第14話・やってみないと解らないので
「アルフレッド兄さま、さきほど、火魔法を使っていませんでしたか……?」
俺がそう問うと、アルフレッド兄はあっけらかんと答えた。
「ああ、言ってなかったかな。使えるようになったんだ。運よく最初に検討した事がハマってさ」
「最初に検討したこと、ですか?」
「そう。例えば、葉っぱを火に翳せばすぐに燃えるだろ? でも、木はすぐには燃えない。もしかして、物によって燃え始める温度が違うんじゃないかって思ったんだ。そうなると、物っていうのは燃えるから燃えるんじゃなくて、燃える温度にまで上がったから燃えるはずだ。――なら、その物の温度を操れれば、物は燃え始める。ってさ」
「へぇ、そんな事に気付けるなんて、すごいです、アルフレッド兄さま!」
素直に感動した。いや、感動しなければならない。何故なら、俺自身が彼の話を理解出来ていないからだ!
土魔法が基本で、水魔法を使えたら魔法学校入学にあたって主席狙える! みたいな話をどこかで聞いた記憶があるが、そのさらに違うステップにまで進むとは……。どれくらい凄いのか、理解してやれないのが悔しい。
「それより、これから俺達はどうすれば良いんだ? 馬車も行ってしまったし、リーシャとサーシャは交代の騎士が来るまでここの見張りだろう?」
と、アルフレッド兄が聞いてきたため、俺は首を横に振る。
「いえ、アルフレッド兄はお父様から、双子に魔法学を教えるよう仰せつかっているでしょう? この時間に勉強を教えてやってください。見張りは俺がやっておきますので」
その言葉にいち早く反応したのは当の双子達だった。
「勉……強…………?」「それは…………オーダー……?」
顔は隠れているため見えないのに動揺が見て取れる双子。10歳くらいならまぁ普通はこうだろう。子供は勉強が嫌いで当然。アルフレッド兄が異常なのだ。
「そうか? じゃあお言葉に甘えて、授業させてもらおうかな。2人共、お父様からの命令だから、みっちり叩き込むぞ」
「うぐ……命令……承知……」「交渉。休憩、運動、可能?」
「はは。そりゃあ、ここに居る間ずっと勉強っていうのは、教える俺も無理だからな。この監視塔から離れすぎなければ良いぞ」
「理解……」「ぐぬぬ……」
ぐぬぬってあんた。
アルフレッド兄は双子を引き連れて外へ出る。紙は貴重品なので教科書は滅多に持ち歩かないし、ノートなんて物も滅多に取らないのがこの世界、この時代の基本的な勉強だ。青空教室は珍しくない。
それじゃあ、俺は監視塔の上から、見張りがてら周りの景色を楽しむとしよう。
―――――(◇◆◇◆◇)―――――
1週間で試作品が完成した。
ウェインと見張りを交代し、この世界初のサングラスを試着した感想は、こちらだ!
