√ 八・ググレ暗黒教典②
洋館で飼われている、爪が鋭く鳥のようなクチバシがある、四脚のケダモノ骨格に乾いた人皮を貼りつけたような奇怪な生物……『魔猟犬』たちの、不気味な鳴き声が近づいて来るのを男女は感じた。
追ってくる洋館の使用人たちの声も聞こえてきた。
「絶対に逃がすな!」「館に連れ戻せ!」
男が女の手を握って立たせる。
「逃げよう」
歩き出そうとした時──茂みの中から、ナックラ・ビィビィ一行が現れた。
「ペッペッ、口の中が塩だらけじゃ……これだから岩塩の森を通り抜けるのは厄介じゃ、道標が必要じゃな……んっ!? 人がおる」
怯えている男女を見て、しばらく考えていたナックラ・ビィビィが呟いた。
「そうか、ググレ暗黒教典の失われていた欠片を、そう解釈してしまったのか」
男女が怯えていると、後方からおぞましい姿の生き物が数匹現れた。
現れた魔猟犬は、ナックラ・ビィビィの姿に一瞬たじろぎ、ヨダレを流しながらクチバシを開けて牙を剥き、地獄の車輪が廻るような耳障りな唸り声を発する。
それを見て鼻で笑うナックラ・ビィビィ。
「ふんっ、ググレ暗黒教専属の『召喚師』が異界から呼び出した魔猟犬か……猟犬と名が付いてはいるが、犬とは別物……まったく、怖くはないわい……どれ、元の世界に還してやるかのぅ」
ナックラ・ビィビィは、手の甲に現れた魔導生物の目に魔導カードを差し込み、スラッシュさせる。
黒い幾何学模様の魔導円が魔猟犬たちの頭上に出現して、魔猟犬は砕けるように魔導円の中に吸い込まれ消えていった。
魔猟犬が消えていく最中に、洋館から逃げた男女を追ってきて追いついた。使用人たちは、粉々になって魔導円に吸い込まれていく魔猟犬を見て驚愕する。
「まさか、召喚師が召喚した魔猟犬が。あんな高等魔導を使えるのは、西方ではただ一人だけ……あの少女が、まさか!?」
手に人間捕獲道具を持った使用人たちから、遅れて狩猟服姿をした、洋館の主人と妻が現れた。
現れた洋館夫婦の顔は、逃げてきた男女と同じ顔をしていた。
初めて見た洋館夫婦の人相に、驚く洋館から逃げてきた男女と、つられて驚くギャン・カナッハ。
「同じ顔? どういうコトだ?」
ナックラ・ビィビィは、洋館夫婦が首から下げている金色をした二枚貝型のロケットペンダントを凝視しながら言った。
「そのペンダントのロケットの中に、過去に洋館の書斎で発見した〝ググレ暗黒教典〟の失われた断片が入っているのだな」
洋館の夫婦は、ナックラ・ビィビィに向かって丁重に頭を下げて言った。
「お久しぶりです……ビィビィ先生」
ギャンの頭の上に「?」の群れが飛び回る。
ナックラ・ビィビィは、少し懐かしむ口調で言った。
「大きくなったのぅ……あの時の子供が、イトコ同士で本当に結婚してしまうとはのぅ……口約束だけではなかったか」
頭の上に「?」が群れなすギャンが、ナックラ・ビィビィに説明を求める。
「前にも一度、この地を訪れたコトがあってのぅ……数日間ではあったが、洋館で家庭教師をして子供だった二人に勉強を教えた」
ナックラ・ビィビィの話しでは、その時に書斎の書物の間に挟まっていた邪悪な教典の欠片を、イトコ同士で遊んでいた二人は発見してしまった。
「思えば、あの時に強引にでも奪って燃やしてしまえば良かった……儂の失態じゃ」
ナックラ・ビィビィは、洋館の主人となったイトコ同士の夫婦と。
同じ顔をした男女を眺めながら、洋館の主人に向かって手の平を広げた片手を差し出す。
「さあ、儂にあの時、見つけた教典の欠片を渡せ……信者になってしまった以上、欠片でも人の心に歪みを生み出す邪悪な教典は燃やさねばならん」
「渡せません、グレゴール大司教さまの教えで、信者でない者に教典を触れさせてはならぬと」
「ふんっ、あのクソ親父が言いそうなコトじゃ……ググレ暗黒教典は、人の心を蝕み歪ませる闇の教典じゃ──とは言え、数日間でも家庭教師をして勉強を教えた生徒の二人に手荒なコトはできん……どうしたら良いものやら」
少し考えてからナックラ・ビィビィは、リャリャナンシーに言った。
