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第1話・当たり前のこと

 魔法有りの異世界に転生して5年が過ぎた。


 ファラン子爵家の三男として性を受けたと知ってファラン子爵家が納める領地がなかなか良い立地である事や、三男という絶妙な立ち位置を把握して、最初は喜んだ。前世は苦労したが、今回の人生はきっと順風満帆に違いない。メイドさんに服を着せてもらって、美人で優しい母上、と厳しくも頼りがいのある父上。


 俺が視た事があるアニメや漫画だとだいたいイジメてくる兄が居るものだが、兄上は二人とも優しい。


 家族で食事を摂る。


 長テーブルに複数本の燭台(しょくだい)。蝋燭の火だけを頼りなので、肉料理が美味しそうな見た目をしているかどうかもよく解らない。それでも、盛り付けの形だけで高級なんだなと解る品々。もう遠い昔だが、夕餉(ゆうげ)の度に前世の現代日本を思い出す。


 ブラック企業撲滅運動と言ってオフィスビルは19時を過ぎると消灯するようになっていた。それでも俺は21時くらいまではいつも働いていたので毎日3時間ほどは暗い中で、自前のデスク用ライトを使って働いたものだ。


「スレイン。稽古の進捗はどうだ」


 食事を摂りながら、父上が長男に声をかける。スレイン兄は食事の手を止め、答える。


「はい。本日は、先日と引き続きファラン流三の型の理解を深めました」


「会得はいつだ」


「師の見立てでは、残り5日ほどかと思われます」


「ふむ、順調だな。三の型まで会得出来たら、約束通り狩り用の剣を買ってやる。精進するように」


「はい」


 そしてスレイン兄は食事を再開。


 父上は次に、次男に声をかける。


「アルフレッド。今日はどうだった」


 聞かれたアルフレッド兄は渋い顔をし、食事を続けながら答える。


「難しいですね……。進捗と言える進捗はありません……」


「今取り掛かっているのは水魔法の理解だったな」


「はい」


「魔法学を志す者はやはりそこで相当苦戦するのだな。我が弟もそこで数か月を要していた」


「叔父上もですか!?」


「ははは、そうだ、あの男が、初級の水魔法でだぞ。考えられんだろう」


「はい、想像もつかないです」


「そうだろうとも。だから気にせず、気長に、慎重に学びなさい。魔法学校へ進める年までにはまだ時間がある。慌てず、丁寧にだ。間違っても、近道を探そうとするなよ」


「はい、肝に銘じます」


「さて」


 父上とアルフレッド兄の話が終わり、俺の番が来る。心無しかスレイン兄とアルフレッド兄に緊張が走ったような気がした。


「アルメル、今日はどうだった」


 俺に話が振られたので、食事を続けながら答える。


「はい。今日はシャーリーから光魔法について教わりました。まだ聞きかじった程度なので使えません」


「それだけか?」


「はい」


「……本当に? 使えていないんだな? 間違いなく」


「はい」


「そうか、ならよかった。お前も焦らず、ゆっくりでいいんだからな。まだ5歳。本当なら文字だってまだ早いくらいなんだ。13歳のスレインや10歳のアルフレッドに追いつこうとして無茶をしなくていいからな」


「え。はい、もちろんです。そこは目指していません。家督はスレイン兄さまが継ぐべきですし、魔法学への進学はアルフレッド兄さまがすべきであり、ひっくり返ってはいけません。私がやりたい事に、領地や学者という権威は不要ですので」


「それならば良いのだ。無茶をして身体を壊す事こそ最も愚かな行為。貴族として領民を守れるのは、健康あってこそだからな。……本当にゆっくりでいいんだからな」


「はい、解っております」


「そうか」


 父上がどこか安心したように食事の手を止める。兄上二人も少しほっとしたような表情を浮かべた。


 アルフレッド兄が笑いながら話しかけてきた。


「お前にはいくつかの前科があるからな。毎回こういう空気になっちまうのは許してくれよ」


「え? ああ、はい。驚かせてしまい申し訳なかったです」


 前科と言われるのは少々納得出来ないが、物事を焦るばかりに勉強をいくつかスキップしてしまったせいで神の子だなんだと騒がれたりしている。言語の習得にはそれなりに時間を要したものの、算術に関しては現代日本からの転生というチートがあるので一日で終わらせた。その時は父上までひっくり返って驚いていたので、反省している。


 アルフレッド兄は話を続けた。


「しかしまた、どうして光魔法なんだ? 土魔法のほうが初級としては手軽だと思うんだが」


「土魔法もいずれ必要になりますが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と判断しました。そうなると今の俺に必要なのはひとまず光魔法です」


「他ならぬアルメルの頼みなら当然聞くさ。ちなみに光魔法が必要な目的っていうのはなんだ?」


 理由を説明するのは簡単だが、少し考える。実現出来るかどうかも解らない遊びのような行為のためだから、プレゼンをするには時期尚早。もう少し実現可能な目途が立ってから発言したほうが良いと思った。