「おお……。おお?」
微妙だった。暗くなっているし、外に出る手間を惜しんで太陽の変わりに窯の火を見る。眩しくない。ちゃんとサングラスだ。
まず、布の部分を後頭部で縛るのだが、強く縛りすぎると布越しに鉄の感触が伝わり痛くなる。ここは鉄のと布の厚さで調整するしかないだろう。布を挟んでいるとはいえ鉄が肌に迫る場所は、細すぎれば縛った圧力が一点に集中して痛みが増す。多少分厚くする必要がある。
しかし、厚くしすぎる事は出来ない。何故なら、
「……重いな……」
呟く。現状の作りで既に、結構重い。
「だろ? 私もそう思う」
ケイシーさんが神妙な面持ちで同意し、続けた。
「騎士用のヘルムの一部として付けるくらいなら丁度良いだろうが、貴族の狩りや動きやすさが大事な冒険者が持ち歩くってのは、ちっと現実的じゃねぇな。それに……」
そこでケイシーさんは言い淀んだ。他に何が気に食わないのか、俺にも解る。
「もう少しクリアーにしたいですね」
「確かに太陽は平気になるが、それだけだ。そんなに見にくいんじゃ、なんにせよ戦闘には使えねぇと思うぜ。武器職人として、こんな出来じゃ客には売れねぇよ」
ガラスの品質の問題だ。
考える。
確かガラスの品質は、不純物の量で決まるんだったか。砂の中に含まれるケイ素がガラスになるだかなんだかだが、その砂の中に含まれるケイ素以外の成分が多ければ多いほど、ガラスは濁る。
サングラスを外して原材料の砂を弄る。確かに、少し違うのが混じっているように見える。だが、こんなに細かい粒子をさらに取り分ける技術など、この世界には…………。
「あるな」
俺は思いつくや否や外に飛び出す。
「アルフレッド兄さま!」
「ん? どうした、アルメル」
魔法学の青空教室を開いているはずのアルフレッド兄は勉強はしておらず、土魔法で双子を攻撃し、双子はそれを超反射で避けていた。勉強の合間に3人が編み出した遊びだという。土を硬くし過ぎず、当たっても平気なようにしつつ、双子は全力で回避するのだ。少し混ぜて貰ったけど、アルフレッド兄の手加減の仕方が絶妙なので結構楽しかった。
だが、今はそれどころではない。
「――砂の取り分けをして欲しいのです。特定の砂だけを選定し操り、そうじゃない砂をどかすというのを、土魔法でやってください!」
「特定の砂……?」
アルフレッド兄は遊びを中断し首を傾げる。
「はい。砂や土は一言で砂や土と言われてますけど、泥遊びをしている時に気付いたんです。この小さな粒の中に、違う種類の物も混じっていると。土を操るアルフレッド兄さまなら、その種類ごとで操る事も出来るはずです!」
「そ、そうなのか。よく気付いたな。全然解らなかった。やってみるか」
言って、アルフレッド兄が監視塔の中に入る。追いかけて俺も続く。
アルフレッド兄が砂の観察を始める。
「なぁ、アルメル。私、ちっとやってみてぇんだがよ」
アルフレッド兄の作業を見守りながら、ケイシーさんが提案してきた。
「肌に触れる部分の鉄は厚いほうが痛くねぇ。でも厚くすると重くなる。ならいっそ、鉄を半分以下の薄さにして、繋ぎ合わせて、中が空洞の鉄板を作る。そうすれば軽くなるな?」
「……できますか? 今の技術で。この試作品より何倍も難しいですよ」
その質問に、ケイシーさんは自信ありげに笑ったのだった。
「出来ねぇことやるから技術は進歩すんだよ。……違うか?」
―――――(◇◆◇◆◇)―――――
また一週間が経過した。そして試作品を着けた感想がこちらだ。
「おおおお、悪くない、悪くないですよ、軽い、見える!」
「だろ? 及第点ってとこだろ」
ケイシーさんが楽しげな、しかしやつれた表情で言う。
軽くなっているし、視界も良好だ。改善は成功した。これなら、試作品として売り出す事が出来る!
