22 縁というのは切ないもの①
翌朝、朝食に呼ばれた侑哉は、Tシャツ、Gパンに着替え、軽く身支度を整えて沖家族が待つリビングへ向かった。侑哉もたまに忘れそうになるが、花子の苗字は「沖」である。
朝食メニューは、パンやスープ、サラダといったシンプルなもので、侑哉が普段食べてるものとそう変わらない。味はおいしくて、そう感想を言うと花子の母が嬉しそうに笑った。花子は父親に向かって話しかける。
「うーんと、とりあえずドライブしようか? ね、パパ」
「そうだね」
花子の母も賛成しており、この時点で既に多数決の結果は出ている。宿も借りて、旅程もお任せの侑哉は従うしかない。というか任せられるのは幸運なのだ。まさに、異世界に迷い混んだらすぐ可愛いヒロインに拾われ、至れり尽くせりな生活を最初から送ってるようなものだ。
侑哉は今朝はやく、母の美弥と友義には連絡をした。
母は涼介の受験が心配だが、長男の初海外旅行ももちろん気にかけている。なので、その行き先が信頼のおける人のところというのは、やはり安心らしい。友義はというと、シンガポールの旧正月は経験がないらしく、とりあえずなにか土産を、とのことだ。また古書店には合わないような変わった飾りを増やすつもりだろうか、と侑哉は心の中で苦笑した。
旧正月の飾りが翻る大通りを、車はスムーズに走っていく。
「あの、親と伯父が宜しくお伝えください、と」 侑哉は車の後部座席から、運転している花子の父親に言った。
「こちらこそ、花子が日本で大変お世話になって。ありがとう。旧正月期間で会社が休みなんだ。観光の案内ならできるから、いる間は楽しんでいったらいいよ」
花子の父から、きびきびとした返事が返ってくる。助手席の母親はうしろを見て侑哉に微笑んだ。
普通は、年頃の娘が異性の友人を連れてくるというのは、男親にとっては不穏なイベントで、ひと悶着起こるのではないかと侑哉は警戒していたのだが、そういう負の感情とは無縁の歓待だ。花子の父は、一人海外に残っている間、日本に帰した一人娘が高校を辞めたことに心を痛めていたのかもしれない。
しかしそんな娘にも、海外の自宅に呼べるほどの友人ができたのは、親として嬉しいのだろう。そう考えると、花子の家族にこうして甘えるのも自分のためだけではないのかもな、と侑哉は思う。
そして、隣に座る黒髪の花子もなかなかかわいく、侑哉はじっと観察した。服装も、ピンクの髪の時には見たことのない、ピンクのノースリーブワンピースだ。侑哉の健全な視線を感じ、花子は隣を見る。
「なあに? 」
「ううん、ピンクの服を初めて見たと思ってさ」
花子はおかしそうに笑う。
「さすがに日本で全身ピンクは悪目立ちしすぎちゃうもん」
他愛ない世間話をしながら、車はさらに通りを走る。
すると前方に、テレビなどでよく見るマーライオンが見えてきた。
「うわっ......」
上半身はライオン、下半身は魚をかたどった大きな白い像が口から勢いよく水を吐いている姿は、想像以上にかわいらしい、というのが侑哉の印象だ。
「夜はまたライトアップされるから、来てみようか」
花子の父親は、侑哉が喜んでいるのが嬉しいようだ。そのあと車はチャイナタウンに向かう。駐車場に車を止めて歩くと、屋台のような雑然とした通りに、干支のオブジェや、祭り用の飾りやお菓子が大量に売られている。
大通りも赤を中心とした飾りが多かったが、ここは特に店そのものが鮮やかに染まっているようだ。
「中華系の人が多いからね。パレードもあって賑やかだよ」
侑哉は花子たちとはぐれないようにしながらも、周囲の飾りに目を奪われる。
「デカいアメ横みたいですね......」
口をあんぐりと間抜けに開けながら歩いていたら、「侑哉!」と花子の声がした。
侑哉の隣にいたはずの花子がいない。花子は今、黒髪で、しかも小柄なので雑踏に紛れたのだ。
「侑哉」
今度は耳元で声がした。そして花子は侑哉の手を握る。そのままするっと人混みを抜ける花子に、侑哉は慌てて付いていった。花子の手は小さいが、力強い。これはタックルが強烈なのも納得だな、と侑哉は花子の握力がいくつかなどと想像し、そんなことを考える自分がおかしくなった。
握った手からは、安心感が伝わってくる。
「はなちゃん」
今度は侑哉が花子に聞いた。
「はぐれないようにしよう」
こくりと頷く気配がした。侑哉と違って英語をネイティブ並みに喋れる花子でも、雑踏に取り残されるのは不安だろう。侑哉は握った手に、少しばかり力を込める。
はぐれないように。守ってあげられるように。




