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昼休み02


魔王の存在を知っているのは、千年前の世界に生きていた者だけのはずだ。

そして魔王というその単語を、千年前の彼の世界の言葉で発音できるのも、千年前の世界に生きていた者だけのはずだ。


ゆったりとした動作で、大きく足を組みかえる。

おうみは余裕たっぷりな態度で――そこに自分の座る王座でもあるかのような態度で――ヤツメとマリンの姿を眺めて唇の端を釣り上げた。


「貴様ら、何者だ」


「僕は、千年前の彼の世界で貴女を倒すべく戦った勇者だよ。目の下のほくろ、覚えてないかな」

「私は、千年前の彼の世界で勇者と共に貴女を倒すべく戦った聖女です。私も昔と同じく頬にほくろがありますが、前世は顔も隠していましたから、これは分かりませんよね……」


おうみはヤツメとマリンの顔をまじまじと観察した。

そして、

はははははははは!

と、爆発したかのように高い声で笑った。


「勇者に聖女。ははははは!貴様は何を言っている?まさか転生先の世界で、わしの息の根を止めたあの勇者とこうして再び顔を突き合わせているなんて、そんな嫌がらせのようにふざけた話があるか?」


「ある、みたいだよ。僕は最初この世界に生まれた普通の人間だったけど、小学生のころに頭を打って前世の人格と記憶が戻ってきたんだ。だから貴女のことは千年経った今でもはっきりと思い出せるよ」

「私も貴女のことをしっかりと覚えています、魔王さん。記憶が戻る前の私は聖女だった私とは全く違った性格でしたが、中学の夏ごろに頭を打って記憶を取戻してからは聖女だった頃の性格に戻りました。貴女もそうなのですよね?昨日の入学式で記憶が戻ったのですよね」


