√ 十・異端暗黒都市【オガム】2
着水した時には桟橋になる場所から、浮遊移動する異端暗黒都市【オガム】にナックラ・ビィビィ一行は入った。
淀み沈んだ空気……吸い続けていると肺の中が腐ってしまいそうな空気だった。
口元を押さえて、顔をしかめたギャンが言った。
「まるで、腐った魚の内臓の臭いだ」
ナックラ・ビィビィが言った。
「この都市に住んでいる者たちには、気にならない空気だがな……さてと、とりあえずは情報収集を兼ねて、宿屋を確保するかオガムには宿屋は少ないからな……ちょうど、あの桟橋先の家に宿の看板が吊り下げられておる、行ってみるか」
ナックラ・ビィビィたちが、石畳の道の隙間からドス黒い液体が染み出ている悪路を進み、宿屋の近くに来ると。
長い柄の黒い大鎌を持った若い女性が宿屋から出てきて、宿屋前に植えられていた赤いハーブを刈り取りはじめた。
ハーブから赤い液体が、血のように周囲に飛び散る。
ナックラ・ビィビィが訊ねる。
「なぜ、そんな大鎌を振り上げてハーブを刈り取っているのじゃ?」
「この方が大量に刈れますから……見慣れない方ですが、旅の方ですか?」
「そうじゃ、今宵の宿を予約したい」
女性は血のような液体が付着した、大鎌を振り払って壁に赤い液体を飛ばして言った。
「残念ですが、今宵はググレ暗黒教の重要な儀式の夜なので。一般の方をお泊めするワケにはいきません。儀式の見学を希望する方でしたら宿泊可能ですが」
「そうか……ならば、見学を希望しよう。このオガムは、ググレ暗黒教の儀式日程で動いているからのぅ」
女性は衣服のポケットから、細長い紙を数枚取り出して言った。
「宿泊は食事とチケット代込みの値段になります……この時間帯なら、多少割り引きさせてもらいます……チケットの払い戻しはできませんから、ご了承を……お食事は、あたしたち家族と一緒にしてもらいます」
思わずつっこむ、ギャン・カナッハ。
「儀式見学にチケット代を払うのかよ!」
宿屋内に入ると、大鎌でハーブを刈り取った女性と顔立ちがよく似ている年格好の女性が四人いて、それぞれが仕事をしていた。
四人はそれぞれ、トゲトゲが付いた金属製の棍棒・金属製の鞭・皮製の盾・投斧を持っている。
大鎌の女性が言った。
「あたしたち、五つ子なんです……あたしが長女の『黒鎌』、そして次女の『青棍棒』三女の『銀鞭』四女の『赤盾』末っ子の『白斧』と続きます……母親は禍々しい瘴気に耐えられず早くに他界して、ググレ暗黒教準信者でレンガ職人の父が一人います」
「準信者?」
「ちょうど、父が帰ってきました」
宿屋の木製扉を蹴り開けて、不気味な容姿の男が現れた。
真っ赤な眼球、ひび割れた白い肌、口には上向きに牙が生えている。
現れた男は、未知の言語を発しながら。手にした黒レンガを五人姉妹に向かって投げつける。
赤盾が飛んできたレンガを防ぐと、絶妙のコンビネーションで娘たちは父親を攻撃する。
口々に同じ内容の言葉を叫びながら。
「努力する者を、誰かが必ず見ていてくれる……嘲笑いながら」
「誰かが必ず見ていてくれる……小バカにしながら」
「嘲笑いながら……悪魔が見ていてくれる」
青棍棒の一撃が父親に決まり、床に倒れた父親に向かって五人姉妹は微笑む。
「おかえりなさい、おとうさん」
倒された父親が、顔を上げて言った。
「ただ……いま……娘たちよ」
ナックラ・ビィビィが五人姉妹に訊ねる。
「さっきの『努力している者を、嘲笑いながら見ている者もいる』というのはなんじゃ?」
「父の教えです」
その時──扉のドアノッカーの金具でノックをする音が聞こえ。
若い男の声が聞こえてきた。
「ググレ・グレゴールだ、大学の講義が終わったので今宵の儀式に参加する者たちの家々を訪問して回っている……家の中に入ってもいいかな?」
その声に膝まずく、五人姉妹と父親。
「どうぞ、お入りください……大司教さま」
扉を開けて中に入ってきたのは、ゆったりとした長い裾のオリーブ色の衣服を着た、若い二枚目男性だった。
西の厄災ググレ・グレゴール大司教は、ナックラ・ビィビィを一瞥すると、五人姉妹と父親に向かって言った。
「『放鳥の儀式』は今夜零時……大学敷地内にある伏魔殿〔パンデモウニアム〕で行われます……その時に父親の真信者儀式と、新たな信者として五人姉妹の、見習い信者の入会儀式も行います……遅れないように」
グレゴール大司教は、穏やかな表情でナックラ・ビィビィに言った。
「ついに、オガムまで来ましたか……我が娘、ビィビィ」
「ふんっ、以前は若い美女の姿で、今回は二枚目の若い男か……命を捨てた者の肉体を乗り換えて、いつまで生き続けるつもりじゃ……クソ親父」
「ググレ暗黒教典を、西方地域の隅々に広げるまで」
