昼休み
入学式を経て、次の日。
午前中のホームルームと幾つかの授業が終わり、昼休みになった。
1年D組の教室で、窓際の列の後ろから二番目の席に座っていたおうみは、クマ柄の弁当の包みを開け、パクパクと食べているところだった。
勿論、おうみの周りには誰もいないし、話しかけようと試みる者もいない。
それもそのはず。
入学式では校長も腰を抜かすほどの新入生挨拶もさることながら、おうみはホームルームで行われた自己紹介の時には、にやりと笑いながら「将来の夢は世界を我が手中に収める事」と発言して、またしてもクラス中を黙らせた。
そしてそれだけにはとどまらず、日本史の授業では「『戦国時代は強者がひしめき合っていた時代』だと?ハッ、刀でカンカン打ち合っていただけの矮小な人間同士の争いなど生ぬるすぎて反吐が出る。わしは片手で大陸を一つ沈めてきたぞ?」と吐き捨て、国語の授業では「『メロスは素晴らしい人間』だと?ハッ、この程度の人間を美化して喜ぶなど、人間はやはり低能だ。わしであれば話をややこしくした王共々その国を潰してやるのに」と笑ったのだった。
そんなこんなで、おうみに近づこうとする者は、D組の生徒たちの中には全くいなかった。
皆、遠巻きにおうみを見ては「終始あんな感じってやばくない?」「第一印象は地味だったのに全然違うじゃん」とひそひそ声を潜めているだけで、勿論話しかけたりもしない。
こんなおうみに話しかけようなんて、余程の勇者か聖女ほど親切でもない限りは出来ないだろう。
「横嶋さん」
なのに、おうみは話しかけられた。
呼びかけてきた声は一つだが、気配を二つ感じたおうみは顔を上げる。
そこには長身で爽やかなイケメンの有志ヤツメと、朗らかで天使のような容貌の星城マリンが立っていた。
「なんだ?人間の分際でこのわしに気安く話しかけるな。灰にされたいのか」
食事中に話しかけられてあからさまに眉を寄せたおうみに、「そんなこと言わないでよ」と二人は持っていたそれぞれの弁当箱を示して見せた。
「一緒に弁当を食べよう」
「一緒にお弁当を食べませんか」
その瞬間、人気者2人が揃ってヤバい奴に話しかけるなんて何事だ、と聞き耳を立てていた1年D組には激震が走った。
なんであの目立つ有志ヤツメと星城マリンがセットで、ヤバい横嶋おうみに話しかけてるの?
昨日の新入生代表挨拶聞いてなかったの?
2人とも優し優しすぎて、クラスで浮いてるやつをほっとけないって事?
それにしてもあの三人の組み合わせ、絶対おかしいよね?
そんな声が、今にもクラスメイト達の表情から漏れ出てきそうだ。
D組の生徒たちは、隠すのも忘れて3人の会話の行く末を凝視し始めた。
一方のおうみはヤツメとマリンを睨みながら、偉そうな態度で弁当箱の中のご飯をモグモグと咀嚼し、やがてゴクンと飲み込んでから、フンと鼻を鳴らした。
「貴様ら、わしと弁当を一緒に食べたいと言ったか?ハッ、笑わせる。貴様ら人間と一緒に弁当など、このわしが許すと思ったか?もう二度とそんな戯言を吐けぬよう塵にしてやろうか」
「うーん、でもどうしても聞かなきゃいけない事なんだ。申し訳ないけど、横嶋さんの隣に机移動させちゃうね」
凄むおうみも平気な顔をしていなしたヤツメは、そのまま机をガツンとおうみのものにくっつけ、有無を言わさずおうみを囲むようにして席に着いた。
「ちょ、何をしている貴様!わしの前でそんな無礼な真似をして、ただでは済まさんぞ。本来であれば業火で焼き尽くしていたところだ!」
「強引でごめんね。でも、どうしても聞きたい事があるんだ」
そんなことを言う涼しい顔のヤツメに続いて、マリンもおうみに机を寄せ、席に着いた。
こうして、1年D組の教室に、なんとも奇妙な図が出来上がった。
入学初日からよく分からないヤバいヤツと認識された横嶋おうみと、入学初日から生徒たちから熱い視線を向けられている2人が対面している。
「それで、横嶋さんに早速聞きたい事を聞こうと思うんだけど」
「わしは貴様ら下等な人間ごときと話す気にもなれん。貴様らは殲滅対象だ」
「そんなこと言わないで」
「黙れ、そもそも魔法が使えるようになれば貴様らなど一瞬で消し炭にしていたところなのだぞ」
マナーもへったくれも無いような態度のおうみは箸でヤツメを指さしたが、ヤツメは気分を害した素振りも見せず、穏やかに頷いた。
「ちょっと周りには聞かれたくないから声を落とすけど、単刀直入に聞くね。横嶋さん、貴女には前世の記憶があるんだよね?」
「………………なに?」
ぴくり。
ヤツメの発言を受けて、おうみの片眉が動いた。
「貴様、どうしてそう思った?」
「横嶋さんがこの世界の誰も知らない筈の存在の名前で名乗ったから。それから尊大な態度も、失礼な口調も、そしてその横暴な雰囲気にも、その口元のほくろにも思い当たる節があるんだ」
「思い当たる節だと?」
「ただの直感で、証拠とかそういうものが在る訳じゃないし、いきなり変なことを言う奴だって笑われるかもしれないけれど」
「愚鈍な人間め、前置きはいい。用件だけを簡潔に素早く述べよ」
「分かった。貴女はね、千年前の世界で僕が出会った『魔王』にとても良く似ているんだ」
「……ふうん」
おうみは含みを持たせて、にんまりと笑った。