「……貴様らがわしと同じ、転生者だと言うのか!?」


話を聞いて、おうみは横にいたヤツメにグイッと顔を近づけた。

3人の様子を窺っていた生徒たちが驚きの声をあげる程の超至近距離で、おうみはヤツメの瞳を覗き込んだ。

刺し貫くように覗き込めば、目の前の男子生徒の黒い瞳は、おうみの瞳を真っすぐに見返してくる。


……ああ、信念なのか希望なのか何なのかは知らないが、こうして真っすぐな目は、見ているだけで苛々する。

耐えがたい程、苛々する。


忘れる筈もない。この苛立ちは、千年前と同じものだ。

今目の前にあるのは、間違いなくあの時の勇者とそっくりの忌々しい目だ。

そしてついでにこの男には、千年前の勇者と全く同じ位置にほくろがある。


おうみは思わず、立ち上がっていた。


「分かった。貴様はあの忌々しい勇者そのものであるようだ」


目の前の男が転生した勇者なのだと認識をしてしまえば、全部納得できたような気分になった。

そして同時に、おうみの中に泉の如く魔王の記憶が溢れて蘇ってきた。


とても気分の悪い、腹ただしい記憶。

有志ヤツメ、もとい勇者が、最強の魔王である自分の心臓を止めた、ただ一人の怨敵だという記憶。


千年前の彼の世界。

聖女と弓遣いと賢者とパーティを組んで魔王の元へやって来た勇者のことは、今まで同様早々に消し炭にしてやる予定だった。

しかしこの勇者一行は、魔王たちに対して思わぬ抵抗を試みてきた。

聖女は恐ろしい速さで仲間の傷を治し、弓遣いは長射程から勇者の援護をし、賢者は魔法で勇者と共に戦った。

聖女たち3人は、まあ人間にしては及第点の活躍で散っていったが、勇者だけは違った。

倒れた仲間に涙しながら、「この為だけにずっと努力を重ねて来た」とか何とか言って、物凄いスピードで戦場を駆け抜けて、降り注ぐ魔王の斬撃と迫りくる轟炎を避け切った。

そして迷いなく魔王の懐へ飛び込んで来て、手に持っていた剣を魔王の心臓に突き立てた。

魔王は勿論勇者の心臓を抉ってやったが、魔王自身も結局は勇者と共にこと切れた。


魔王はこの勇者に斃されたのだ。

彼の世界での、世界征服は為せなかった。

森羅万象の頂点に立つという魔王の存在意義は、この男の所為で絶たれた。

魔王の最後の記憶、煮えたぎる怒りの記憶がおうみの中で込み上がってくる。


許せない。人間の分際で。

認めない。人間なんかに。

何かの間違いだ。人間のごときに。

今度会ったら絶対に、この手で捻り潰してやる。

魔王の方が格上なのだと、こんな人間の男などに負けるはずが無いのだと、思い知らせてやる。

そんな風に思ったこの怨敵の存在を、忘れる筈がない。

死ぬ間際に見たこの憎い男の姿が、記憶から色褪せることは未来永劫無いだろう。


「このわしが認めてやろう。貴様はやはりあの時の勇者だ。貴様の顔を見ると耐えがたいほどの嫌悪感に苛まれる。それはもう、貴様を映したこの目玉も貴様と喋ったこの口も貴様の声を聞いたこの耳も、全て殺菌消毒したい心持ちだ」

「酷い……僕だって横嶋さんに心臓抉られてるのに」

「貴様の心臓とわしの心臓の重みは蟻と象程に違うのだ。わしの心臓を一度止めた事、わしは絶対に忘れん。わしは貴様を絶対に許さん」


絶対に許すことのできないこの男と千年の時を経てもこうして顔を合わせたということは、きっと偶然ではないのだろう。

そうだ。これは必然だ。

最初はなんと皮肉な運命めかと呪ったが、魔王が魔王としてこの世界で在る為に、完全に勇者を消す機会なのだと思えばいい。


ならば今度こそはこの男を葬り去る。

必ず。この手で。

これは世界を征服するよりも何よりも、優先すべき事項だ。魔王がまず為すべきことだ。

何よりも先に、この男を負かさなければ。



転生した勇者の存在を認めるや否や、おうみは次の行動に出た。


「そうと決まれば、消えろ有志ヤツメ!!!!!」

「わっ?!」


おうみはまるで野生の狐のように、いきなりヤツメに飛び掛かった。


教室では「きゃあああ!!!」と主に女子生徒から金切り声が上がる。

それはヤツメの命が危険に晒されているという悲鳴ではなく、どちらかと言えば、憧れのヤツメがいきなり女子に押し倒されたからだった。


「死ね勇者!今度こそはわしがこの手で直々に我が眼前から葬り去ってくれる!!!!」


教室の床に転がったヤツメにすかさず馬乗りになったおうみは、ブンと腕を振り上げる。

そして千年前に勇者の心臓を抉り取った要領で、ヤツメの心臓目がけて手を振り下ろした。


「ま、待って!今の貴女は魔王では無いから、僕の心臓をそうやって抉るのは無理だよ」

「はあ?!無理な訳があるか!放せーっ!」


心臓を抉り取れたはずだった。

しかしおうみのか細い人間の腕はヤツメの心臓に届く前に、簡単にヤツメに捕らえられてしまっていた。


「横嶋さん、ちょっと落ち着いて」

「我が仇敵を前にして落ち着いてなどいられるか!心臓を抉り殺すことが無理なら丸焼きだ!焼け死ね!魔法よ今度こそは発動しろ!」

「横嶋さん、今の貴女は女子高生なんだよ。心臓も抉れないし、人間を灰にすることは出来ないと思うんだ。だからちょっと僕の上からどいてくれないかな」

「人間の分際で知ったような口を利くな!貴様は彼の時も今も、やはり人間の分際でわしに歯向かおうとする。だがきっと明日にはわしの魔力も戻る!その時になって泣いて許しを乞うても絶対に貴様から灰にしてやる!」

