ぎゃふんとね
「佐々木涼香、二十八歳。命の恩人に……これから襲われます~。あんっ」
「やめろな? たとえ冗談でも、俺はあんたを襲わないぞ……襲わないからな」
「でもさ、ここラブホテルだよ?」
「……ラブホでもだ」
「えー? もうっ、つまんない~」
駄々っ子のように涼香はバスローブのまま、キングサイズのベッドをゴロンゴロンと寝転び回る。
ベッドに座る富勇はいつもより自分の呼吸が荒いことに気づき、あわてて呼吸を整え、チラッと涼香を盗み見してから、大きくため息をついた。
「まさか歳月エリアにこんな簡素なラブホテルがあるとはな。それも海沿いに」
そのおかげで、海に落ちて海水でびしょ濡れになった富勇たちは、無事備えつけの夢鏡で身だしなみも整えられ、今夜の宿泊にもありつくことができた。
だが――。
「頼むから、バスローブ姿はやめてくれないか? ほかにも服装あるだろ」
涼香はゴロンゴロンするのをやめて、ハタと起き上がった。
つい富勇は彼女を直視できず、視線をそらす。
「え~? でもラブホといえば、バスローブじゃない?」
「それは確かにそうだが。いや、でも困るんだ」
「なんで?」
「それは……って、あんただって分かってるくせに」
目線の置き場に困るからに決まっているだろう、と思わず富勇は言いかけたが、寸前で違う言葉をお約束のように吐き捨てた。
案の定、富勇の動揺を面白がって妖しく笑う涼香。
「うふふ、もっちろん分かるよー」
「……だろうな」
「当ててあげようか……?」
「な、何をだよ」
涼香はゆらりゆらりと四つん這いになって富勇の元に近づいた。
露わになった、ちょうどいい大きさの胸を揺らしながら。
ゴクリと唾を飲みこむ富勇。
涼香の顔が富勇の顔に接近し、彼女は富勇に――笑いかけた。
「目線の置き場に困るからだよね、ねっ?」
「失せろ」
からかわれていることに気づいた富勇は、そのように涼香に冷たく言い放った。
枕に顔をうずめながら、爆笑する涼香。
愉快なお人だ、と富勇は面白くもなかったが、つい笑い出してしまった。
そしたら、すべてが面白く感じられ、とうとう富勇も大声で笑い出した。
まったく、世界はこんなにも面白くて愉快なものだったのか。
まるで嘘みたいだ、と富勇は笑い転げた際に出た涙を、手の甲で拭いながら思った。
「で、このあとはどうするんだ? 如月親衛隊という“ファン”にも“追いかけられる”こと間違いなしで、なおかつ如月タワー幹部社員の“性犯罪者”からも“求愛”ときた。――さあ……お姫様はどうするおつもりで?」
「ふふっ。――皐月エリアにあるうちのキャバクラ『コールド』に行くよ、もちろんね。……明日の夜までに」
「というと?」
「宇津木をぎゃふんと言わせる」
「誰がぎゃふんと言わせる?」
「きみが」
涼香は富勇を手で示してみせた。
「俺が奴をぎゃふんと言わせて……それで?」
「二度と宇津木にはうちの店には近づけさせないよう、約束させてもらう。……もう誰も女の子を傷つけたりはしないように」
「ああ、道理にかなってるな。――よしっ、それでいこう」
「もう出発する?」
富勇はしばし考えこんだのち、「いや、寝ないことには意味がないから、交代で寝よう」と富勇はベッドから降りると、ホテル備えつけの椅子にドカリと座った。
「明日の朝に出発だ。それまではゆっくり休んでいろ。――佐々木さん?」
寝てた。
それもスヤスヤと。
「おやすみ、佐々木さん。……また明日な、良い夢を」
富勇はサイダーナイフを手でもてあそびながら、如月親衛隊の襲来に備えつつ、自分もクタクタになった身体を少しでも休めるため、楽な姿勢を取り、けれど警戒態勢は解かずにいた。
こうして長時間ぼんやりするのは慣れているため、これくらい富勇は苦にもならなかった。
そして朝が訪れる。