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6 土曜にくしゃみをしてみたら②

 侑哉は椅子に座ったまま居ずまいを正した。カウンター内は狭い上に未分類の書物が床や棚に積まれており、少し動くと古書特有の埃が舞う。侑哉がたまらずくしゃみをすると、花子がつぶやくように言った。

「God bless you」

 あ、と侑哉は声を上げた。

「なに?」

「いや、気のせいじゃなかったのか、と思って」

「ああ」


 God bless you.

 初対面のときに、寝ぼけてくしゃみをした侑哉に、花子は欧米的な一言を投げ掛けていたのだ。

 くしゃみをすると魂が抜ける。そんな迷信に返すまじないだ。

「なんか、向こうでの習慣が癖になっちゃってて」

 これがもし自分が中学生のときだったら、と侑哉は考えた。消極的な性格を棚にあげて、未知のものから距離を置いただろう。調べないのはもったいない、と友義は言い、花子は未知のものを知ろうとこの古書店に通っている。侑哉は、カウンターに積まれた本を手に取った。

「こういうのも、読めるの?」

 洋書である。

「うーんと、どうかな。英語も語彙を増やさないと理解できないし、翻訳するなら対応する日本語も知らなきゃだし」


 ふむふむ、と侑哉はうなずいた。確かに必修科目で外国語を履修していても、辞書は外国語と国語の両方が必要だ。文化の違いも把握していなければならない。

「日本じゃ、くしゃみしたら花粉症? て言われて終わりだな」

「そうだね。あ、そうだ。英語に、くしゃみの歌があるんだよ」

「ん?」

 花子が、店内をあるき、奥の棚から売り物の本を持ってきた。英語版のマザーグースだ。

「子供向けの遊び歌も沢山あるから、英語の勉強がてら向こうでよく読んでたの。ほら、これ」

 その中の一編に「Sneeze on Monday,sneeze for danger」

 とあり、曜日ごとに「今日は何の日」とリズムよく口ずさめる。

「金曜日は...…sorrow…...」

「金曜日は、悲しいサイン。レイさんの解散も金曜日だったね」

「あとづけだけどな」

 そうだよ、と花子は笑顔でいう。

「なんかさ、童謡と現実は関係ないんだけど、金曜だから仕方ないんだーって思うとちょっと納得しちゃうでしょ。ほんと、本を読むって、おまじないかもね」


 ふうん、と侑哉はマザーグースをぺらぺらとめくってみた。英語だが、子供向けの単語ばかりなので詩的な表現を想像できれば読むことはできる。中には語呂合わせだけで意味を成さないものもあるが、それは日本の童謡や手遊び歌も同じだ。

 知ったものもいくつかあり、侑哉は卵の擬人化イラストを見て、不思議の国のアリスを思い出した。なぞなぞや風刺も多い。

「面白いな」

「でしょ? 読んでみる?」

「いや......これ、うちの売り物だろ?」

 そう言いながらも、侑哉はカウンター内の、普段荷物 を置いている椅子にマザーグースを置いた。

 あれだけ読書をすすめていた友義なら、空き時間に売り物の本を読んでいても咎めたりはしないだろう。


「あ、侑哉、あした暇?」

 花子がスマホを見ながら言った。誰かとラインをしているらしい。

「レイさんと一緒のグループにいた人が、新しいグループで初ライブなんだって。ライブの様子を写真で送ってほしいっ、てレイさんが」

 侑哉は、レイの若い頃の写真を思い出した。自分のかつての友人、いや戦友がまだ頑張っている姿を見たいのだろう。

「いいよ」

 侑哉が快諾すると、花子は嬉しそうに礼を言い、レイへ返信をした。ひょっとしたら今日は良い日なのかもしれない。そう考え、先ほど見たマザーグースの本をめくる。月曜日のくしゃみは危険なサイン、火曜日のくしゃみは知らない人とキス。思わず侑哉は、うーんと顔をしかめる。

「......やっぱり、詩に意味はないんだな」

 それでもザッと目で追う。今日は土曜だ。

「Sneeze on Saturday, see your sweetheart tomorrow...」

 土曜にくしゃみをすると、あした好きな人に会える。


 侑哉は苦笑した。小学生女子の占い本みたいだ。けれど、「花粉症? 風邪?」と言われるよりは「明日好きな人に会えるかもよ!」と言われたほうが、確かに少しだけでも楽しい気持ちになる。

 ささいなことでも、心の支えになるのかもしれない。

「気に入った?」

 花子が、本を読む侑哉に笑いかける。

「じゃあ、私バイトに行くから、またあしたね。待ち合わせとかは後で送っとくから」

 花子はそう言うと、軽やかに店を出ていった。

 レイが元気そうなこと、あの時解散ライブで見た人の新たな門出を見られること、それを花子と共有すること。

「占いは信じないけどさ」

 侑哉は誰もいない店内で、おかしそうに呟く。明日楽しく過ごしているだろう自分が、ひょっとしたら一番会いたい人なのかもしれない、と。


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