任務発生
「――さて、夕食が始まってすぐに申し訳ないが、あんたはどこの誰だ? どうして俺の名前を知っている? それにどうして俺のアパートに来た? 目的はなんだ?」
「んっ! ……やだぁ、もう~。ねえ、これってノンアルコールでしょう。もう、意地悪なんだから~」
「ちゃんと質問に答えてくれ。俺は真面目に聞いているんだ」
愉快そうに涼香はカラカラと笑ったが、それもすぐに収まり、いつしか彼女は真剣な顔つきになった。
自然と富勇の顔も強張る。
実は、と涼香は口元だけ笑いながら、おもむろに話し出した。
「あたしの働いているキャバクラ――『コールド』にね、国王様が根城にしている如月タワーの中年男性の幹部社員がお客さんとして来店したんだけど――薄目で小柄な宇津木って人ね――、どうもその人、女の子と性行為をするのが目的みたいで。
現にね、もう何人も女の子が餌食になってしまって、彼女たち、もう身も心もボロボロになっちゃった。
そしたらね、今度は……」
「あんたの番、ってわけか」
こくんと涼香はうなずいた。
「前々からきみのことは噂に聞いていたんだ。――サイダーナイフを自由自在に扱う日本人キラー」
「……しょせん噂は噂だな」
「でも、サイダーナイフの使い手は合ってる」
「それも噂かもしれないぜ」
「それはどうかな、この家の中に入るとき、確かにサイダーの甘い香りがしたよ」
「……気のせいじゃないか」
涼香はかぶりを振った。
「でもね、その噂を信じて、今日あたしは皐月エリアから徒歩でここまで来たんだよ、富勇くん」
「つまり、俺にあんたのボディガードをしてくれ、と?」
「そう」
富勇は目を見開き、それから大きく息を吸った。
思わぬ厄介案件が舞いこんできたものだ。
依頼者がいるにも関わらず、思わず富勇は苦虫を嚙み潰したような顔をしてしまう。
キャバクラ嬢なのは見抜いていた。
皐月エリアから来たことも察していた。
訳ありの娘だということも勘づいていた。
だけど、それが“こんなにも訳あり”だとは夢にも思わなかった。
まさか、この国の“国王”である如月玄奘の部下から身を守ってくれ、とお願いされるとは、そう富勇は額を手で押さえた。
如月玄奘は老齢のやせ細った禿頭に近い実業家であり、この悪しき国の国王でもある。
如月玄奘のいる如月タワーは、111階建ての超高層タワーで、建物の外見は黒い筒のような形状をしている。
その如月タワーの幹部社員である宇津木から襲われる真似がないよう、涼香はサイダーナイフの使い手である富勇にボディガードをしてほしい、そう頼みたいわけだ。
しかし、それにしても――。
「なんでまた如月タワーの幹部社員なんかが皐月エリアに来たんだ? 如月エリアには、キャバクラでも風俗でもなんでも揃っているだろうに」
「なんでだと思う?」
弱々しく涼香は笑った。
ということは、つまり……。
「嫌がらせか」
「うん、そういうこと」
なんだろう、聞くだけで腹が立ってきた。
やはり如月タワーにいる上層部の者も、ちゃんと野蛮だということか、そう富勇の目は不穏になっていく。
「分かった。あんたをボディガードする責務、引き受けた」
「ほんと?」
ただし、と富勇は人差し指を一本伸ばした。
「ひとつだけ確認したいことがあるんだ」