ゲンコツ
「どうしたんですか、一体? ――あっ、朝倉さん! 良かった、目が覚めたんですね」
「……きみ、は誰だ?」
危なかった。
富勇が涼香の頭にゲンコツしなければ、背のある清楚な顔立ちをした年頃の女の子に、大人のキスを目撃させるところだった。
富勇は額の汗を腕で拭いた。
ブレザーの制服姿をした、高校生くらいの彼女は――。
「わたしですか? わたし、大宮律子です。よろしくお願いします、朝倉さん」
「あ、ああ。きみが律子さんか。よろしく、な……うん」
思わず挙動不審になってしまう富勇。
その律子の顔に、一筋の暗い影が横切った。
「それよりも……聞いていいですか?」
「えっ、なんだろうか?」
ギクリ、と富勇は顔を強張らせた。
幸いにも律子の質問は、富勇が考えていることとは別のことだった。
「どうして佐々木さんは、うずくまって頭を押さえているんですか?」
「えっ? ……うーん、どうしてだろうな。よく分からないんだ、俺も」
「そう、ですか」
「そうそう、俺からも聞きたいことがあるんだが、律子さん」
「はい?」
「彼女……まさか酔ってる?」
足元でうずくまっている涼香を、富勇は遠慮がちに指差す。
律子は涼香を食い入るように見つめてから、富勇に向かってはにかんだ。
「いえ、違いますよ」
「そうか、それなら良かった……?」
「ただ言えば、彼女は勇敢なあなたに“心酔”しているだけです」
「…………」
なんだろう、前にも聞いたことがある言葉だ、と富勇は首をかしげた。
「そろそろ朝餉ですよ。朝倉さんも……佐々木さんもご飯が冷めないうちに、お茶の間に来てくださいね。
――あっ、お茶の間がどこにあるか、分かります?」
「いや、場所までは分からないが……というか、そんなに広い家なのか、ここは」
「ええ、そうですよ。――ささっ、案内しますから、どうぞ」
「ああ」
そう言って、富勇は和室から出ようとするが、律子はというと、まだうずくまって頭を押さえている涼香を心配し、「大丈夫ですか、佐々木さん?」と彼女の背中をさすってあげていた。
気のせいか、涼香はすすり声を上げていた。
まさか泣いている……?
「…………」
富勇はこっそりと部屋から出た。
廊下は複雑に入り乱れていて、いくつも部屋があり、歩いているうちに富勇は迷ってしまった。




