命の恩人
富勇は目が覚めたとき、彼は自分の目を疑った。
なぜなら――。
「わわっ」
あわてたように涼香は富勇に“接吻”するのをやめて、この部屋、和室の障子まで後退した。
「おわっ」
たまらず富勇は起き上がり、自分の唇に手を触れ、嘘だろ、と障子のそばで顔を赤らめている涼香に声をかけた。
「俺に今、なんかしたか?」
「……えっ、キスじゃない?」
そうか、キスか、と富勇は納得しかけた。
いやいや、それならなおさらおかしなことだ。
「そうか、佐々木さん……まさかあんた」
「うっ」
「また何か頼み事があるんだろ? それで俺に色仕掛けをした、そういうことだな?」
「そ、そうだったかな? あれ、でもまさか本当だったなんて、知らなかったよ」
「何がだ?」
「昏々と眠り続ける人にキスをすると、その人の目が覚めるっていう、いわゆる都市伝説」
「ほう……それはなかなかパンチがきいた都市伝説だな」
そう富勇が納得したとき、障子がガラリと開いた。
「おうっ、目が覚めたか、お前さん」
そう言って部屋に入ってきたのは、和の料理人といったようないで立ちの浅黒い顔をした中年男性。
なかなか陽気そうな男だ、と富勇は中肉中背の彼を第一印象で感じた。
富勇は涼香の顔を少し見てから、陽気そうな男に「あんた、誰だ?」と尋ねた。
陽気な男は胸をドンとたたいてから、「俺様は大宮永嗣っつう、そば屋『大味谷』の店長だ。まっ、堅苦しいのはなしだ、富勇くん」と哄笑してみせた。
大宮、大宮……大宮?
「もしかして娘さんは……大宮律子、さん?」
「おうよ! まさしく律子は、俺様の愛娘だ」
そうだったか、それではここは中継地点なのだ、と富勇は安堵の息を漏らした。
「よかった、あのときはもうダメかと思ったんだ……でも、どうして俺はここに?」
富勇が不思議そうに聞くと、永嗣は少し考えこんだのち、
「改良型・真ドローンって知ってるか、お前さん?」
と、トンチンカンなことを言ってきた。
「ああ、ドローンなら知ってる。遠隔操作や自動操縦で飛ばすことができる、昔の無人航空機のことだろう?」
「それを俺様は飛ばしていたんだ。ほんで、送られてくる映像に映るお前さん方を見つけた、ってわけだな」
「……正気か?」
おうとも、と永嗣は腕組みをし、ニヤリと笑った。
「改良型・真ドローンっつうのはな、百年くらい前に発売されたもので、台風や嵐などでも活躍できる、ちょっとした優れものだ」
「なぜそんなものを、あんたは持っているんだ……? ドローンだけでも、あれは確か、今でいうと、一億はくだらないんじゃないのか?」
「詳しいな、お前さん」
この男、実は今すぐに骨董品屋でも始められるんじゃないか……?
そう富勇は青ざめるなり、自分が今寝ている布団や枕を恐々と見つめる。
まさか、この布団や枕も……?
「富勇くん、その布団と枕は――」
「布団と枕は……?」
「百年前くらいの日本の皇帝陛下の布団と枕だってぇ。すごいよね」
すごいのかよく分からないが、とりあえず小便を漏らしそうだ、と富勇は思わず立ち上がりかけた。
いや、それよりも、と富勇は永嗣に向き直った。
「ということは、あんたが俺たちの命の恩人なんだな」
「よせやい、命の恩人だなんて。俺様はお前さん方を拾っただけだってばよ」
「そうか、ありがとな」
「おーん……そらみろ、ケツがかゆいかゆい」
永嗣はお尻をポリポリとかき、それを見た涼香は爆笑し、彼の背中を面白そうに何度かたたいた。
笑わないように心がけたが、ついに富勇も吹き出してしまった。
「永嗣さん、あんた最高だよ」
「へへっ、俺様もお前さん方二人を拾ってきて、万歳したいくらいなんだぜ」
「それは一体どうしてだ?」
永嗣は鼻を指でこすり、腰に手を当てた。
「うちの律子がな、ここんところ、この国の現状を憂いに憂いていてな……それで塞ぎこむ毎日だったんだが、俺様がお前さん方を拾ってからは、あの子は涼香ちゃんとの話に夢中になって、男くさい富勇くんにも興味を持って、今ではあの子の可愛い笑顔も見られるようになったんだ。……恩に着るよ」
「おいおい、なんだか俺のお尻もかゆくなってきたぞ、まったく。――なあ、佐々木さん?」
「いやん、レディーのお尻はかゆくならないんだよ。富勇くんったら、下品~」
まったく涼香は受けてない様子だ。どころか、真に受けすぎている。
ただ、これを聞いていた永嗣は笑っていたが。
愉快な連中だ、と富勇はカカッと笑った。
そう、本当に愉快な……。
…………。
まずい、しまった、と富勇はそのとき、今さらながらに思い出した。
自分たちがなぜ中継地点として臨月エリアに来たのかを、はっきりと思い出した。




