せっかち
こんなふうに話に花を咲かせている場合ではない、と富勇はスクッと立ち上がった。
「どうしたの? ……富勇、くん」
「佐々木さん、俺たちはこんなことをしている場合じゃない。
――今すぐにでも行かないと、皐月エリアにあるあんたの店まで。だって、あんたはみんなを助けるんだろう?」
「知ってるよー、そんなことくらい~」
「なら……!」
「おっと! せっかちはいけねえ、富勇くん」
二人のあいだに割って入るのは、さっきまで穏和な顔をして笑っていた永嗣。
今や、彼の顔は険しい。
こらえきれず、富勇は「せっかちなんかじゃねえ」と叫んだ。
「だって――佐々木さんと俺は……!」
「まあ、座れ」
「座っている場合じゃない、そんなことを言うのはやめろ!」
「自転車はないんだ、富勇くん」
「……なん、だと?」
自転車がない?
「それはどういうことだ、永嗣さん。いや、でも確かに俺は……佐々木さんから自転車がここにあると聞いたんだ。だから俺たちは――!」
「ごちゃごちゃ言ってねえで、座ったらどうだ。――ほれ、俺様のように座ってみろ」
そう言うと、永嗣は畳の上にあぐらをかいた。
仕方なく、それで富勇も布団の上にあぐらをかいて座った。
「それで……自転車がないとはどういうことなんだ、永嗣さん」
「今、自転車はここにはない」
「なぜだ」
「うちの家内が、かねてより懇意にしている如月英美里王妃にあげたからだ」
「如月英美里、王妃に……ちくしょう!」
あの窪んだ目の中年ババアが、と富勇は毒づき、拳で布団を殴りつけた。
「くそっ! ここまで来て……自転車がない、だなんて。じゃあ、俺たちは皐月エリアには――」
「ったく、だからお前さんはせっかちでいけねえんだ」
「……なんだって?」
富勇は永嗣をにらみつけた。
負けずと、永嗣もにらみ返す。
「いいか、よおく聞け、アホンダラ」
「ああ、よーく聞いてやるさ」
「あはっ。二人ともー、仲良くね~」
富勇たちをなだめる間延びした涼香の声は、二人にとって我に返る良薬となったらしく、富勇も永嗣も互いに目を伏せた。
えへんえへん、と永嗣は気まずさを払拭するように、咳払いを繰り返した。
「とにかく、自転車はない。そう、だからと言って、俺様たちはお前さん方を見捨てはしねえ」
「ありがとう。……しかし、というと?」
「バイクだ」
嘘だろ、と富勇はつい笑ってしまった。
「それって……昔に発売されたガソリンとかいう燃料で走る乗り物だよな」
「そうだ。よく知ってるな」
「まだ若い頃の父方の曾祖父がバイクにまたがっている写真が、うちの実家にあったからな。
このでかいのは何かと両親に聞いたときに、寡黙な親父から教えてもらったんだ」
永嗣は眉を持ち上げた。
「ほう、お前さんの曾祖父もバイクに乗っていたとは……もしかしたらお前さんも乗りこなせるんじゃねえのか?」
「バカを言うな、そんな芸当なんてできるはずがないだろ。一度たりとも、バイクなんてもんには乗ったことも触れたこともないんだよ、俺は」
「これはこれは失敬失敬」
どうも先ほどまでの険悪な雰囲気をすっかり忘れたらしく、永嗣はガハハと実に楽しそうな笑い声を上げた。




