12,5話・なんかのフラグが立ったようで
※三人称です。主人公は登場しません。
ディグステニア王国タクシス州にある城郭都市パラノメール。
ファラン子爵家が治める町のとある酒場。その最も奥のテーブルで2人の男が座っていた。そこへ、もう1人のフードを被った男が加わる。
「お久しぶりです、ファラン卿。騎士団長殿の護衛とは、豪華ですな」
ファラン卿と呼ばれた厳格そうな男はファラン子爵家の当主ダグラス・オース・ファラン。もう1人の熊のような男は、ファラン家が擁する騎士団の団長ジャン・ハッシュバルという。
ジャンはフードの男が席に着いたのを確認すると、カウンターに向けて手を挙げた。
「護衛では無い。戦友との楽しい飲みの席だよ」
ダグラスは悪戯な笑みを浮かべた。
「お戯れを」
フードの男はどこか嬉しそうに、しかし含みのある笑みを浮かべる。
ダグラスはそこで、少しの違和感を覚える。このシンシアという男、以前はもっと豪快な男だったが、何があったのだろう、と。
ウェイトレスがエールがなみなみ注がれた木のグラスを、泡を滴らせながら運んでくる。ふくよかな妙齢の女性は、慣れた様子で尋ねた。
「いつものかい?」
「ああ、それで頼む」
ダグラスは答えた。
「あいよ。待っててね」
そう言ってウェイトレスはカウンターのほうへ戻っていった。
「それじゃあ早速いただこう。――かんぱい」
ダグラスの音頭と共に、三つのグラスがお互いを小突き合った。
3人が各々の量のエールで喉を潤した後、ダグラスがフードの男に尋ねた。
「それで、そちらから接触してくるなんて珍しいな。何があった。シンシア副団長」
副団長、というが、シンシアと呼ばれた男は騎士団の所属では無い。ディーゼル傭兵団という、ダグラスが愛用していた傭兵団のひとつ。そこの副団長なのだ。
シンシアは木のグラスを置いて、浅く息を吐く。
「ちっとやばい案件に首をつっこんじまいましてね。ディーゼル傭兵団は壊滅しました」
「…………そうか」
努めて淡々と語るシンシアに合わせて、ダグラスも淡々と返事をする。騎士団長のジャンも目を剥いて驚いていたが、2人の会話を邪魔しないよう、声を抑える。
「それで、シンシアが挨拶に来たという事は、ディーゼルは?」
「はい、戦死しました」
「……惜しい男を亡くしたな」
「はい」
ウェイトレスが「ほいな」と元気よく皿を運んできたが、空気を察したのか、皿を置く時は静かだった。チーズとハムを切っただけの簡単なツマミだが、酒のアテには丁度良い。
「俺がディーゼル傭兵団を初めて使ったのはいつだったか」
ダグラスがふと考える。
「ドラゴン退治じゃないっすか?」
シンシアが答えるが、ダグラスは首を横に振る。
「それは先代の頃だ。俺が騎士団長だったから覚えている。俺からの初の依頼はなんだったか」
「えー、それじゃあ」
少しばかり談義が盛り上がる。ダグラスとジャンの酒は2杯目となり、テーブルには魚料理が追加されていた。
「どうした、呑まないのか。ディーゼルに劣らず、酒豪だった覚えがあるが」
酒の進んでいないシンシアにダグラスが促す。だが、シンシアは木のグラスを親指でなぞり、首を横に振った。
「まだ、やる事があるんで」
シンシアはどうやら緊張しているようだ。ため息とも深呼吸とも解らない呼吸を、何度か繰り返している。
「やること?」
「はい」
言いにくい事なのか、シンシアは中々それを言わない。
ダグラスはわざと笑って言った。
「騎士団に入りたいというなら歓迎だぞ。ディーゼル傭兵団の練度ならばそうだな……何人くらいまで増やせる? ジャン」
「それは閣下次第ですよ。騎士団としては強い兵は多いに越した事ないですが、強い兵は高いので」
おどけて見せる2人につられて、シンシアも笑う。
「ありがてぇ誘いっすけど、生き残った団員は別の傭兵団に移ったりしてるんで、大丈夫です。俺は、行先は決まってませんが、やる事があるので」
表情が少しほどけたので、ダグラスが核心を訪ねる。
「やる事とは、なんだ」
渡りに船の質問だったのだろう、自分からは切り出しにくく、ダグラスから訪ねて欲しかったらしい。シンシアは答えた。
「子供達です。団員が戦死して引き取り手が無い子供達を、今、俺が預かってます」
「…………」
残念だが、よくある話だ、と、ダグラスは諦観する。戦いで生計を立てる以上は、避けられないリスクだろう。
運が良ければ孤児として教会に保護される。だがその救済のリソースは決して多く無い。ほんの一部のみが得られる救済だ。
