第10話・城壁は不落だけど頭頂部は落ちるので
翌日、午前中の早いうちにジーマン商会を訪れた。俺の来訪を知ったジーマンさんは慌てた様子で奥から出てきて奥へと招こうとしたが、お互い忙しいでしょうから、手短に、とその歓迎を固辞する。
お互い護衛を連れたって町へ出た。レンガが主な建材の町を歩くのは5人だ。
まずはジーマンさん。そして護衛の傭兵。フード付きの外套で顔を隠す、大柄な男だ。
次に俺と、リーシャ、サーシャ。こちらもフード付きの外套に、バンダナを深く被って顔を隠す。
傭兵は仕事柄、恨まれる事も多いのだろう。任務中は顔を隠すのが常らしい。だから、リーシャもサーシャも、傭兵団に居た頃は平気だったのかもしれない。まぁ、ならずっとそうしていればいいという話でも無い。傭兵じゃなくなっても傭兵の恰好をし続けるのは、それはそれでおかしな話だ。
「傭兵の……少年兵ですかな」
と、ジーマンさんは言う。
「ええ、そんなところです。ところで、そちらは?」
聞くと、ジーマンさんは護衛を顎で使い、名乗らせた。
「依頼を受け、アーチボルト傭兵団より出向いたした者にございます」
なるほど、そら傭兵だものな、個人名までは名乗らないか。
「2人とも」
リーシャとサーシャに挨拶を促すと、2人は声を揃えて言った。
「「ディーゼル傭兵団」」
その名前に、アーチボルトの傭兵の動きが止まる。
「なに? どういうことだ? そこは壊め」
「深入りするな。事前にそう言ったぞ」
ジーマンさんに制されて、アーチボルトの傭兵は頭を下げた。
「……申し訳ござらん。皆さまも、お気を悪くされたようでしたら、深く謝罪する」
なるほど、仕事に従順だから信頼出来るわけだ。大金を動かす大きな商会ならば当然私兵も持っているだろうが、そういう堅実な実績がある傭兵団なのかもしれない。
「気にしないでください。行きましょう」
そう言って歩き出す。その後ろで、リーシャとサーシャが俺に言う。
「アーチボルト、デカい」「国内有数。大人数」「手広い。手堅い。有名」「そう。だからデカい」
なるほど、大手の傭兵団、みたいなのがあるわけだ。それがジーマン商会に使われている、というわけでは無い。あの傭兵は「出向いたした」と言った。もしかしたら数人単位で兵隊をレンタル出来るのかもしれない。
「なにせ国王お墨付きの傭兵団でしてな。外国との戦争に駆り出された実績もあるますぞ」
何故か誇らしげに言うジーマンさんだが、隣の傭兵殿は微笑む。
「拙者にその経験はござらんが、客の情報は仲間にも話すな、が団の規則であり、国王の寵愛を受ける理由でござる。ご安心めされよ。そしてあわよくば懇意にされよ。不落の城壁、ファランの勇名は国内に轟いております。ご縁があれば何卒」
あ、これあれだ。職人にも営業活動やらすタイプの令和な職場だ。しかもファラン家のおだて方も上手ときた。
「これこれ、今の雇い主の前で次の雇い主を探すでない」
と、ジーマンさんは笑った。
「アルメル様にですと、容易く奪われてしまいそうでしてなぁ。まぁなに、私兵よりこちらのほうが、信頼できる気持ちは解りますでしょう?」
「ええ、とても分かります」
なんというか、営業だった頃の自分を思い出す。この傭兵はなんとなく信用出来ると思った。人となりとか、善人か否かでは無く、仕事に対して強かであるという意味で、信頼が出来るのだ。これから知る情報を、誰かに漏らすとしても、信頼出来る者にしか話さないだろうという、なんとなくの信頼。
「そういうわけでジーマンさん。あちらで作業をしている女性の髪、どう思います?」
立ち止まって問う。ジーマンさんは答えた。
「なかなか綺麗な髪ですな。……いえ、正直申しまして、普通ですな。驚くほど綺麗では無いが、手入れはされている。長さの割に傷んでいるようにも見えない、良い髪ですわい」
頑張って解説してくれたおかげで、俺が説明する手間が省けた。察しが良い人と話しているとこういう所が気持ち良いんだよな。
俺はリーシャとサーシャを後ろに下げながら、大銅貨を数枚、ジーマンさんに渡す。
「これで、あの方の髪を買ってきてくださいませんか? 可能な限り長く。もちろん理髪代金はこちらから出してください。それと、俺の名前は出さないでください。足りなかったら立て替えをお願いします。すぐに払いますので」
「ほう……えっ……髪をですか。買う……?」
「ええ。その銅貨はどのような使い方をしてくれて構いません。ジーマン商会の腕を見せてください。あ、傭兵の方は一緒に隠れましょう。そのお姿だと、女性を委縮させてしまう」