「人の心を惑わし歪め、不幸にする邪悪な経典が! 我が師匠が作ったモノとは言え、おぞましい」
ナックラ・ビィビィは、三日月魔導杖の先端を、大司教に向けて言った。
「人生の道標を作り、光りに導くのが我が役目……邪悪な経典布教を、儂は妨害する」
「自由に妨害するがいい……どちらが正しいのかは、後世の者たちが決める」
その時──グレゴール大司教の足元に、尻尾を振る子犬が現れじゃれついてきて鳴いた。
「ワンッ」
顔色蒼白のナックラ・ビィビィの口から、小さな悲鳴が漏れる。
「ひっ!?」
足元にすり寄ってきた子犬を抱き抱えた、グレゴール大司教がナックラ・ビィビィに向かって言った。
「まだ、弱点の克服はできていなかったのか……今宵、伏魔殿に来るがいい……そこで、我がググレ暗黒教の素晴らしさを知るだろう」
言い残して、子犬を抱えたグレゴール大司教は去っていった。
座り込んでガタガタ震えている、ナックラ・ビィビィは小声で。
「クソ親父……あんなモノを飼っておったのか」
そう呟いた。
AIみたいな文章で指摘された問題点
【まずは、「普通に読める文章」を書けることを目指したほうがいい。今の文章では「普通に」は読めない。なお、ここでの「普通に読める」とは、「左から右へ視線を動かすことで文意をつかめる(横組みの場合)」あるいは「上から下へ視線を動かすことで文意をつかめる(縦組みの場合)」を意味する。今の書き方では、前後左右の文章を見比べながら「解読する」必要がある。
以下、気になった点をいくつか挙げてみた。
●『、』と『。』とを使い分けよう
『、』と『。』とをそれぞれ本来の意味で使おう。『、』は一般に文の途中にある切れ目を表すことが多い。『。』は一般に文の終わりを表すことに使われる。これらは小学校の国語の授業で習う内容のはずだ。多くの読み手はこれらのことを暗黙的に仮定している。しかし、本作の文章はこの暗黙的な仮定に基づいていない。『。』が置かれていても文が終わっておらず、次の文章に続いている、という箇所がいくつもある。これでは、「文が終わった」という感覚をリセットせざるを得ず、「この『。』は、実は文の終わりではなかった」と思い直して読み直す必要がある。結果として、目線が行ったり来たりを繰り返し、肝心の内容が頭に入らない。
対策としては、自分が書いた文章を声に出して読んでみる、というのがある。『、』は文の途中での一時停止であり、『。』は文の終わりである、ということを意識して読んでみると、文の不自然さに気づけるかもしれない。もし不自然さに気づけないのであれば……、そのときの対策はわからない。
●一文の途中で改行しないようにしよう
前項『●『、』と『。』とを使い分けよう』とも関連するが、『、』を意味する『。』を『、』に置き換えたら、『、』の直後の改行文字を削除しよう。通常の文では文の途中で改行しないことが多い。台詞が後に続く場合などを除き、改行は段落の切れ目を表す。一文の途中に段落の切れ目が来ることは不自然だ。一文が長いと感じたら、接続詞を挟むなどして適度に短い文に分割すればいい。一文の途中で改行するよりも読みやすくなるはずだ。
●段落を意識しよう
段落はだいたいにおいて一つの話題を表す。同じ話題が続く限り、段落は続く。小説においてもだいたいその傾向はあり、動作の主体が変わらないのであれば段落は変わらないことが多い。段落が変わるのは、話題が変わるときや動作の主体が変わるときなどだ。尤も、最近の小説ではそうとも言えない傾向にあるようではあるが。
段落に関しては、『悪文[第3版]』(日本評論社)に興味深い例が載っている。小学生の作文の授業の際に「段落を意識して書こう」と指摘したところ、指摘の前後で見違えるような変化が見られた、というのだ。書籍中には、例文として児童の作文が掲載されている。確かに、指摘前の文章はほとんど一文ごとに改行する箇条書きに近いものだったが、指摘後の文章では明らかに文章量が増加しており、読むだけでその場の情景を思い浮かべられるほどまでになっていた。
段落を意識するだけでそれだけ変わるのであれば、意識しないのはもったいない。文を単位として文章を構成するのではなく、段落を単位として文章を構成したほうが、よりよい文章を書く訓練になるかもしれない。
●主語、述語、目的語、修飾語、その他の語順を意識しよう
