第50話 俺の心臓は、これからも
春は、静かに始まっていた。
卒業してから、少しだけ時間が経った朝。
街の空気は、どこか新しくて、落ち着かない。
「……慣れないな」
俺は、小さく呟いた。
制服を着ない朝。
学校に行かない日常。
変わったのは、たくさんある。
でも――。
⸻
「おはよ、悠斗」
聞き慣れた声が、すぐ隣から聞こえた。
「……おはよう」
ひなたは、いつもと変わらない距離で立っている。
進学先は別。
通う場所も、生活リズムも、少しずつ違ってきた。
それでも。
「今日、駅まで一緒だよね」
「ああ」
並んで歩くこの時間は、変わらない。
⸻
駅へ向かう道。
朝の光が、二人の影を前に伸ばす。
「不思議だね」
ひなたが言う。
「何がだ」
「環境、全部変わったのに」
少しだけ、俺の袖を掴む。
「距離、変わってない」
俺は、自然にその手を取った。
「変える理由、ないからな」
「うん」
それだけで、十分だった。
⸻
駅前。
人の流れの中で、立ち止まる。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、行ってこい」
以前なら、
別れ際は少しだけ寂しかった。
でも今は。
「ねえ、悠斗」
「なんだ」
「今日も、生きてる?」
いつもの確認。
「……お前のおかげでな」
ひなたは、満足そうに笑った。
「じゃあ、明日も確認しに行く」
「毎日来る気か」
「当たり前でしょ」
そう言って、ひなたは小さく手を振る。
⸻
一人になったホームで、俺は深く息を吐いた。
世界は変わっていく。
時間も、場所も、少しずつ。
でも――
俺の心臓は、ちゃんとここにある。
ひなたの隣で鳴ることを、
もう迷わない。
近すぎて困った日も、
ドキドキで眠れなかった夜も、
全部、ここに繋がっている。
「……これからも、だな」
呟くと、不思議と胸が落ち着いた。
⸻
俺の心臓は、これからも生きている。
彼女の一言で騒がしくなって、
隣にいるだけで落ち着いて、
ときどき、殺されかけながら。
それでいい。
それがいい。
俺の心臓は、
これからも――
朝霧ひなたの隣で鳴り続ける。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
『俺の心臓を殺しにくる』は、これにて完結です。
最初は
「距離感がおかしい女の子に振り回される学園ラブコメ」
として書き始めましたが、
気づけば“日常の中で少しずつ関係が変わっていく二人”の物語になっていました。
大きな事件が起きなくても、
特別な能力がなくても、
誰かが隣にいるだけで心臓がうるさくなる。
そんな感情を、少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
悠斗とひなたは、これから先もきっと
・近すぎて
・甘すぎて
・ときどき心臓に悪い
そんな日常を続けていくと思います。
最後までお付き合いいただいた皆さま、
ブックマーク・評価・感想をくださった皆さま、
本当にありがとうございました。
またどこかで、
別の物語、あるいはこの二人の「その後」で
お会いできたら嬉しいです。