「ありがとうございます、ケイシーさん、皆さん! サングラス、完成ですよ!!」
と、両手を上げて喜んだのは――俺1人だった。
「……え」
なに、この空気。心無しか、職人達は皆険しい表情だ。
ケイシーさんが、浅く息を吐いて、俺に歩み寄りながら言った。
「アルメル。あんたの設計図通りに作った。だがこれじゃダメだ。あんたの設計図のまんまなら、私はこれを客に売れない」
「な、なんでですか? 何か問題が?」
「これだよ」
言いながら、ケイシーさんは俺が装着しているサングラスの鉄の部分を軽く小突く。
軽く。本当に軽くなのに、
「痛っ!」
肌に触れている場所が結構痛い。
「だろ? サングラスに攻撃を受けたら、ガラスが大丈夫でもダメージが入る。日常使いならともかく、戦闘や運動では使えない。武器職人として、これを客に出す事は出来ねぇ」
「そんな……でも、どうしたら」
考える。
この世界、この時代の技術と、俺の知識で出来る事は他に何かあるだろうか。
「考えがある」
と、発言したのはケイシーさんのほうだった。
「あんたが雇い主だから、まずはあんたの設計通りに作った。その上で、これより良くなると確信してる案がある。それを一度作らせて欲しい」
―――――(◇◆◇◆◇)―――――
そして、一週間も立たずに、それは提供された。
目の下に真っ黒なクマを携えたケイシーさんが、苦笑しながらも提出した試作品は、俺が提出した設計図に近い形だが、確かな改善がなされていた。
感想から言う。軽いし、着け心地が良い。視界も良好。少し端っこを叩いても痛くない。
「どうだい? 満足頂ける品になったかな」
徹夜したのか、という疑問は無い。何徹したのか、という疑問だけがある。非常食を貪るケイシーさんの問いに、俺は少しの間返答出来なかった。
彼女の施した改善は2つ。
「肌に触れる場所は布じゃなく、基本的には硬いが弾力性もある、熊型魔獣バーサークベアの皮を使った。とりあえずその試作品の分は店の在庫から持ってきたからぜ」
魔獣の種類や特徴について把握しきれていなかったが、そうか、ケイシーさんは武器職人なのだから、魔獣の素材にも詳しい。
「で、フレームの素材は鉄じゃなく、銅にした。柔らかいから加工が簡単なんだ。削る事だって出来る。柔らかい分防御力はねぇが、対光装備としちゃ、こっちのほうが良いだろ」
目から鱗だった。こういうのは鉄で作るもんだろという謎の固定観念があったせいで、鉄を前提に提案していた。だが、この世界には銅貨がある。それはすなわち、硬貨に出来るほどの加工技術があるという事。加工したいなら、普通にこちらのほうが適していたのだ。
「ケイシーさん、凄い、凄すぎます! こんな正解があるなら、どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか! これですこれ! これこそが理想! いや、俺が思ってたよりもずっと高品質だ!」
喜びのまま褒めたたえたら、ケイシーさんは黒パンをかじり、急いで飲み込み、俺に拳骨を食らわせた。
「ぐえ!」
しかも結構重めのやつ。ど、どうして……。
「これからも物を作ってくんなら肝に銘じろ。作った事が無ねぇもんは、作ってみねぇと解んねぇんだ。私も、作ってみたらアルメルの設計図と私の思う改善案のどっちが良くなるか解らなかった。正直、そいつを作った時だって、お前の反応を見るまで正解は解らなかった」
真剣な表情での説教。それと
「ま、正解だったみてぇで良かった。疲れたんで、ちっと寝させてもらうぜ」
最後の破顔に、胸を打たれる。俺のやりたい事が生活改善では無く武器職人だったら絶対にこの人に弟子入りしていた。
……ああ、だから今回、この人が職人達の代表になったのか、と今更ながらに強く納得する。なんて素敵な人なんだろう。
ともあれこうして、サングラスは完成した。
……あれ?
「そういえば、銅の原材料はどこから?」
休憩室へ向かう途中のケイシーさんに問いかけると、ケイシーさんは立ち止まり、何かを言おうとしたり口を閉ざしたりを繰り返した結果、こう答えて、寝室へ逃げて行った。
「さぁ、ちょっと、3日寝てないから、忘れちまった」
との事。その返答で理解する。
回りの職人さん達の顔を見ると、各々で誤魔化すような苦笑を浮かべている。
因みに、この世界にも当然、現代ほどの秩序は無くとも法律がある。
そのうちのひとつに、こういう法律がある。
――金貨、銀貨、銅貨等の高価を意図的に破損させる事は、金の流通を妨げるため、禁止とする。
うん、法律難しい。ちょっと良く解らない。なので当然通報とか出来ない。
なにせ俺は、まだ6歳なのだから。
ToDoリスト
・サングラスの作成 ←clear
・サングラスの販路確保及び拡大
・カツラの作成
・双子用サングラスの作成