多くは泥棒になるか盗賊になるか、娼婦になるか奴隷になるか、乞食になるか。いずれにしても誇りある生き方どころか長生きも出来ない。
「そこで……そこでなんすけど、ファラン卿。俺今、今までの客の中で信頼出来るって思った人を当たってまして……全員とは言いません、2人だけ、なんとか2人だけ、雇ってもらえませんか。団長の子供達です」
シンシアは縋るようにしてダグラスの手に触れる。ダグラスはその手を容易く握り返す。
「2人? もう少し頑張れるが」
息子のアルメルがとんでもない発明をしたので、小間使いや自分用の執事を雇うよう進言してみても良いかもしれない。
「いえ、2人です。……事情があって」
「事情というと……?」
シンシアは握られた手を放す。深刻そうな面持ちを隠すために顔を下げるが、かえって俯くような形になっていた。
「目と髪の色がね、ちょっと……。双子なんすけど、片方が赤。片方が青」
「……それは、赤みがかった茶色と、青みがかった黒、という事か?」
シンシアは「いいえ」と首を横に振る。
「燃え盛るような赤と、晴天のような青です。目に至っては左右でその色を分け合っている……オッドアイと呼ばれる物なんですわ」
それは確かに深刻だ、と、ダグラスは静かに動揺する。
双子で、燃えるような赤い髪。晴天のような青い髪。瞳はそれを分け合ったかのように交換され、オッドアイになっている。およそ一般的な人間とは懸け離れたデザイン。
「突然変異か」
「…………そうっす」
魔力の影響で獣から魔獣が生まれる事があるように、人間も例外では無く、突然変異の個体が生まれる事がある。繁殖力が極めて弱いため、産まれては絶え、産まれては絶えを繰り返す、貴重な存在だ。
だが、貴重だから大切にしよう、という倫理観は、この世界にはまだ無い。金を払える好事家達が高く買い取る。奴隷として売れば、しばらくは働かずに食っていける。
「…………まさかとは思うが」
「はい、女の子です。10歳の女の子。間の悪い事に、目鼻立ちも整っている」
この世界に麻雀は無いが、トリプル役満だ。
貴重な突然変異個体で、目鼻立ちも整った10歳の女の子が、親を失い露頭に迷った。
普通に考えれば、生きていくために行きつく先は高確率で――好事家の性奴隷だ。
「わかるでしょう。どうなるかなんて……でも、嫌なんす。団長の……ディーゼル団長の子供がそんな目に遇うなんて……。だから」
シンシアはがっしりと膨らんだ麻袋を取り出し、テーブルの上に置いた。中身は金だろう。
「これ、ディーゼル団長の財産です。子供達と一緒に引き取ってください。傭兵としてのスキルは叩き込んでます。簡単な作戦行動になら何度か連れて行ってるんで実績があります。メイド、使用人、騎士、なんでも行ける。だからどうか……団長の子供達に、誇り有る人生を歩ませてやって欲しい」
シンシアは椅子から降り、床に手足を頭をこすり付け、懇願する。
正直、自信はあまりなかった。それがダグラスの本音だ。
突然変異の個体は差別を受ける。
好事家に売りさばこうとする親。守ろうとする親から誘拐し、時に親を殺してでも奪い好事家に売ろうとする野盗。家に閉じ込め、誰にも会わせず、一生外に出さないようにする貴族。守り抜くのは至難の業だろう。
そうでなくても、畏怖される事が多い。周りと違う髪や目だから気持ち悪いと蔑まれる。身体能力が高かったり特殊な力を持つため化け物だ、魔獣の類だと誹謗中傷される。突然変異の個体に、およそ人権と言えるものは無い。
それでもダグラスに迷いは無い。
ダグラスも同様に床に膝をつけ、「頭を上げろ」とシンシアの肩を持ち上げる。
「ディーゼルは俺の戦友だぞ。戦友の子供が悲惨な人生を送るなど、俺にだって耐えられない。だからシンシア、その願いは俺の願いでもあるんだ。そんなに畏まる必要は無い。こちらから頼む。どうか引き取らせて欲しい。必ずや、誇りある人生を歩ませてみせると」
ここで見捨てては、妻のヘンリーに顔向け出来ないと、ダグラスは思った。
「ありがとう……ありがとう」
いつの間にか泣き出していたシンシアを立ち上がらせ、座らせる。ウェイターに酒のおかわりを持ってくるように注文する。
「お前だって俺の戦友だ。全ての子供に決着が付いた時にまだ行く宛が無いなら、俺の所へ来い。騎士団に入れてやる」
その後、シンシアは緊張から解放されたためか、豪快に呑んだ。しかし、酔い潰れる前に、その子供達は後日連れてくると言って、アジトへの帰路に着くのだった。