「リャリャナンシー、お主の眼力を今こそ使う時じゃ……石化能力の眼力を」
リャリャナンシーが体の中に隠していた、コウモリの黒い羽を背中から露出させて広げる、羽に数個の目が現れる。
リャリャナンシーが、居合い斬りをするような 低姿勢のポーズをとってナックラ・ビィビィに言った。
「やはり、わたしの眼力効果を知っていたのか」
リャリャナンシーの兜の赤い光点が紫色に変わり、紫色の光線が洋館夫婦に浴びせられる。
洋館の主人は紅い鉱石に、妻は青い鉱石に石化した。
ナックラ・ビィビィが鉱石化した洋館夫婦から、金色シェルのロケットペンダントを外すと。振動で石化した衣服が剥がれ落ちて、石化した洋館夫婦は裸体像に変わった。
リャリャナンシーが言った。
「心の色で石化した時の鉱石は変わる、十二時間を経過したら石化は解ける──欠けたり破損したら、石化したまま。水を浴びても石化したままになって元には戻らない──十二時間の間に、石化した者の体を磨けば、心と体が輝く」
曇天が広がりはじめた空を仰ぎ見ながら、リャリャナンシーが言った。
「雲行きが怪しい、雨で濡れる前に石化した像を移動させた方がいいぞ」
使用人たちは、慌てて主人夫婦の石化像を洋館へと運んでいった。
使用人たちの姿が見えなくなると、ナックラ・ビィビィは二枚貝型のロケットペンダントを開く。
中には虫食い穴が開いた、古い紙切れが入っていた。
ペンダントを地面に置いたナックラ・ビィビィが、リャリャナンシーに言った。
「頼む、燃やしてくれ」
リャリャナンシーが忍者刀の鞘先に付いている火打ち石で、ググレ暗黒教典の欠片に着火させると邪悪な教典は黒い煙を出して、燃えて灰になった。
三日月型の魔導杖の柄を水平にして背中に押し当て、背中を反らす運動をしながらナックラ・ビィビィが、洋館から逃げてきて怯え続けている男女を見ながら言った。
「さてと、お次は……お主ら二人の未来じゃな」
◇◇◇◇◇◇
数十分後──ナックラ・ビィビィたちと、洋館から逃げてきた男女は【アルプ・ラークル】の町にいた。
男女は、ナックラ・ビィビィから衣服を買い与えられ、旅の旅費と西方王宛の手紙を渡された。
「お主らは自由じゃ、この町の外れに儂の昔の旅仲間がおる、その者に手紙を見せれば西方王の元に連れていってくれる……安心せい、西方王はお主らの衣食住の面倒を見てくれるはずじゃ」
男女は幾度もナックラ・ビィビィに向かって頭を下げながら去っていった。
男女の姿が通りの角を曲がって見えなくなると、ナックラ・ビィビィが言った。
「さてと、儂らも出発するとするかのぅ」
歩きながら、頭の上を「?」の鳥が群れているギャンがナックラ・ビィビィに訊ねる。
「いったい、あの二人はなんだったんだ? 説明してくれ」
「錬金術師がフラスコの中で作り出した人造人間〝ホムンクルス〟じゃ……もっとも、あの段階まで成長させるコトに成功すれば小人ではなく……一人の完成された人間だが、ググレ暗黒教典の欠片に書いてあった、虫食い断片文字を誤った解釈をした結果の産物じゃ」
「もう、燃やしてしまったから何が書いてあったのか、知るコトはできないなぁ……残念」
「ふんっ、過去に一度見て内容は覚えておるわい、二つに分けた教典の一片には『ググレ教団……生け贄を……奉仕で……死を』もう一片には『魂……作り出したる……一緒に肉体を……されば天国に』と、書いてあった……洋館のイトコ同士で夫婦になったあの二人は、自分のホムンクルスを作り出して教団に生け贄として差し出そうとしていた……愚かな行為じゃ」
歩きながらナックラ・ビィビィが呟いた。
「自分を捨てるコトなどできん……自分を捨てて幸せになど、人はなれん」
AIみたいな文章で指摘された問題点
【まずは、「普通に読める文章」を書けることを目指したほうがいい。今の文章では「普通に」は読めない。なお、ここでの「普通に読める」とは、「左から右へ視線を動かすことで文意をつかめる(横組みの場合)」あるいは「上から下へ視線を動かすことで文意をつかめる(縦組みの場合)」を意味する。今の書き方では、前後左右の文章を見比べながら「解読する」必要がある。
