第17話・出会いと別れは唐突なようで②
私達の物心が着いてから最初の記憶は、母の涙だった。
私達を抱きしめて、何度も母は私達に言い聞かせた。
『大丈夫。絶対に守ってみせるからね』
最初の頃は何を言っているか解らなかったけれど、年齢を重ねるにつれて、私達の目や髪の色を、皆から隠しているのだと気付いた。
顔を出せないのは窮屈だけど、それでも、別に嫌では無かった。私達にあったのは、愛されているという自覚と充足感だけだった。
でも、私達が5歳の頃に、母は流行病で死んだ。傭兵団を率いていた父が遠征している最中に病気になって、遠征から帰ってこないうちに死んだ。本当は私達も病気になっていたけど、多分、今になって思えば、栄養のある食べ物を優先して私達に与えていたから、母は簡単に死んで、私達は生き延びたんだと思う。
大好きな母が死んで、でも現実を受け入れられなくて日々が過ぎた時、父が言った。
『遠征に出るのに、お前達だけを残していく事は、出来ない。この家は売り払う。母さんの物はもっていけない。すまないが、片付けを手伝ってくれるか』
どうしてだろう、と、当時の私達は思った。私達に残された唯一の母の思い出が片づけられていく。唐突なさよならを受け入れる事も出来ていないのに、どうしてそんな酷い事をするのだろうと、当時も……今もずっと思っている。
ダダをこねる私達に、代わりに、とばかりに父は言った。
『大丈夫だ。お前達は、なにがあろうと守ってみせる』
そこからは、厳しい日々が続いた。
父は守ってみせると言ったけど、その意味は、父が私達を守る、ではなく、私達に、自分の身を守る力を与える、という意味だった。傭兵という仕事の性質を、そこでようやく理解した。
10歳になる頃には、簡単な作戦行動には同行していた。補助的な役割が多かったけど、他の大人と戦う事もあって、だけど勝って、父の教育は間違ってなかったんだと実感した。
何度か、フードとバンダナが取れてこの髪や目の色が敵にバレて、誘拐されそうになった事がある。でも、全部なんとかなった。傭兵団の皆が助けてくれた。シンシアにも、沢山助けられた。
ある時、とある依頼に失敗して、傭兵団が壊滅した。
父は傭兵団の皆を1人でも多く逃がすため、犠牲になったらしい。皆のために、父は死んだ。
私達は泣いた。
行く宛も無い。2人でどうしよう。守ると約束してくれた父の言葉に縋るように、父の遺品にしがみついた。もう誰も守ってくれない。そう思っていたところに、シンシアが来た。
『大丈夫だよっ! なんとか、俺がなんとか守ってやる!』
シンシアは、傭兵団が壊滅した事で壊滅した子供達を、全員引き取ったのだ。私達は、安心して泣きじゃくった。
でも、その言葉は続いた。
『これから色んなとこ回らないといけないからさ、持ってくもんは最小限にして、あとは、片づけてもらっていいか。持っていけるもんだけで頼む』
生きる事の厳しさは、傭兵として戦って、目の当たりにした。未練なんて持って生きていけるほど、この世界は弱者にやさしくない。
私達は、父の遺品を片付けて、生きるのに必要な物だけを選んで、シンシアと旅に出た。
でも、旅はそんなに長くは続かなかった。
『お前達の事を、きっと大切にしてくれる所が見つかった! ファランっていう子爵家だ! 信頼出来る人に預けられて、良かったな2人とも!』
私達は、シンシアに引き取られたのでは無いんだと、そこで初めて自覚した。シンシアは、傭兵団の身寄りが無くなった子供達の預け先を探すために、10人以上の子供連れて旅をしていたんだ。
だから、これは嬉しい事なんだ。
私達は、そこで絶対に成果を出さないといけない。
そして、ここから別れないといけない。
一緒に生活して、旅までした他の子供達と、何回も助けてくれたシンシアと。
シンシアは言った。
『それじゃ、片づけてしまおう。荷物をまとめて、作法を覚えて。傭兵なんて危ない仕事からおさらばして、次からは貴族のメイドだなっ』
そうして、私達はファラン子爵家に預けられた。
その初日の事だ。
晩御飯の支度をするために、屋敷の食堂と厨房を往復している時の事だった。厨房から食堂へ運ぼうとした私達の耳に、その言葉が叩きつけられる。
『大丈夫です。必ずや、守り抜いてみせましょう』
知っている。
その言葉は優しい言葉だと知っている。
だけど、その言葉はいつだって、あの言葉とセットだった。
あの言葉はいつ言われるんだろう。今度は何で言われるんだろう。そんな怯えが確かにあった。
ファラン家での日々は楽しかった。
ミッションをこなす。ミッションをこなす。ミッションをこなす。傭兵の時より色んなパターンの任務があって、楽しかった。
だからこそ、もしかして、これかな、と思い始めていた。
きっとこれに言われるんだ。
きっとこれが言われるんだ。
何で言われるか解らないまま月日が過ぎて――目の前で泣きそうになっているシンシアに、思うまま抱き着いた。
「シンシア、久しぶり」「再会、そんなに嬉しい?」
