしい。
俺は、別れのプロフェッショナル。何人の退職者を前世で見送って来たと思ってる。
今更、今更こんな……
「――俺達は、どこへ行っても、かならず、ぜったい、っずっと!! 一緒です!!」
三者三葉に、大粒の涙を流しながら、抱き合った。
それからひと月もしない間に、ファラン家次男、アルフレッドは、魔法学校へと旅立つのだった。