「承知いたした。ジーマン殿、有事の際には必ずや即座にお助けするゆえ、しばしの間、距離を取る事をお許しください」
「う、うむ、許可する。アルメル様、本当に全て使ってしまってもよろしいのですかな」
「ええ、勿論です」
「承知しましたわい……。ああ、駆け出しの頃のような緊張感ですな」
そう言って、進むジーマンさん。俺達は物陰に隠れる。
ジーマンさんが声を掛ける。女性が驚く。少し何かの話をする。女性の警戒心が解けていく。ふと、女性が驚く。いくつかの会話を重ね――ジーマンさんがこちらに、女性にバレないようにサムズアップを見せて来た。買い取り成功したようだ。
近くの理髪店へと向かう2人。
因みに、理容院の前に立って三色でクルクル回っているアレの意味をご存じだろうか? 白、赤、青でクルクル回って常に上昇して見える面白いアレだ。子供の頃、大喜びして見ていたが、営業で理容院に言った時に聞いて驚いた。白は包帯、赤は動脈、青は静脈を表しているというのだ。
何故そんな物が理容院の前に飾られているのか? わりと本気の近代まで、理容師が外科医を兼ねていたためである。
髪を切れるほどに洗練された刃は高価だ。それを安全に扱える技術者も少ない。だから、髪を切れる人間は肌も切れた。そういうわけで、理容室=外科治療をしてくれる病院でもあったわけだ。
なので、理髪店はぶっちゃけ俺の体感だと現代日本並みに多い。少し歩けば理髪店がある。そういう事情で、理容院が多い。
というわけで手軽なナンパみたいなノリで、作業していた女性を理髪店へ向かわせつつ、その女性が働いている店のオーナーだろうか、親かもしれないが、その人に何かを手渡す。多分金を渡した。
「見失わず、バレないように追いかけよう」
そう言うと
「承知」「ん」「りょ」
三者三葉の返事の後――全員消えた。あの……俺の護衛も居なくなったんですが……。
しかもどこへ行ったかも解らない。辛うじてサーシャかリーシャのどちらかはジャンプして建物の上に登ったのだというのが解った。もう片方は後ろへ戻って行ったから大回りで回り込む計画かもしれない。アーチボルトの傭兵がどこへ行ったかは皆目見当もつかない。
仕方なく一人で護衛する。
少し後ろの路地で「ぐぎゃ」だの「うえ」という声が聞こえた気がしたが、その後何も無かったので気のせいだと思う。
ジーマンさんと女性が理髪店へ入っていき、少しの時間が経つ。
「中々やりますな、あの少年兵達は」
「うひゃ!?」
いつの間にかアーチボルトの傭兵が後ろに居て、声を掛けてきた。振り向く、「申し訳ござらん」と会釈をしつつ、すぐに話題を戻した。
「同じ傭兵のよしみとして報告させて頂きますが、解散した瞬間から今この時の間までに、御身を狙う不届き者がござった。が、あの少年兵どもが無傷で制圧。財布に余裕があるならば、追加報酬を払っても良いやもしれませぬ」
「ありがとう、検討させてもらうよ。それで、なんの用かな?」
ただ会いに来たわけでは無いと察して、俺は問う。
すると、アーチボルトの傭兵は言った。
「ディーゼル傭兵団が壊滅したという情報は我がアーチボルト傭兵団も存じておりました。ディーゼル傭兵団は、傭兵団にしては善良であると、一部では有名だった故。天下に名高きファラン子爵家が懇意にするのも頷ける練度と誠実さを持った傭兵団でござった。噂では副団長が未だに、行き場を無くした子供達をより良い場所に預けるための慈善活動中だとか。壊滅の件、まことに、お悔やみ申し上げまする」
そう言って、アーチボルトの傭兵はまた俺の認識の外へと姿を消した。
俺が前世の、現代日本でアニメだなんだを楽しんでいた頃に妄想していた「傭兵」ってのは、だいたいが悪役だったり、戦闘狂だったりしていた気がする。
リーシャ、サーシャもそうだけど、さっきの傭兵とかとも話してみると――そこには、生活があるんだ、と実感する。
そして……
「買ってまいりましたぞ、アルメル様……」
どこか疲れた様子で麻袋を手にジーマンさんが言うので、社畜としてまだまだだなぁ、と思いつつ満面の笑みを浮かべて、俺は言った。
「手順書は作成済です。ジーマンさんの工場の職人で今から伝える商品『カツラ』を作らせてくださいませんか。試作品を3つ~4つ。それをもって、薄毛に悩む貴族向けにこれを販売する権利を無償でお渡しいたします。そして、このこの条件の了承をもって、本命商品の販売を貴社に委託したい。そうですね。例えば……純利益の10%などで、いかがでしょう」
明日(2026年2月20日)は悲しいかな出張のため多分更新出来ません。
埋め合わせは必ず連休で!