一文の中の語順を意識しよう。だいたいの文においては主語があって述語がある。おおよそ「誰それはどうした」のような形になる(倒置法もあるが、ここでは考慮しない)。文の中には目的語がある場合もある。おおよそ「誰それは何々をどうした」のような形になる。修飾語がある場合もある。おおよそ「これこれな誰それは何々をどうした」のような形になる。日本語の場合、修飾する語は修飾される語の前に来ることが多い。目的語は述語の前に来ることが多い。それぞれの語の関係をわかりやすくするためには『、』を適切に使用する必要があるが、本作の文章ではそれが崩れている箇所がいくつもある。そのため、そのたびに「この修飾語は、一体全体、どの語にかかるのか?」と考えざるを得ず、頭の中で文章を再構成する必要がある。こちらについても、対策としては声に出して読んでみるのが有効かもしれない。
●体言止めの使用はとりあえず封印しておこう
本作の文章には体言止めや「動詞の連用形+助動詞+『。』」のような形が見られる。体言止めを多用すると文章が一気に陳腐化する。極々少数であれば効果的かもしれないが、これでもかと多用されると読むのも辛くなる。後者についても体言止めと同様に、多用するとどうにも拙い文章のように見える。言い方は悪いが、「出来損ないの詩」のようにも見えてしまう。体言止めや「動詞の連用形+助動詞+『。』」の使用は却って文章を損なうものだと考えて、最後まで書き切るようにしたほうがいい。まずはきちんとした文章を書けることを目指すべきだ。
●物語世界にふさわしい語や言い回しを使おう
それぞれの作品世界に合う言葉を使おう。別世界を舞台にしたファンタジー作品の中で現代の流行語が出てきたとしたら、それだけで読む気が失せてしまう(「別世界のことを日本語で表現する」という根本的な問題については、ここでは考慮しない)。普段使用している言葉を登場させるにしても、少々古めの言葉に言い換えたほうが「それらしく」なることもあるし、漢語(熟語)については言い換えたほうがいい場合もある。
ある言葉を言い換えたいときには、例えば、『現代語古語類語辞典』(三省堂)のような辞典が役に立つ。なお、この辞典を使用する際は国語辞典と古語辞典の併用は必須と思ったほうがいい。
●説明するのではなく描写することを心掛けよう
説明と描写との間の線引きは難しいところもあるが、描写することを心掛けよう。「見た目が美少女」とは? どれほどの美しさ? 美しさの決め手は何? 一番目の文章の冒頭でその情報を提示する必要はあるのか? 単に人物名を提示するだけで事足りるのではないか? 書き手の頭の中には確固とした像があるのかもしれないが、文章の中からは読み取れない。読み手はそれぞれ勝手に「美少女」の姿を想像するより他にない。これでは単なる記号に過ぎないことになる。物語の進行上では「美しさ」は関係ないのかもしれないが、そうであればわざわざ「『美』少女」とする必要もないように思える。読み手の想像力に委ねるのであれば、単なる記号のほうがよいのかもしれないが。
加えて、「見た目」という語もあまりにも安直に思える。前項とも関連するが、もう少し別の言い回しにしたほうがいい(見目/顔立ち/容貌/容姿/姿/姿形/……、等々、他は類語辞典などを参照)。「ハイファンタジー」なのに、あまりに残念なことになっている。
また、文章の構造として、
登場人物の動作の説明
↓
その人物の台詞
という流れになっている箇所が多くある。これでは、読み進めるごとに手品の前に種明かしをされているような気分になる。あるいは、地の文をト書きと見立てて脚本のように読めなくもない。対策として、台詞の後に描写する、あるいは、描写→台詞→描写、など、いろいろと工夫したほうがいい。試しに、テキストエディタにコピーして台詞の部分を消去してみたところ、本当にト書きのように見えてしまった。説明ではなく描写していたとしたら、台詞を消去したとしても印象は異なっていたかもしれない。
●語と語との関係を意識しよう
ある語と別の語との繋がりを意識しよう。前述の『●主語、述語、目的語、修飾語、その他の語順を意識しよう』とも関連するが、ある語には「繋がりやすい語」と「繋がりにくい語」とがある。「繋がりにくい語」があると、そこで文章の流れが淀む。言い換えると、読んでいて引っかかる。引っかかりがあると、「この場所にふさわしい語は何か」と考え始める。場合によっては各種辞典で調べ始める。場合によってはそこで読むのを止める。
語と語との関係を確認したいのであれば、例えば、『てにをは辞典』(三省堂)のような辞典が役に立つ。この辞典には複数の作家の用例を基に、ある語と繋がりやすい語の例が示されている。他にも類語辞典がある。当然のことながら、国語辞典も役に立つ。書いている最中に語の選択に迷ったら、各種辞典を確認してもいいかもしれない】
★そろそろ、メンタル限界……感想を書いた人に対して殺意さえ覚えはじめている