「夜、トイレに行くたくなる度に蝋燭を用意するのが怖いのです。ほら、私はまだ5歳児でしょう? 夜間のトイレも困りますし、幽霊が怖いと感じるのも困り物です。その対策として、光魔法を会得する事が適切であると判断しました」


「幽霊怖がる五歳児の喋り方じゃないけどな」


 あはは、とアルフレッド兄は豪快に笑う。


「でもよかったよ」


 ふと、スレイン兄が話に入ってきた。


「アルメルにも子供らしいところがあってよかった。もしも幽霊が怖くて眠れなければ、一緒に寝てもいいからね」


 とても健全で優しい兄だが、実際俺の精神年齢は30前半だ。30前半の男が12歳の男の子と一緒に寝るという絵面は倫理観が許さない。それっぽく流す事にする。


「ありがとうございます。その時はお願いします」




 夕餉を終え、各々が自分の部屋へ戻る。


 父上、母上、スレイン兄、アルフレッド兄そして俺の5人それぞれに一人ずつのメイドが着き、部屋まで明かりを持って付き添う。その中でも俺お付きのメイドシャーリーは光魔法を少しだけ使えるため、蝋燭やランタンではなく光魔法で道を照らしてくれる。


 光はそれほど強くない。暗闇を照らす非常灯くらいの明るさ。大貴族の中には魔法使いを部屋に同行させて室内を煌々と照らす贅沢者も居るらしい。でも魔法使いは貴重だ。魔獣等も生息しているこの世界において、強い光を長時間維持出来るほどの魔法使いをそんな小間使いにするような贅沢は、普通は好まれない。


「今日はありがとね、シャーリー」


 茶色い髪、茶色い瞳。素材は可愛いとは思うけれど、そばかすがコンプレックスで猫背、コミュ障等が重なり、漫画みたいな美少女メイドハーレム、という事は無い。精神年齢30前半の俺にとって、14歳の彼女は若すぎるというのもある。


 スレイン兄お付きのメイドは俺好みでいつも頭の片隅にある。俺がスレイン兄だったら絶対に手を出してる。……という事を考えて悶々とするまでが俺のルーティンだ。


「いえ、あの、お役に立てて、その、光栄、です。……また、明日も、ですか?」


「うん。効率化と省エネについて研究したいから、協力してくれると助かるよ」


「しょう、えね……?」


「ああ、そうだね、より少ない力で、より大きな力を出す方法を探しましょう、っていう事だよ」


「あ、はい、承知しました。……それでは、私は、これで……」


 シャーリーが部屋から出ていく。


 明かりが窓から入る月明りだけになったので、蝋燭を灯した。


「…………くらい」


 俺には不満がある。


 貴族の産まれとか、魔法が使えるとか、前世の記憶があるから強くてニューゲームが出来るとか、それらのハッピーな要素を帳消しにするほどの不満が。


 それもひとつやふたつではない。山ほどの不満。そのうちのひとつがこれだ。


「暗い!!」


 思い起こすは前世の記憶。節電とブラック企業阻止のために真っ暗な事務所から出たら街は明るかった。その明るさが俺を仕事から解放する、幸福な瞬間のひとつだった。


 仕事は好きだった。でも、それはやりがいとか達成感とかがあったからこそ。仕事を終え、夜の光を浴びることこそが俺の幸せだった。


 真夜中までやってるラーメン屋。昼と変わらない明るさの終電。目をこらす必要の無い夜道。


 それがどうだ、この世界は。夕方が終わればもう暗黒だ。朝まで真っ暗だ。一日の半分が何も見えない。もったいない。生産性が無い。こんなストレスがあっていいものか。


 断じて否。否である。


 だいたいなんだ今時蝋燭で生活って。なんの儀式かといつも思う。


 シャーリーから教わった光の魔法を発動させる。


 体力を消費する――体内のエネルギーを魔力に変換し、その魔力を光に変換する魔法。


 ぼつぼつと点滅を繰り返す弱い光。これでは屋外の風に揺れる蝋燭と変わらない快適さ。つまり室内ではまだ蝋燭のほうがマシ。こんな状態では、父上に会得しましたと報告出来るわけがない。


 魔法には二種類ある。ひとつは外部の魔力を使い外部の物体を操作する妖精魔法(ようせいまほう)。もうひとつは自分の中で魔力を生成しその魔力を何かに変換して利用する根源魔法(こんげんまほう)だ。何故この呼び方なのかは未履修。


 光魔法は根源魔法。アルフレッド兄が挑戦している土や水の魔法は妖精魔法だ。俺はこの魔法を使ってこの世界を、あの快適だった現代に近付けたいのだ。現代日本の生活水準に慣れ親しんだ俺が、こんな生活で我慢なんて出来るわけがない!


 電気を生成する知識は俺には無い。生活を改善する発明をする専門知識は何一つとして持っていない。それでも俺には前職――営業で培った多種多様な業界の浅い知識がある。


「やってやる……」


 昔のホラー映画みたいな不安を煽る不安定な光の中、俺は今夜も研究を進める。


 前世の浅い知識を魔法でフォローして生活改善するための研究を。

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