何回も助けてもらってきたから、たまにはお返しをしないと思った。だからそうした。
「ああ、嬉しい、嬉しいよ、2人とも。見違えたな」
と、シンシアが笑う。そう、私達、変わったのだ。
「どう。普通」「普通な私、可愛い?」
「何言ってんだ、元々別嬪さんだろ。そっちも似合ってるぞ」
シンシアと冗談を交わす。シンシアはテンションが高い。いつもテンションが高いけど、今はいつもよりテンションが高い気がした。
だから、交渉するなら、今だと思った。
私達は言う。
「ねぇ、シンシア」「私達、良い子にしてた」
私達は言う。
「任務、いっぱいこなした」「沢山、出来るようになった」
私達は言う。
「魔法も勉強した」「マナーも沢山覚えた」
私達は言う。
「だから」「だからね」
怖かった。その先を聞くのが怖かった。
優しい言葉と、いつもセットだったあの言葉。
それを言われるのが、ずっとずっと怖かった。
だから――
「もう、片付け、しなくて、いい?」
――嫌だった。
母の物も、父の物も、旅の途中で拾ったものも、片づけるなんて嫌だった、掃除しちゃうなんて嫌だった。
お別れはいつも唐突で、物だけを残して人は居なくなる。だから、せめて物だけでも大切にしたいのに、その言葉はいつも、私達から物を奪った。
「っ……!!」
シンシアが、声にならない声で、泣いた。
過呼吸みたいな嗚咽を漏らして、私達を強く、痛い程強く抱きしめる。
そして、シンシアは言う。
「ごめん……ごめんな……。今まで沢山我慢させてごめん。寂しい思いをさせてごめんな。……でも大丈夫、もう、大切な物を片付けなくてもいいんだ」
シンシアは言う。
「……これから……これからは、積み上げていけるっ。……お前達次第で、沢山の物を積み上げていける……。もう…………お前達は……、大丈夫だっ!」
シンシアは泣いた。
私達も泣いた。
ただ、ただ、ただ、ただ泣くだけの時間が流れた。泣くだけで嬉しい時間が流れた。
ただ、ただ、ただ、ただ。私達は泣いた。
「すんません、ファラン卿、ちょっと、その…………。いや、これは、ありがとうございます、のほうが良いっすかね」
シンシアが涙を拭いて立ち上がりながら言う。仕事モードに入ったようなので、私達はシンシアから距離を取る。
ダグラスは答えた。
「良いさ。言っただろう。戦友の願い。俺の願いでもあると。叶えたのは皆の力で、俺がやったのは橋渡し程度の雑用だがな」
社交辞令を済ませ、数秒の沈黙。
破るのはシンシアだ。
「あ、あのですね、それで、俺、まぁ結構いくつかの場所から誘い受けまして……。でも、一通り断ってきました。子供達を一通り預け終えて、なんつうんですかね……次の仕事が欲しいんすよ、ファラン卿!」
流石、ディーゼル傭兵団の副団長、シンシアだ。商魂逞しい。と思っていたら少し違ったみたい。ダグラスは頬を搔きながらこう言う。
「あー、そうだ、そうだったがすまんな、実は、リーシャを魔法学校へ通わせる資金で俺が独断で使える金が無くなってしまってな。約束した手前すまんが、お前を雇う余裕が俺には無い」
「ええええええええ!? ちょちょちょちょちょちょっと待ってくださいよファラン卿、だって、俺、ここに来るために、他の所の誘い全部断ってっ」
「まぁ待てシンシア。落ち着け」
慌てるシンシアを宥めるダグラス。ダグラスはシンシアの肩を叩きながら、顎を摘まんで、アルメルが居るほうへその顔を向けさせた。
そして、ダグラスは言う。
「サングラスとカツラの開発。そして、これらを装着していても不自然では無い社会作り。その全ては、そこに居るアルメルの発案であり、最大の功労者はアルメルだ。無論、関係者全員の力あっての物だが、少なくとも功績と知名度は確実に増えるだろう。……だが本人が子供だ。シンシア、どう思う?」
そしてシンシアは言わされる。
「……護衛が必要。っすね」
その言わされるがままに、シンシアはアルメルの前に立ち、片膝を着き、言った。
「俺、結構強いんすけど、私兵として雇っちゃくれませんか。この命に賭けて、御身の要望に応えましょう」
全然そうは思えないけど、まだ6歳のアルメルはしばらくの間動揺して、落ち着いてから、こう言った。
「えっと、その……お値段次第です」
と。
―――――(出会いと別れは唐突なようで。完)―――――
お世話になっております。ここまで読んでくださった方、まことにありがとうございます。
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2026年1月24日に当作品を投稿し始めたらしいのですが、この話を投稿した2026年2月25日には12万文字ですよ。いやあぁぁ……社畜か??
他に書いてみたい作品もあったりするので、ひとまずはこの早すぎる執筆速度を抑えつつゆったりと書いていく予定です。予定は未定です。俺の妄想じゃヒロインはもっと増えゲフンゲフン。打ち切りにならない事を願います。
お付き合いいただければ幸い。