「えっと、横嶋さんは魔王だけど、今世は僕らと同じただの高校生だよ。多分明日も明後日も魔法は使えないよ」

「そんな馬鹿な事があるか!魔法は使える!わしは人間でも魔王なのだぞ!放せーっ!!!」


騒ぎを聞きつけて、クラスが更にザワザワとしてくる。

おうみが暴れていることを聞きつけて皆が集まってきたのだろう。


床に転がっておうみに馬乗りになられているヤツメはそのことをいち早く感じ取り、暴れまくるおうみの、もう片方の腕も掴んだ。

おうみの細い女子高生の両腕は、固定されてピクリとも動かせなくなってしまった。


「……もしかしたら僕がこの世界に転生したのは、貴女の面倒を見る為なのかも。もし今世でも僕にその使命があるのなら、僕がやらないと」

「はあ!?」


おうみに馬乗りになられているにもかかわらず、ヤツメは楽々と体を起こした。

そしておうみの片腕をぎゅっと握ったまま、上に乗っていたおうみを抱えるように支えるという余裕の行動に出た。

かなり密着して見えるそれを目撃したクラス中の女子が、卒倒しそうな勢いで叫んだのは言うまでもないが、それよりも大声で叫んだのはおうみだ。


「ぎゃああっ!人間の分際でわしを軽々抱えるな!身の程を弁えろ愚か者の痴れ者が!!!」

「でも身の程を弁えろと言っても、横嶋さんは精神はどうあれ身体は僕と同じ普通の人間だよ?」

「阿呆め!わしは普通の人間などではない。貴様も知っているように、わしはこの世界を統べる存在だ!この世界を終わらせる、崇高なる魔王なのだぞ!」


おうみは捕まえられていない両足をなんとか駆使して、無理やりヤツメの拘束を振り払った。

しかし、そんなおうみの必死の行動を見つめるヤツメの目線の一つ一つが何とも余裕そうで、ことごとく癪に障る。


「くそ、まだ力は戻らんのか!」


魔王本来の魔力が戻れば、今頃はこの男の頭蓋を三度程吹き飛ばして借りを返せていた筈なのに。

魔王本来の怪力が戻れば、今頃はこの男の心臓を五度は握りつぶして積年の恨みを晴らしていた筈なのに。


「だから、今の横嶋さんは人間だから、魔法とか怪力とかまでは無理なんじゃないかな」

「全てにおいて不可能を唱える貴様ら人間のような存在と一緒にするな!わしは魔王、不可能はない!わしは必ず貴様を斃す!!」


乱暴に吐き捨てたおうみは、ヤツメにくるりと背を向けてバッと踵を返した。

その時丁度、聞き耳を立てていたクラスメイトの一人がおうみの進行方向を遮って来たので、おうみは八つ当たりも兼ねて怒鳴りつけた。


「どけ!!わしの前に立つな、人間ふぜいが!」

「えっ、は?」

「わしの前から消えろと言ったのさえ分からんのか、燃やすぞ!!!!」

「ひ、ひいっ!!」


驚いて飛び退いた生徒を、まるで赤い目の肉食獣の如く睨みつたおうみは、邪魔な机と椅子を乱暴に突き飛ばして教室から走り去った。




教室で取り残されたヤツメは、床から立ち上がって制服の埃を払っていた。

マリンに大丈夫かと声をかけられて、頷いたヤツメが椅子に座りなおしたタイミングを見計らい、様子を窺っていたクラスメイトの一人がそそくさと近付いてきた。


「えーと、ヤツメくんと星城さんは、あの中二病……ンンッ、横嶋さんと仲が良かったりするの?」


明るくてクラスでも目立つタイプのその男子生徒は、チラチラとおうみが去ったドアの方を見ながら2人に尋ねた。

男子生徒は微笑むマリンにはなかなか目を合わせられないらしく、ヤツメの方ばかりを見ていたので、ヤツメが返答をした。


「仲は、まだいいとは言えないね」

「だ、だよなー!横嶋さんちょっとおかし……ンンッ、変わってるもんな。なんか怖いし。4限の物理の授業でもさ、『なんだ、その愚問をわしに答えろと?わしは物理法則を超越した存在であることがまだ理解できんのか?』とか言うしさ。ブレずに自分のキャラ設定貫けるのは逆に凄いけどさあ」

「うーん、でもキャラ設定では無いような……」

「あ、そうだ。それよりさ、折角あのヤバいヲタク……ンンッ、横嶋さんがいなくなっちゃったことだし、俺らと合流して昼飯食べない?」


男子生徒はもう既に仲良くなっていた何人かのクラスメイトを呼んで、ヤツメとマリンの横で弁当を広げ始めた。


ヤツメとマリンは何となくおうみが去った教室の扉に目をやってから、後からおうみに返すつもりでおうみが残した弁当箱を仕舞い、クラスメイトを受け入れた。




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