21 久々の再会は感動しない
初めての海外旅行。侑哉が現地に着いたのは夜中だった。時差は一時間なので、それほど体内時計もきつくない。だが違うキツさが侑哉を出迎えてくれた。
「うわあ......」
シンガポールの空港に降り立った侑哉は、ためいきをついた。暑いのだ。飲み物を買って、荷物が出てくるのを待つ間に水分補給する。緊張がいくらか解けたのか、眠気が急に襲ってきた。
「うー」
侑哉が必死に睡魔に耐えていると、荷物が出てきた。シンプルな借り物のキャリーバッグは特に破損もなく、安心して移動する。そして待ち合わせ場所の近くで侑哉はピンクの頭を探すが、どうも見つからない。
「はなちゃん?」
侑哉はそっと呟いてみる。しかしそれで花子がワープしてくるわけもないので、スマホを取り出した。Wi-Fiの設定はしてきたのでラインを開いてみるが、メッセージはなく、電話をしてみる。出ない。
「はなちゃぁん......」
侑哉は三月生まれのため、まだ十八歳である。男子十八歳、はじめての海外。一人きりの空港。泣きそうになり表情をこわばらせていると、脇から聞きなれた声がした。
「......なに怖い顔してんの......」
目つきの鋭い侑哉が寂しさに耐えた顔が、花子には威嚇しているように見えたらしい。
「はなちゃん!」
侑哉は思わず叫ぶ。迷子の子供が保護者に再会したような、ではなく、久しぶりに会ったらピンクから黒髪に変わっている花子に驚いたのである。
「ゆーやっ! ひさしぶり!」
ちょっと照れたように笑ったあと、花子は侑哉に思いっきりハグをしてきた。以前された、イノシシばりのアタックである。
おなじみのツインテールに結った黒髪が勢いよく跳ね、同時に侑哉はみぞおちを抑えてうずくまった。侑哉は声が出せず、そのまま数秒猫背を丸めて苦悶の表情で床を見つめていたが、頭上から男性の声が聞こえて慌てて顔をあげる。
「花子......もうちょっと手加減したらってあれほど」
侑哉の目線の先に、自分の父親より少しだけ若いイケオジがいる。
花子に似たたれ目が印象的な、しかし猫背気味のフォルムに侑哉はなにか親近感を覚えた。イケオジは耳までの髪を軽く流しており、それに加えてやや伸びたひげが若干のワイルドさを醸し出している、大人の男性だ。だが、真面目そうだがともすれば無表情ともとれるひげ面は、確かに指名手配犯のようでもあった。
「あ、紹介するね! うちのパパでーす」
侑哉が、腹の痛みもありぎこちなく挨拶をすると、花子の父は笑顔になった。笑うとワル感は緩和され指名手配犯はただのイケオジになるらしい。侑哉も安心していつもの調子を取り戻し、改めて花子を見る。
「え、でも。はなちゃん? なんで? 髪黒いの?」
そう、最初侑哉がすぐ花子に気づかなかったのは、髪がピンクではないからだ。これこそ異世界から現実に戻ってきたという証拠なのだろうかと侑哉は一瞬考察するが、理由はいたってシンプルだった。
「うん、伸びてきたから~。黒に戻しちゃった」
似合う? と女子に聞かれたら「似合うよ」としか言えない。実際、黒髪の花子は小学生のころの写真で一度見ており、髪色がなんであれ可愛いと侑哉は素直に感じる。
侑哉は簡単に自己紹介をし直すと、花子の父の運転で移動することになった。
お世話になります、と言いながら、侑哉は「どこが自分に似ているのか」と花子の父をじっと見る。じっと見返されたその目つきは、ちょっと不穏だ。
「......なるほど」
デジャブである。侑哉は数時間前、鏡の中から見返してきた自分の目つきを思い出した。
ともあれ、自分の親ともさほど変わらない花子の父は、 いたって普通のサラリーマンだ。侑哉が滞在させてもらう花子の自宅マンションに着くと、母親も歓迎してくれ た。こちらはおっとりした口調に癒される。外見は、セミロングの髪と丸めの顔が優しい雰囲気を醸し出しており、こちらは娘である花子とよく似ているな、と侑哉は感じた。夜中ということもあり、簡単にお茶をしたあと、花子は客室に案内してくれた。
父親の会社から社宅がわりにあてがわれた家らしく、家具はそろっているという。マナーは勿論、欧米仕様だ。
侑哉は海外で靴を脱ぐというのはわかるのだが、日本人の暮らす住宅でどうしたらいいのかわからない。
「適当で」
と、花子は言い、花子の両親もそう言う。
適当。初めての場所で初対面の人が多い場所でそれでいいのかと侑哉はもちろん戸惑ったが、花子の「まあ、明日になれば慣れるよ」という適当な言葉をうけ、その日はシャワーをして早々に休んだ。
侑哉の短い異世界、いや初の海外生活は、こうして始まったのである。




