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異世界貴族に転生したけど思ったより不満だったので  作者: 南乗七史
第2章・出会いと別れは唐突なようで
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第11話・言葉遣いが気になるようで

 ジーマン商会とカツラ作成について話を進めていたのと別の日。およそ同時進行で、サングラス作成も進められていた。そのサングラス作成において作業場所に選ばれたのは街の外だった。


 壁と堀に囲まれた街、城壁都市パラノメール。


 正門前には広い丘陵が広がり、少し先で森や岩山に囲まれている都市だ。高低差がある上で、丘陵の高い位置に建てられている都合で攻められにくいが、豊富な資源を擁するため敵であれば欲しい土地。国境付近にあるという事もあり、非常に重要な場所なのである。


 その城壁の外に出るのは、実は初めてだ。


 門で手続きを済ませて退場する。入場する数名とすれ違いながら、草原の景色を見回した。


「すごい」


 屋敷が街でもさらに高い場所にあるため、屋敷から見えていたが、実際に立つとその広大な自然に感嘆の息が漏れる。城壁に阻まれていない風はいつもより少し新鮮に感じた。


「アルメル、外、初めて?」「引きこもり、よくない。不健全」


 深く被るバンダナとフード付きの外套で姿を隠す双子に後ろから貶められた。ひどい。


 それを宥めたのはアルフレッド兄だ。


「いやぁ、はは。アルメルはずっと勉強ばかりしていたからなぁ。身体を動かすなんて、たまに剣術の練習をするくらいじゃないか?」


「たしかにそうですね。運動不足かもしれません」


 若い身体は身体が凝らないので、ついつい大丈夫だと錯覚してしまう。前世では仕事からの帰りに大げさに腕を振ってみたり筋トレの仕方を気にしたり、ストレッチの仕方等を動画で漁ったりして、なんとか凝りと戦ったものだが、のど元過ぎれば熱さ忘れるとも言うし、良くないと自覚しつつも大丈夫だと思ってしまう。


「アルフレッド、大差ない」「外居るだけ。運動しない」


「おっと、これは手厳しい」


 アルフレッド兄も双子にイジメられていた。


「だめよ、リーシャ、サーシャ。アルフレッド様アルメル様と言い直しなさい」


 後ろからそう指摘したのは、アルフレッド兄のお付きのメイド、ウェインだ。


「了解。アルメル様」「アルフレッド様。言い直す」


 双子の言い直しにウェインをうんうんと頷く。


「よくできました。アルフレッド様、アルメル様、大変失礼いたしました」


 アルフレッド兄は景気よく言った。


「大丈夫だよ、ウェイン。だって――」


「アルフレッド。アルフレッドの魔法、魔獣倒す?」「作戦行動、可能? アルメル、護衛する」


「――これ、多分治らないから」


 治ったのは言われた直後だけだった。


 とはいえ、気になるような事でも無い。別に失礼な態度を取ってくるわけでは無いし、そもそも俺なんかは元々人に頭を下げてばかりの営業であり社畜だ。敬称のひとつで不快感なんて無い。むしろアルフレッド兄なんかは双子を気に入っているようにも見える。もしかしたら少女漫画系の作品によく見られた「ふっ、面白れぇ女」みたいなやつなのだろうか。確かにアルフレッド兄ならばよく似合いそうだ。


「ふう……あんまり甘やかさないようにしてくださいね。他のメイドに示しがつきません。どうして出来ないんでしょうか……」


 言いながら、ウェインが門の脇にいくつか並ぶ馬車のひとつと、その馬主に合図を送った。馬主は返事がてら軽く手を挙げて、手綱を引いてこちらへ馬車を向かわせてくる。途中でもう1台の馬車がそれに続いた。手配した馬車は2台のようだ。


 そして、馬車が俺達の前に止まると、荷台から4人が降りてきた。どの人も体格が良いく、筋肉量だけなら冒険者よりも多そうだ。


 その中でも群を抜いて筋骨隆々な、身長170後半はありそうな、殆どキャミソールのような薄着の()()が、全員を代表するように前へ出てきて、こちら側全員に挨拶をした。


「今回の依頼でうちらの代表やる事になった、鍛冶師のケイシーだ。アルメルってのはどいつだい?」


「はい、俺で――」


 言いながら踏み出したところで、俺の目の前にウェインのお尻が突如現れた。頑張って緊急停止しようとしたけれど、俺の顔面はウェインのお尻にちょっとだけ触れてしまう。ちょっとだけ。ちょっとだけだから大丈夫。これ事故だし。とても柔らかかったのでセーフ。何が? アウトですねこれ。


 狼狽している俺を他所に、ウェインが言った。しかもかなりの怒気が混じった声音でだ。


「こちらにおわすお方をどなたと心得ますか。ファラン家次男アルフレッド様と、三男のアルメル様ですよ。弁えなさい」


「え! ちょ、ウェイン! 大丈夫、大丈夫だから!」


 本気で怒っていたから、本気で止めにかかる。


 しかし、ウェインはしっかりと怒っているので、容易くは引き下がらない。


「アルメル様。お優しい事は結構ですが、限度がございます。平民の不敬を許す事が美徳になる事もありますが、それは敬意を払う者達の軽視でもある事をご理解ください」


「……あぁ、確かに。そういう視点もあるのか」


 ウェインの言葉に、俺は感動した。反論する術を俺は持たない。管理職をやっていた短い期間だったが、どうしても、自分に対してくだけた接し方をしてくる部下のほうが、可愛げがあるように感じる事が多々あったのだ。でもそれは、自分に対して丁寧に接してくれる他の部下達の態度をないがしろにしていたのではないか、と、今のウェインの言葉を聞いて不安になった。