以下、気になった点をいくつか挙げてみた。
●『、』と『。』とを使い分けよう
『、』と『。』とをそれぞれ本来の意味で使おう。『、』は一般に文の途中にある切れ目を表すことが多い。『。』は一般に文の終わりを表すことに使われる。これらは小学校の国語の授業で習う内容のはずだ。多くの読み手はこれらのことを暗黙的に仮定している。しかし、本作の文章はこの暗黙的な仮定に基づいていない。『。』が置かれていても文が終わっておらず、次の文章に続いている、という箇所がいくつもある。これでは、「文が終わった」という感覚をリセットせざるを得ず、「この『。』は、実は文の終わりではなかった」と思い直して読み直す必要がある。結果として、目線が行ったり来たりを繰り返し、肝心の内容が頭に入らない。
対策としては、自分が書いた文章を声に出して読んでみる、というのがある。『、』は文の途中での一時停止であり、『。』は文の終わりである、ということを意識して読んでみると、文の不自然さに気づけるかもしれない。もし不自然さに気づけないのであれば……、そのときの対策はわからない。
●一文の途中で改行しないようにしよう
前項『●『、』と『。』とを使い分けよう』とも関連するが、『、』を意味する『。』を『、』に置き換えたら、『、』の直後の改行文字を削除しよう。通常の文では文の途中で改行しないことが多い。台詞が後に続く場合などを除き、改行は段落の切れ目を表す。一文の途中に段落の切れ目が来ることは不自然だ。一文が長いと感じたら、接続詞を挟むなどして適度に短い文に分割すればいい。一文の途中で改行するよりも読みやすくなるはずだ。
●段落を意識しよう
段落はだいたいにおいて一つの話題を表す。同じ話題が続く限り、段落は続く。小説においてもだいたいその傾向はあり、動作の主体が変わらないのであれば段落は変わらないことが多い。段落が変わるのは、話題が変わるときや動作の主体が変わるときなどだ。尤も、最近の小説ではそうとも言えない傾向にあるようではあるが。
段落に関しては、『悪文[第3版]』(日本評論社)に興味深い例が載っている。小学生の作文の授業の際に「段落を意識して書こう」と指摘したところ、指摘の前後で見違えるような変化が見られた、というのだ。書籍中には、例文として児童の作文が掲載されている。確かに、指摘前の文章はほとんど一文ごとに改行する箇条書きに近いものだったが、指摘後の文章では明らかに文章量が増加しており、読むだけでその場の情景を思い浮かべられるほどまでになっていた。
段落を意識するだけでそれだけ変わるのであれば、意識しないのはもったいない。文を単位として文章を構成するのではなく、段落を単位として文章を構成したほうが、よりよい文章を書く訓練になるかもしれない。
●主語、述語、目的語、修飾語、その他の語順を意識しよう
一文の中の語順を意識しよう。だいたいの文においては主語があって述語がある。おおよそ「誰それはどうした」のような形になる(倒置法もあるが、ここでは考慮しない)。文の中には目的語がある場合もある。おおよそ「誰それは何々をどうした」のような形になる。修飾語がある場合もある。おおよそ「これこれな誰それは何々をどうした」のような形になる。日本語の場合、修飾する語は修飾される語の前に来ることが多い。目的語は述語の前に来ることが多い。それぞれの語の関係をわかりやすくするためには『、』を適切に使用する必要があるが、本作の文章ではそれが崩れている箇所がいくつもある。そのため、そのたびに「この修飾語は、一体全体、どの語にかかるのか?」と考えざるを得ず、頭の中で文章を再構成する必要がある。こちらについても、対策としては声に出して読んでみるのが有効かもしれない。
●体言止めの使用はとりあえず封印しておこう
