第2話・ロードマップが出来たので
課題を整理しよう。
今、俺が欲しいのは安定している上で虚弱じゃない光源だ。蝋燭の火では俺は満足できない。灯油を用いたランタンもこの世界にはあるが、運搬の都合で灯油は高級品だ。
電気の開発は論外。俺は電気設備については学生レベルでしか知らない。無の状態から生み出せるほど教養が深くない。
一応弁明しておくけど、漫画やアニメで異世界転生してる連中がおかしいんだからね? たどり着いた場所で、そう都合良く専門知識を有しているほうがマレなんだ。社会人として、営業として、色んな危機的状況に呼び出された事があるので言わせてもらうと、本当に、あるべき所にあるべき知識がある、というほうが奇跡だ。
ともかく。現代日本と通信して電気に関する情報くださいと連絡出来るわけもない。たまたま都合良く電気のプロフェッショナルが転生されたわけもない。
営業として、色んな物品・色んな工事をお客様に提供してきたから解る。本当に物事を解決し得る重要な知識は、ごくごく一部の上澄みしか持っていない。
だから、俺が電気を創造出来ないのは俺が無能だからではなく必然だ。なので、電気設備は一通り無視。
その上で、光源が欲しい。ともなれば、魔法を駆使して安定した光源を確保する方法を創造するしかない。
「それじゃあシャーリー、今日もよろしくね」
「あ、は、はい」
光魔法についてを教えてくれたメイド、シャーリーに断りを入れ、研究を始める。
現状の魔法について……シャーリーはとても沢山どもるので、それを省かせてもらうね。本当はもっと「あ、あの、あ、えっと、あ、その、あ、え、いや、あ、あ、あ、ぷえ、ぱえ、ふにゅうぅぅぅぅ」が間に挟まってると思ってね。
「当然魔法は、魔法使いが魔法を行使している間しか発動しません。なので、魔法使いを光源として採用しようとしたら、常にその魔法使いがその場で魔法を行使する必要があります。現実的ではない贅沢な行いとしか言いようがありません」
とのこと。
上記の通りだからね。これは俺の注釈であって、この発言のために現代日本で言う『数分』を使ってるよ、という事だけは理解して欲しい。
――コンテクスト。
この言葉をご存じだろうか。
日本語において俺の認知の限りでは『語彙』という言葉の代替品だ。語彙と言うと言葉の表現に限られるかもしれないが、コンテクストはアイコンタクトやハンドサイン等、あらゆる伝達方法を内包したコミュニケーションを表する言葉だ。
プロのサッカー選手達がアイコンタクトのような困難な方法で意思伝達する事をハイコンテクスト。
国語を熟知した教師が小学生にも分かりやすいよう嚙み砕き丁寧に伝達する事をロ―コンテクスト。
こう思ってくれてかまわない。
時代はおよそ中世ヨーロッパ。識字率1割未満の世界。
解るか? 解って。行間を開けてまで説明するかね。ほんとお願い。
識字率100パーセントの日本で生まれ育った俺の発言は、識字率10%の世界においては何をどう丁寧に説明しても過剰なハイコンテクスト。一般人が知らない語彙になる。会議でやたら意味不明なビジネス用語を使われるせいで置いてけぼりを食らうみたいな感じだ。
ぽ、ぽ、ぽえええええええ! である。
中世ヨーロッパの識字率は10%未満。識字率ほぼ100%の現代日本で生まれ育った俺の感覚で表現するなら『年齢÷10』くらいの感覚で喋らないと伝わらない、と言えば伝わるだろうか。
相手が伝えたい事を表現する言葉を知らなければこちらが汲む必要がある。相手がこちらの単語を理解出来なければ噛み砕く必要がある。伝わって欲しい、俺の大変さ。
いずれ、俺が存命の内に必ず識字率は上げるにしても、だ。少なくとも識字率が上がるまでの間は、俺自身が研究するか、弟子を育成するしか道は無い。未だ5歳児の俺が弟子を取るなどわけわからんので後者は選択肢から外すして、いずれは住民への教育環境も近々見直す必要がある。
小学校のような設備を建てれば良いと思う者かも居るかもしれないが中世ヨーロッパではそうもいかない。子供は重要な労働力だからだ。
家事をさせるにせよ、家計を支える収入の頼りにせよ、現代日本のような社会保障が整っていない時代において、どのような家庭でも、子供とは極めて重要かつ安定した労働力であり、持て余したり学業に遊ばせるなど、一般家庭では絶対にありえない贅沢な行いだった。
その環境において、シャーリーは天才だ。
たどたどしいが辛うじて言語力は一般よりは高いし、光の魔法まで会得した。
逆に言うと、どんなにおぼつかない言語能力でも、頼りない光魔法ひとつで子爵家のメイドになれるほどの優秀な人材であると評価されるのだ。
この識字率も極めて重大な課題。
だがそれよりも今は光源の課題だ。
俺は、俺とこの身ひとつ。そして、シャーリーという協力者一人でもって、事を成し遂げなければならない。
俺は覚えたての光魔法を展開した。手のひらの上で空気が点滅している。
