1話 開店!魔法のお弁当屋さん
白んだ空がじんわり水色に滲み、柔らかな日差しが木製の雨戸の隙間から差し込む。
雨戸を開いて大きく伸びをする。
新芽の匂いのする澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
中庭の、日を浴びた土の上に、ぽつんと芽が顔を出す。
それがぐんぐんと茎を伸ばし、あっという間に葉が茂って、つぼみがついた。
うっすら赤みがかったオレンジ色のつぼみがふっくら膨らむ。
白い筋のような模様の入った花びらがほどけるように開くと——サーモンの切り身のかたち!
中庭には一本の大樹が立っていて、その根元には、毎日ちがう植物たちが顔を出す。
木漏れ日の祝福を受けて芽吹いた植物たちは毎日食材を提供してくれる。
今日はサーモンの形をした花だ。
大樹に実がなることもあるけど今日はお休みのよう。
「今日のお弁当はサーモンフラワーの塩焼きで決まりね!」
身支度を済ませたネリは、木を編んだざるに、サーモンフラワーの花びらを一枚ずつ丁寧に収穫していく。
抱えきれないほどの数の花びらを収穫し終えると、サーモンフラワーの咲いていた植物は根元から茎にかけて徐々に光の粒子となってふわりと浮かび上がり、葉っぱの一枚まで木漏れ日と一つになっていく。
「今日もありがとう!」
ネリは大樹の木漏れ日に手をかざしながら笑顔でお礼をすると、室内に戻っていった。
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厨房とは呼べないけど、台所にしては広い調理場には、所狭しと調理器具が並んでいる。大きなフライパンに寸胴鍋、一抱えもあるボウルに大きな泡だて器。
アヒルの水夫さんが優雅に泳げそうな水が流れるシンクに、大食い妖精10人前のケーキが焼けそうなオーブン、くまの大工さんがおなか一杯になれるくらいご飯が炊ける大釜、いつでもキンキンに冷えてる食糧庫。
全部、ネリの祖母が使ってた魔導具たちだ。
ネリはサーモンフラワーの花びらを食糧庫にしまいながら、今日の献立を頭の中で確認する。
「主菜はサーモンフラワーの塩焼き、副菜は……んー、昨日干したきのこで甘酢あえにして…。あ、緑が少ないかな?ほうれん草をさっと炒めてバター和えにしようっと」
棚の上から紐で吊るしたキノコを解き、いくつか水の張ったお椀にひたす。窓辺に吊るされた風鈴が、風に揺られてちりんと鳴った。
くるくると身軽に動きながら、ネリは魔道コンロに火をつける。コンロは彼女の祖母が使っていた古い魔道具で、音もなく着火し、鍋の下だけがぽっとあたたかくなる。
「よーし、今日もよろしくね!」
道具たちはカタリと音を立てて応えた気がした。
リズミカルに包丁をふるい、花びらに軽く塩をふって天板に並べる。オーブンに入れるとジュワ、と香ばしい音が広がって、厨房は一気にお腹がすく匂いで満たされていく。
フライパンの上ではほうれん草の緑が深まり、キノコの餡はてりりと太陽の光を反射させている。
木のボウルには、おにぎりの準備も整った。
できたお弁当は、ひとつひとつ丁寧に、魔法の紙で作った箱につめていく。保温もできて、持つ人の心もあたためてくれる、ネリのこだわりだ。
太陽が町中を照らし始める頃、小さな看板をくるりと「営業中」に返して、木のドアを開け放つと、暖かな風がふわりと来店。
「いらっしゃいませ、魔法のお弁当屋さん『芽吹き亭』へ!」
お読みいただきありがとうございました。