24 マザーグースは空を飛ぶ
当日までの賑わいが嘘のように、旧正月の町中は静かになった。とはいえ、大きな観光施設は営業しているが、他国で休暇を満喫しようと出国する人も多いため、やはり心なしか人の流れは落ち着いている。夕方、侑哉は花子とその両親とともに空港へ来た。夜間の便に乗るため、食事をして別れを惜しむ。
「またね、侑哉」
ワンピースの裾を少し持ち上げ、花子はポーズをとるが、侑哉は思い切り嫌な顔をした。
「その......まりんちゃんの真似はやめてくれ」
えー、といいながら花子は笑う。しかも今、花子は黒髪ツインテールなのだ。侑哉は、違うアニメになるぞ、と言ったがアニメに疎い花子にはわからないらしい。
「寂しくなったらいつでも電話してね!」
花子が明るく言ったが、そこでうまく返せるほど侑哉に経験値は無く、必然的にいつも通りの「はいはい」という簡単な返答になる。
「つれないなー。あとほら、猫背のばしなよー」
「はいはい。わかったからお父さん呼びはそろそろやめてくれー」
侑哉は別にお父さん呼ばわりは嫌ではないが、ご本人を前にすると、なにか申し訳なくなったのだ。
うーん、と花子は首をかしげる。
「......おじさん呼びのほうがいい?」
「友義おじさんの方が本当にオジサンじゃねえか」
花子は肩をすくめるが、そんな侑哉と娘のやり取りを見て、花子の両親は笑っている。
搭乗時間が近づいてきた。侑哉は改めて花子たちに礼を言い、搭乗口に向かう。初めての海外で、不安なくひたすら楽しい体験が出来たのだ。感謝の会釈をしながら振り向く侑哉は、花子にはぎこちなく手を振った。別れの寂しさはもっと個人的なものも含んでいるのだ。
その侑哉の気持ちを読んだのか、花子が一人、侑哉を追いかけてきて、その耳元でポツリと言う。
「もし」
「ん?」
花子は少し黙り、また口を開いた。
「私がまた他の国に行っても、会いにきてくれる?」
侑哉はちょっと考え、わざとぶっきらぼうに返す。
「それも、まりんちゃんのセリフにあったっけ?」
「......無いよ」
照れ隠しなのか、言うと同時に花子がタックルしてきた。侑哉は衝撃に耐えながらそれを受け止める。そして、またな、と頭を撫でた。
「とりあえず、日本で免許取っとく」
あとこれ、と、侑哉は飛行機の中で読むために本を持ってきていたのを思い出し、そのうちの二冊を花子に渡した。花子は嬉しそうに「ともさんにお礼言わなきゃ」と早速ラインをする。ネットで繋がる現代というのはとても便利だ。
飛行機は無事に離陸した。七時間もすれば日本に着く。
現実の海外は異世界じゃなく、意志があれば行けるのだ。
ネットを繋げば、すぐに顔も見られるのだ。
侑哉は窓から外を見て、遠ざかっていく夜景を眺める。
日本に帰ったら、運転免許を取りに行こう。そして英語を勉強しよう。いつかヒロインと再会して、現実世界を旅できるように。ガチョウに乗っては飛べないけれど、飛行機には乗れるのだ。そして世界は広いので、ひょっとしたらどこかの町には、空飛ぶガチョウがいるかもしれない。
侑哉はそんなことを考えながら、持ってきた本のページを開く。
日本に着くまでの短い間、もう一度旅に出るために。
終
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