第9話・本音を隠す仕事というのがあったので
ファラン家の屋敷は少し高い場所にある。なので庭には町をある程度見渡せるスポットがあって、そこに立つ屋根付きのベンチ、ガゼボに案内した。
「おやおや、素敵な場所に案内頂いて。こんな場所があったんですなぁ。あ、もしかしてあそこは私の家ですかな? 自慢の家なのですが、小さく見えますなぁ」
ジーマンは軽口を叩きながら椅子の前まで進むがすぐには座らず、俺達全員が座ったのを確認してから腰掛けた。
「普段使わないからな。客人をここへ招くという発想が無かった」
お父様は懐かしそうにガゼボを見渡す。確かに、これだけ広いと、自分の屋敷なのに「懐かしい」という感情になってしまう場所があってもおかしくはないだろう。
「久々に来てみると、良いものだな」
お父様がそう言うと、隣のスレイン兄が「そうですね」と頷いた。
「さ、それでは話を聞こうか、ジーマン殿」
そう仕切ったのはお父様だ。ジーマンさんの目的が俺との商談だと確定しているなら俺が仕切るべきだが、解らない以上、一番目上の人間が仕切るのが鉄板だろう。
「いえいえ、ファラン卿、そのような畏まった話ではございません。以前、魔法灯の件で、アルメル様のお世話になったではありませんか。その後いかがかと思いましてね」
と、ジーマンさんは言う。
因みに営業界隈においてその後いかがでしょうか、というのは往々にして進捗確認を意味する事が多い。
魔法灯の諸々の権利はギルバート商会が持っていったので、ジーマン商会が気にするのはそこでは無い。
だから俺はあえてにっこり笑って意地悪を言う。
「魔法灯の売れ行きについては、町を見れば解りますでしょう」
「まぁ、そうですな、そっちの開発よりもどちらかというと……新しい商品のアイデア等がありましたら是非にと、ご挨拶を」
と、悪戯っぽくジーマンさんは言う。まぁそれはそうだろうが、俺は意地悪を続ける。
「残念ながら未だアイデアは無い、というより、多すぎて手が付かないのです。……逆に、こういうのがあったら良いなというアドバイスはございませんか?」
この問いには模範解答がある。ズバリ、サングラスだ。スレイン兄の動向を掴んでいるなら、予想が出来てもおかしくない。
しかし、ジーマンさんは言った。
「最近ですな、嫁が仲良くしてくれないのです」
と。
「……嫁、ですか。いや、あなたくらいの年齢なら普通な気はしますが……」
「普通では困るのです! 私が嫁にどれだけの財産を与えてきたか……。もっと仲良くしたいので聞いたのです、何がそんなに気に食わないのかと!」
「聞いたんですね。……すごい勇気だ」
「嫁は言いました…………ハゲが気に食わない、と…………」
「ああ…………」
いつの時代もそれか……。
「なので、この禿をなんとか出来ませんかな」
そこまでジーマンさんが言うと、お父様が割って入る。
「流石に抜けた髪を生やすのはアルメルでも無理だろう」
その苦笑はどこか残念そうだった。お父様も遠からずそちらへ行くからね……。そして残念ながらお父様の言う通りで、俺には無理な話だ。だって現代日本でも解決出来てないし。現代日本知識でチートしてる俺には現代日本以上の活躍は無理なのである。
「なにもこう、生やすまではしなくても良いのですがなぁ」
と、もやもやした様子のジーマンさん。
俺は助け船を出す事にした。
「因みにそういうアイデアがあるとしたら、どこまで販路を拡大出来ますか?」
「国内ならどこまでも」
と、ジーマンさんは即答し、続けた。
「ジーマン商会は跡取りには必ず国内全土を旅させた後に会長の座を与えますので、全国各地に伝手がありますぞ」
まさに欲しかった情報だ。しかし、俺は問う。
「もしも半年が納期なら?」
と。
「半年。……半年ですな」
と、ジーマンさんは考え、お父様を見て、スレイン兄を見て、スレイン兄をしばらく見て、そしてふと、言った。
「ああ、申し訳ございません、あまりにも見目麗しかったので見惚れてしまいましたわい。次期当主のスレイン様、そういえば、今年でおいくつになるのでしたか」
スレイン兄は答える。
「14です。来年で騎士団に入団します」
「おお、それはなんと心強い。パラノメールは安泰ですな。おっと、話が逸れてしまいました。なんだったか、販路をどこまで拡大できるか、でしたな。例えば、そう、例えばですが…………魔都、メルヘンラークまで、あたりですかな?」
そして俺に向けられた目が言っている。「これでいいか?」と。
俺は微笑む。
「素晴らしいですね! 実はアイデアがあるんです。明日改めて打ち合わせしましょう。俺は護衛を2、3人連れてきます。ジーマンさんは口の堅いのを揃えてくれれば何人でも。一緒に町を歩きながら、どうでしょうか」
と、俺は握手を求める。
「勿論、いつでも、お相手させて頂きますぞ」
と、ジーマンさんは握手に応え、そして、今日のところは去っていった。
「……もしかして、年齢は言わなかったほうが良かったかい?」
と、スレイン兄が聞いて来る。流石だ、あの質問で情報を読まれたと察したのだろう。
「いえ、言って頂けて良かったです。ジーマンさんはおそらく、半年という納期、すなわち次の春までという所から、進学か就職が関係していると読んだ。そしてスレイン兄の年齢からアルフレッド兄の年齢を読んで、神学か魔法学に進んでもおかしくない年齢か否かを予測したんだと思います」
その言葉に、スレイン兄はホッとしたようにため息を吐いた。
次に言葉を発したのはお父様だ。
「それで、俺が信頼を寄せる商会は、お前の信頼に値するか?」
その答えは決まっていた。
「最高です、お父様」
ジーマン商会は、スレイン兄の動向から「目を覆う何かを開発した」と読んだのだろう。
そして目を隠したい目的を、突然変異の保護と判断した。
だから、ジーマンさんは唐突に言い出したのだ。「頭を隠したい」と。つまり、髪の毛を隠すアイデアがあるのかと。
サングラス開発まで読んでくれていれば御の字と思っていたのに、その先の突然変異保護までたどり着いた。
それだけでは無い。極めつけがある。
俺はその理由を、2人に告げた。
「開発者の俺は突然変異を保護したい側だと確定しつつ、スレイン兄やお父様がどちらか解らなかったため、あの人は終始、隠語を使ってくれました。彼は、突然変異を保護したい側の――味方です」




