地区予選2
去年よりも高く。
昨日よりも遠く。
そして誰よりも速く。
きっと、皆がそう思っている。
いや、地方予選だから適当に部活をやって何となく大会に出ているチームもきっとあるだろうから、それは言い過ぎかもしれない。
だけど、0.1秒でも高みを目指す選手も必ずいるのだ。
歴史のある強豪校や、去年の雪辱を晴らしに来た有名校、そしてここ最近勢いのあるチーム。
注目が集まる学校もある中で、完全に無名でテントの位置まで会場の隅の隅という、おうみたち都立伊瀬改高校陸上部の初戦が始ろうとしていた。
「じゃー、テントも何とか完成したことだし、出場種目の確認するぞ。三年・山法は100mとリレーの一走の二種目。二年・山田は立ち幅跳びとリレーの二走の二種目。一年・田中は砲丸投げと槍投げの二種目。同じく一年・林は長距離800と1500の二種目。一年・星城は200mとリレーの三走の二種目。最後に、一年・横嶋はリレーのアンカーの一種目。一年・有志はみんなの記録係として入ってくれている。以上」
顧問の木梨が、頭をボリボリと掻きながらオーダー表を読み上げた。
週末まで何故生徒の面倒を見なければいけないのか、とあからさまに面倒くさそうな顔だ。
しかしおうみがテーブルを勢いよくバシンと叩いたことで、木梨は飛び起きたような顔になった。
「貴様、ふざけておるのか!」
「えっ?」
「え?ではない。貴様はふざけておるのだな、そうだな?!」
眉をつり上げたおうみは、木梨の胸ぐらをつかんで吠えかかった。
相手の木梨が教師でも顧問でも、問答無用である。
「よ、横嶋さんいきなり何を」
「いきなり何を?ではない、この愚鈍!何故わしが一種目しか出られない?!わしのことは全種目に出せと言ってあっただろう!」
「え?!一選手二種までってルールだよ!?それに横嶋さん、一回走ったらバテちゃってその日一日走れなくなるから二種目出るのもきついでしょ」
「では百歩譲ってそうだとして、何故わしをリレーなんてものに出した!人間などとは群れんとあれほど言ったのに!この愚か者!」
「いやだって、仲間からバトン貰って走れるから、リレーならフライングの心配も無いしいいかなって思って。しかもアンカーなら、もう何も考えずにゴールに突っ込めばいいだけだし」
「はああ?貴様、このわしの出場種目を適当に決めたな?!」
「え?いやいや、ちゃんと部活中に確認したよね?横嶋さん生返事だったし、練習も殆ど出てなかったから、ちゃんと伝わってるかは怪しいなとは思ってたけど……」
「き、貴様あああ!」
もうすぐ競技が始まると言うのに、伊瀬改高校の陸上部のテントの中では、木梨の胸ぐらをつかんでおうみが荒れ狂っていた。
まあ、確かにちょっとフライングはするが?
確かに全力で走るとすぐにへばる脆弱な身体だが?
だが、だからと言って、地球上のありとあらゆる生命が畏怖する存在である魔王を、人間との団体競技に出場させるとは。
人間共と協力して走れなんて、魔王を馬鹿にするのもいい加減にしてもらいたいというものだ。
もしおうみの魔王の力が戻ったら、この顧問の木梨は勇者の次に血祭だ。
おうみが血走った目で睨むと、顧問の木梨はフイッと顔を逸らした。
「もうオーダー表出しちゃったから、今から変更は無理だよ~。あ、俺、珈琲買ってきまーす」
ギリギリと威嚇するおうみから逃げるようにテントの外に出た木梨は、すたこらさっさと会場すぐ近くにあるコンビニへ向かった。
付いているのは終始、溜息である。
「折角の土日も駆り出されるのに薄給で、しかもただでさえガキのお守りは疲れるってのに、あんな恐ろしいガキがいるなんて……ハア。教師辞めたいな~……でも辞めたらニートか~」
コンビニで買った缶珈琲の蓋を開け、木梨は何となくスマホを起動させた。
そして特に何も考えずに動画アプリのWeTubeを開き、たまたま上がってきた、都内の高校陸上を追いかけているWeTubeチャンネルをタップした。
木梨は昔は部活の顧問という役割が好きだったし、教師という職業が好きだった。
陸上が好きだったし、若者も好きだった。
でも今は陸上なんて好きでは無いし、若者は嫌いだ。
陸上なんてもうやるのも見るのも熱くはなれないし、若者は生意気なばかりで意味も分からない。理解してやれる気がしない。
木梨は、喫煙者が煙草を吸うように缶珈琲をグイッと飲んで、もう一度ハアと疲れた溜息を吐いた。