「おいおい、メイドさんよぉ。随分な事を言ってくれるじゃねぇの」


 ケイシーさんがウェインに詰めよる。リーシャとサーシャがいつでも武器を手に取れる体勢に入ったのが解ったので、流石にそれはまずいと判断し、手で「下がれ」と合図を送った。


 それにしても、同じ女性と言えど随分体格が違う。


 ウェインは見た感じはおしとやかな女性だ。慎重は、女性の平均よりは少し背が高いくらいか。対してケイシーは170後半の身長と、騎士団に交じっても上位に食い込めるゴツゴツの筋肉。薄着による胸の膨らみと、その体格をもってしても綺麗な人なのだと思える顔が無ければ、女性とは解らない体格だ。これで何かあったらまずいと言えばまずいのだが、営業のカンが、この人は易々と手を上げたりはしないと告げていた。


「平民にはな、平民の事情ってもんがあんだ」


「事情ですか。子爵閣下のご子息に無礼を働く事情というものがあるなら是非お伺いしたいですね」


「ああ、教えてやる。俺達平民はな――」


 言いながら、ケイシーは、ウェインの顔を覗き込み、ゴツゴツの手のひらをウェインに見せつける。顔面を鷲掴みにするんじゃないかと思えるその仕草はさながら現代のヤンキーのそれでしか無いのだが、


「――貴族様への接し方、礼儀ってやつをな、日曜学校で習ってねぇんだ。今だって接し方がわかんねぇから怖くて手が震えてる。今ちょっと目頭がウルっと来てる。だっつうのにメイドさんは俺達の態度がなってねぇっつってイジメんのかよ。俺達の力が必要だって旦那から言われたから来たのに、そんな仕打ちねぇよ。泣くぞオラ。ほら見ろ、涙が溜まってきた」


 実際は全く怖くなかった。ただの不器用なマッチョ系お姉さんだ。


「…………」


 俺に見えているのはウェインのお尻だけなので表情は解らないが、彼女は黙っている。


 顔を覗き込んでいたケイシーが何度か「ほらほら」と挑発的な態度で自分の涙を見せつけている。


 しばらく膠着状態が続いたかと思うと、ウェインが深いため息を吐く。


粗相(そそう)を誇るなど、恥を知りなさい、まったく……。アルフレッド様、アルメル様、言葉使いや態度は、期間中に私が必ず教育いたしますので、何卒、ご容赦を」


「ええっ」


 ウェインがこちらを向いて、ケイシーが姿勢を戻す。その姿勢を戻す勢いで後ろにのけ反りながら「ちょっと待ってくれ」とケイシーは懇願した。


「仕事があるって言うから来たんだぜ。なんでもって教育なんて受けなくちゃなんねぇんだよ。勘弁してくれって」


「なりません」


 頑ななウェイン。どうしようと悩んでいたら、まさかの助け船はアルフレッド兄だった。


「ウェイン。弁えるのはお前だ」


「えっ!」


 一撃で相当なショックを受けたらしいウェインは、振り向くと同時に膝から崩れ落ちた。そして手をアルフレッド兄に差し出しながら言う。


「ち、違うのです、アルフレッド様。私は、私は精一杯アルフレッド様とアルメル様にお仕えする身として、ファラン家の皆さまを尊敬しております。ファラン家の血筋に失礼な事があるなど、見過ごせません」


 アルフレッド兄は困ったように苦笑し、その震えた手を取り、優しく言う。


「そうじゃない。違うんだウェイン。お前の愛情はいつも有難く思っている。この上なく感謝している。でも、今回俺達は、この職人達に、なんとしてでもやって欲しい事があって来ている立場なんだ。お前の今の発言で職人達が気を悪くし、依頼を受けないと言ったらどうなる。お前の忠誠心が、お父様の顔に泥を塗る結果になるなんて、俺には堪えられない。だから、ここは引いてくれないか」


「アルフレッド様……。承知いたしました」


 そう言って立ち上がり、くるりとケイシー達のほうを向く。


「ケイシー様、及び協力者の皆さま。この度は大変なご無礼を働いてしまった事、何卒、お許しください」


 綺麗に腰を折るウェインに、ケイシーはお茶目に笑って言うのだ。


「何言ってっか言葉が難しくてわかんねぇけどよ、日曜学校で礼儀なんて習ってねぇから知らねぇって言ったろ。だから気にしなくていい。……その変わり、マジで多少の無礼は許してくれな?」


 無事にひと悶着を終えたようだ。


「改めまして、俺が依頼主のアルメル・オース・ファランです。よろしくお願いします」


 そう言って名乗り出て、手を差し出す。


 するとケイシーは一瞬だけ目を丸くし、首を何度か横に振って、気を取り直すように明るい笑みを浮かべて俺の手を握る。


「失礼、依頼主に歳は関係ねぇわな。ケイシー・ハッシュバル、鍛冶屋の跡取り娘だ。それで、わざわざ門の外に出て、これからどこへ向かおうってんだ?」


 握りあった手を離し、俺はこれから向かう場所を告げた。


「旧南方監視塔。イディムの森前の小要塞です」

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