本作の文章には体言止めや「動詞の連用形+助動詞+『。』」のような形が見られる。体言止めを多用すると文章が一気に陳腐化する。極々少数であれば効果的かもしれないが、これでもかと多用されると読むのも辛くなる。後者についても体言止めと同様に、多用するとどうにも拙い文章のように見える。言い方は悪いが、「出来損ないの詩」のようにも見えてしまう。体言止めや「動詞の連用形+助動詞+『。』」の使用は却って文章を損なうものだと考えて、最後まで書き切るようにしたほうがいい。まずはきちんとした文章を書けることを目指すべきだ。
●物語世界にふさわしい語や言い回しを使おう
それぞれの作品世界に合う言葉を使おう。別世界を舞台にしたファンタジー作品の中で現代の流行語が出てきたとしたら、それだけで読む気が失せてしまう(「別世界のことを日本語で表現する」という根本的な問題については、ここでは考慮しない)。普段使用している言葉を登場させるにしても、少々古めの言葉に言い換えたほうが「それらしく」なることもあるし、漢語(熟語)については言い換えたほうがいい場合もある。
ある言葉を言い換えたいときには、例えば、『現代語古語類語辞典』(三省堂)のような辞典が役に立つ。なお、この辞典を使用する際は国語辞典と古語辞典の併用は必須と思ったほうがいい。
●説明するのではなく描写することを心掛けよう
説明と描写との間の線引きは難しいところもあるが、描写することを心掛けよう。「見た目が美少女」とは? どれほどの美しさ? 美しさの決め手は何? 一番目の文章の冒頭でその情報を提示する必要はあるのか? 単に人物名を提示するだけで事足りるのではないか? 書き手の頭の中には確固とした像があるのかもしれないが、文章の中からは読み取れない。読み手はそれぞれ勝手に「美少女」の姿を想像するより他にない。これでは単なる記号に過ぎないことになる。物語の進行上では「美しさ」は関係ないのかもしれないが、そうであればわざわざ「『美』少女」とする必要もないように思える。読み手の想像力に委ねるのであれば、単なる記号のほうがよいのかもしれないが。
加えて、「見た目」という語もあまりにも安直に思える。前項とも関連するが、もう少し別の言い回しにしたほうがいい(見目/顔立ち/容貌/容姿/姿/姿形/……、等々、他は類語辞典などを参照)。「ハイファンタジー」なのに、あまりに残念なことになっている。
また、文章の構造として、
登場人物の動作の説明
↓
その人物の台詞
という流れになっている箇所が多くある。これでは、読み進めるごとに手品の前に種明かしをされているような気分になる。あるいは、地の文をト書きと見立てて脚本のように読めなくもない。対策として、台詞の後に描写する、あるいは、描写→台詞→描写、など、いろいろと工夫したほうがいい。試しに、テキストエディタにコピーして台詞の部分を消去してみたところ、本当にト書きのように見えてしまった。説明ではなく描写していたとしたら、台詞を消去したとしても印象は異なっていたかもしれない。
●語と語との関係を意識しよう
ある語と別の語との繋がりを意識しよう。前述の『●主語、述語、目的語、修飾語、その他の語順を意識しよう』とも関連するが、ある語には「繋がりやすい語」と「繋がりにくい語」とがある。「繋がりにくい語」があると、そこで文章の流れが淀む。言い換えると、読んでいて引っかかる。引っかかりがあると、「この場所にふさわしい語は何か」と考え始める。場合によっては各種辞典で調べ始める。場合によってはそこで読むのを止める。
語と語との関係を確認したいのであれば、例えば、『てにをは辞典』(三省堂)のような辞典が役に立つ。この辞典には複数の作家の用例を基に、ある語と繋がりやすい語の例が示されている。他にも類語辞典がある。当然のことながら、国語辞典も役に立つ。書いている最中に語の選択に迷ったら、各種辞典を確認してもいいかもしれない】
★全面、修正は頭割れそうです……かなりの時間を必要とします、読み返して直してはいるわい!文句あるか!