「光魔法って普段は空気を光らせているよね。他の物――例えば石とかを光らせる事って出来ないの?」
シャーリーは答える。
「可能です。しかし光らせればそのまま光る空気と違い、石には内部があります。その内部も魔力を満たす必要があるのですが、内部が光っても外に光は届きません。何倍も無駄な魔力を使う事になってしまうのです(※脳内で流暢なシャーリーを想像して翻訳してもらっているよ。本当は、ふえ、え、えと、たぶん、出来る、と、おも、思います、けど、その、だからね)」
「シャーリーは出来る? このブレスレットで少しやってみてくれないかな」
「失敗して壊れてしまってはいけないので、お坊ちゃまの装飾品では無く、外から石をお持ちいたします(※翻訳です)」
「構わないよ。なにせ僕は5歳児だ。物を壊してしまう年頃だし、そもそももうじき入らなくなる」
「承知いたしました(※翻訳です)」
シャーリーがブレスレットに魔力を込める。
少し時間が掛かった。30秒ほどかけてゆっくりと明かりを帯び、空気中を光らせるよりは3倍ほど明るくなった。
僕はシャーリーに尋ねる。
「どれくらい保つ?」
「ど、どれ……くらい……?」
失念していた。当たり前だがこの世界にはまだ、秒や分という価値観は存在していない。天文学者なら似たような感覚を持っているかもしれないが、少なくとも一般人が認識している感覚では無かった。
どう表現すべきか、と考えているうちに、光のブレスレットは光を弱め、ゆっくりと消えてしまった。
見ると、シャーリーは額に汗を垂らし、呼吸を乱している。限界だったようだ。
「ごめんシャーリー、無理をさせてしまったね」
「い、いえ、はい……いえ、だ、大丈夫、です……」
大丈夫では無いようだ。少し休ませる必要があるだろう。
「僕も少し考える。ベッドにでも腰かけて休憩するといいよ」
「え!? い、いいいい、いあ、いや、あの、え、えっと、その……で、でき、できま、せん……」
「これからも協力してもらうんだ。変な気遣いは不要だよ。それとも、僕のベッドには触りたくないのかな?」
「ふ、ふええ……」
座らせた。
これで心置きなく考えられる。
シャーリーは平時なら1時間くらい光を出せるはずだ。そのシャーリーが10秒程度しか持たなかった。
光は確かに強かったが、これでは使い物にならない。
心の中でロードマップを作製する。自分の中で整理するため声に出す。
「空気を光らせるよりは媒介を用意して光らせたほうが強く、安定している。だが魔力の消費量が尋常じゃなく、現実離れしている……これも大きな課題のひとつだ」
ひとつ、光源になる光の触媒。
「魔力を貯蔵出来る装置が要る。蓄電池ならぬ蓄魔力器。魔力を吸収して蓄えられる何かを生み出す」
ふたつ、大げさでなくて良い。一回魔力を込めれば数分は光ってくれるような効率でもまずは構わない。光の魔法を行使しながら勉強や作業というのはあまり考えられない。
「スイッチと回路も必要だ。魔力を通す物質を、魔力を通しにくい物質でコーティング出来れば作れるか? 蓄魔力器と媒体を繋ぐ回路と、入り切りするスイッチ。最悪、都度魔力で起動するシステムにすればスイッチは不要だろうが……それでは一般に普及できない。最初の段階ではスイッチレスにせよ、いずれはスイッチと改良された蓄魔力器が必要になる」
みっつ、魔力の流れを作る回路とスイッチの創造。
「貯めた魔力が一気に放出されても困る。コンデンサと抵抗器も必須か……」
よっつ、魔力の流れを抑制・コントロール出来る装置。
「……ひとまずはそんな所か……」
体内で体力を魔力に変換し、光にしないよう意識する。光魔法を行使するために産み出した魔力を、光を発さずに空気中に浮かせた。目視は出来ないがそこにあったという感覚だけを残し、じわりと空気中に霧散して溶ける。
少し面白くなって何度か繰り返した。すると、ベッドで休んでいたシャーリーが、ふふ、と笑った。
「そ、それ、わたしも、やりました」
「光魔法を覚えたらやりたくなるのかな。面白いね、これ」
1・体力を魔力に変換する。
2・その魔力を光を発生させる魔法に変換する。
3・光魔法を対象の空気や石等に送る。
4・魔法を展開して光らせる。
これが光魔法の流れ。練習中は2の段階で失敗するのだが、今は3までやってあえて4をしないでいるのだ。
「空気中に溶けた魔力はどうなるんだろう?」
「……?」
シャーリーはただ首をかしげた。勉強していけば解るか。
とにかく、これからの流れをもう一度。
1・触媒の選定。
2・蓄魔力器の作成。
3・回路とスイッチの作成。
4・必要な場合はコンデンサと抵抗器の作成。
さあ、明るい未来ならぬ夜のために。
やってやりましょう。
ToDoリスト
・媒体の選定。
・蓄魔力器の作成。
・回路とスイッチの作成。
・必要な場合はコンデンサと抵抗器の作成。




