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4 可愛いタヌキは男子を化かす(2)

 岩本からは、カウンターに横向きで座る侑哉の姿は見 えないらしい。そのまま店の奥、二人掛けの小さいテーブル席に着いた。こころなしか挙動不審だ。


「大学でヲタバレするのがいやなの?」

「いや、そんなバレるほど周りと接する機会はない......ぐはぁ......」

 言いながら、侑哉は胸を押さえて前かがみになる。

「なに、それ」

「友達がいないというのを自分でしゃべって自分でショックを受けてる......感じなんだけど、伝わらない?『非モテ』のユウヤがプロローグで最初にやってたネタ」

「知らない。アニメもラノベも見ないもん」

「それでよくコスプレしてるな」

「好きなキャラに寄せるんじゃなくて、似合うキャラを最初から提案されるんだぁ。こだわりないから効率いいし、お客さんの要望にはきちんと応えてるよ~」

 それもある意味プロ意識なのか、と侑哉は感心しながら店内奥を見る。すると、レイが営業スマイルで岩本に近づいていった。


 岩本はとたんに顔を赤くし、もごもごと何やら早口で喋りはじめた。レイは相槌を打ちながら伝票に注文を書きこみ、絶妙な角度で首をかしげ、女性雑誌の化粧ページのように口角をあげて、狸の尻尾をやや色っぽく揺らしながら厨房に向かっていく。

「......なるほど」

「そういうことー」

「俺は最初、はなちゃん目当てかと思った。大人の魅力に負けたか」

「ううん、私は好みじゃない人からの勝ち負けはどうでもいいんだけど。それにレイさんはとにかくモテるからね~。ここでマンツーで接客してお客さんの気持ちをがっちりつかんで、ライブや物販でどかんとお金落としてもらうんだよ」

「............なるほど」

 さすが狸、と侑哉が複雑な顔をしていると、レイが厨房から出てきた。

「ティナちゃん。アイスコーヒー入れてくれる? ......と、あれ? この子が彼氏? こんにちは。皆の言うとおり、イケメン! 髪型もいいね」

 レイは、高くなく低くなく、ふんわりとした声でふんわりと侑哉に挨拶をした。花子は苦笑しながらレイに返事をする。

「レイさん、彼氏じゃないですよー。ほら、古書店の甥っ子さん」

「え~。皆彼氏って言ってたよ。私最近レッスンとかで 忙しくて彼氏くんが来てるときにシフト入ってなかったから、会えるの楽しみにしてたのにぃ」

 侑哉は背中がもぞもぞするのを感じた。わかっていて もこの声音としぐさで騙されてしまうのだろう、と、狸の術中に絶賛はまっている岩本青年の姿を見て、侑哉はため息をついた。

 岩本は、ギョロッという擬音が目視できそうなくらいの形相で睨んでいる。こわーい、と花子が冗談めかして言ったが、半分は本心だろう。侑哉もそそくさと立ち上がる。

「俺、店番あるし、そろそろ帰るわ。じゃあね、はなちゃん」

 侑哉は帰り支度をし、岩本に向けて軽く手をあげて店の外に出る。五月の都内はすでに暑い。


 だがこの炎天下の中でも、商売道具の白い肌が紫外線にさらされる矛盾と戦いながら、アイドルやアイドルの卵、メイド服を着たカフェ店員たちは、笑顔を振りまいている。


 侑哉は少し寄り道をして、レイがたまに出演しているというホールの近くに来た。掲示板を大きくしたような公演スケジュールボードには、確かにレイを含めたアイドルグループのポスターと名前があるが、思った以上に目立たない。

 侑哉が花子にレイの年齢を聞いたら、小声で25歳だと教えてくれた。五年アイドルをやっているということは、二十歳からこのステージに立っているということか。写真からしか判別できないが、他のメンバーも同じくらいだろう。自分自身の目標や、日々の収入、理由はさまざまだとしても、皆、浮世離れした綺麗な格好で武装し、都内の戦地へやってきたのだ。

 ポスターのレイは少し若く、今日店で見たように、垂れ目をきゅっと下げて笑っている。


 侑哉は、いまの花子みたいだな、と思った。花子は同年代の女子よりは、働いているからこその苦労もあるはずだ。しかし明るく、若いエネルギーに圧倒されそうになる。

「俺はそんなに、若くないんだな」

 自分のそのつぶやきが、微妙に芝居がかっていることに気づくと侑哉は苦笑した。そして人でにぎわう大通りを眺め、ふと自分が引いている自転車をみた。「ニイノ古書店」とかすれたマジックで名前がかいてある。祖父母が始め、伯父が継いだ古書店。


 友義は一体あと何年、あそこの店主をやるのだろうか。

 侑哉は余計な考えをはらうように、さっと自転車にま たがる。そして、色とりどりの喧噪の中、古書店のある方向に向かってひたすらにペダルをこいだ。


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