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入学式




新緑が芽吹く、麗らかな季節。

膨らむ期待を象徴するような広がる空の色と、きらめく希望を具現化したような陽の光。そして薄桃色の香りと共にふわりと薫る春の風。


この日はまさに、入学式のためにあると言っても過言では無いほどの、絵に描いたような入学式日和の日であった。

全国の新入生という新入生たちはきっと一人残らず、真新しくてまだ固い制服の袖に腕を通し、「少し大きいわね」なんて母親に言われながら、それぞれの学校へ向かうのだろう。

そして初々しい眼差しで何かに期待を膨らませたような、それでいて少し緊張したような面持ちで新しい学び舎の門をくぐり、そこで空気を肺一杯に吸い込んで、歓迎するように舞い踊る桜の花びらを見て目を細めるのだろう。


「都立伊瀬改高校 入学式」

大きな門の前に、白地に墨でそう書かれた看板が立っている。


ああ、ここが3年間青春を過ごす場所になるのか。

どんな出会いが待っているんだろう。

どんな出来事が待っているんだろう。

これからどんなことで笑って、どんなことで怒って、時には泣いたりもするんだろうか。

気の合う仲間が見つかって、弁当を一緒に食べて、箸が転がっても笑って、勉強で分からないところを教え合って、部活で敗けた時には一緒に泣いて悲しみを分かち合う。

きっと、素敵な高校三年間になるはずだ。


死人のような足取りで歩く一人の女子生徒を除いた新入生たちは、皆がそれぞれに期待に胸を膨らませながら、指示された入学式会場へ向かっていた。




「次は新入生挨拶です。新入生代表、1年D組、横嶋おうみ」

「は、ははははははい……」


横嶋おうみと呼ばれて立ち上がった新入生代表は、「野暮ったい」を絵に描いたような女子生徒だった。


瓶底眼鏡と、今時逆に珍しいくらいの真っ黒な黒髪の三つ編みのおさげ。

気弱な猫背、風が吹けば折れてしまいそうな病弱な手足。

口元のほくろは綺麗な女性が付けていればセクシーだと言われたかもしれないが、野暮ったい彼女が付けていては、せんべいの胡麻が付いているようにしか見えない。

しかも彼女は返事一つするにも噛みまくった挙句、緊張して階段で不格好に躓き、アワアワと挙動不審になっている。

そんな哀れな様子と、校則をびっちり守って丈長スカートに白ソックスと言った着こなしも相まって、他の新入生たちの目に映る横嶋おうみはどこからどう見てもお手本のような「ダサい女子」だった。


大きな体育館に集合し、新入生代表の横嶋おうみが階段を上って壇上へ上がっていくのを見ていたほとんどの新入生たちは、憐れむような目をしていた。


「何か地味な子」

「要領悪そう」

「あんなダサい子いたんだ」

「しかもめっちゃ緊張してガチガチじゃん。あれで挨拶とかできるわけ?」

「……あ、階段で躓いた」

「どんくさ~。なんか初日から虐められそうな子だよね」


横嶋おうみが階段で躓いたので、新入生の何人かが、顔を見合わせてくすくすと笑い合った。

後から聞こえてくる辛辣な笑い声から逃げるように、階段を上る横嶋おうみの背中がさらに縮まる。



麗しい春の日の、期待の詰まった華の高校生活の始まり。

だけどこのダサい新入生代表には、華の高校生活なんてきっと関係のない話だ。

彼女はきっとお昼休みも一人で弁当食べる事になるだろうし、もちろん男子からもモテないだろう。

折角の高校生活だけどいじめの対象にならなければ万々歳で、彼女の青春はきっと、声を出さずに本に熱中した振りをしながら教室の隅っこで息を潜める思い出だけで塗りつぶされていくことだろう。


自分より格下であるダサい横嶋おうみを横目で見ながら、新入生たちは薄ら笑っていた。

勉強を頑張った新入生よりも、クラスで目立てる自分らの方に価値があると思いながら、入学式が終わったらクラスの誰に話しかけようか考えている者ばかりだった。



「わっ!」


しかしそんな中、薄笑いを含んだ空気を一掃するかのような、強烈な春風がブワッと吹いた。

それは体育館の内部にまで大きく吹き込んで来て、何人かの男子生徒が声を上げた。そして数人の女子生徒はスカートを押さえて悲鳴を上げた。


しかしその強い春風が運んできたものはそれだけではなかった。


体育館に、「危ない!」と大きな驚きの声が響く。

何事かと思って生徒たちが顔を上げると、体育館の壇上から一つの細い影がぐらりと揺れて、宙に浮いたのが見えた。


その場にいた人間がアッと思った時にはもう遅かった。

次の瞬間すぐに、ごつん!!!と大きな音がした。


なんと、横嶋おうみが、壇上から転げ落ちたのだ。


確かに風は強烈だった。

でもいくら強風だったからといって、足元を掬われて階段から下に転げ落ちりするだろうか。

余程どんくさくて余程運動神経が悪くない限り、そんなことはないだろう。


体育館は静まり返った。


階段から転げ落ちた横嶋おうみは床に転がったまま動かない。

落下した横嶋おうみは、受け身もろくに取らないまま、床に頭を打ち付けたようだった。


これには、うすら笑いを浮かべていた生徒たちも流石に驚いて身を乗り出した。


まじかよ。

これって救急車呼んだほうがいい?

風に吹かれてバランス崩すとか、どんくさいにもほどがあるよね?

てか凄い音したけど。

頭モロ打ちしてたよね。死んだかも。

え?嘘でしょ。


……ざわざわ、ざわざわ。


「ごめん、ちょっとどいて!」


顔を見合わせる生徒たちの間から、あっけなく階段から落ちてしまった横嶋おうみを助ける為に真っ先に動いた影があった。

泣きぼくろが印象的な端正な顔の男子生徒だ。


男子生徒は床に伏して動かない横嶋おうみの横に屈み、動かさないように慣れた手つきで様子を確認しようとした。


「申し訳ありません、私も通してください。一刻を争う事態かもしれません。私の治癒魔法で……ではなくて、そこの方、救急車を呼んでください。お願いします」


誰よりも先に横嶋おうみを助ける為に動いた男子生徒に続いて、頬のほくろが可憐なサラツヤストレートの女子生徒が、整列した生徒たちの間から前に出てきた。

おうみの傍に駆け寄りながらも、最前列にいた他の生徒に救急車を呼ぶように指示を出す。


そして2人の生徒は動かない横嶋おうみに必至に声をかけた。


「僕の声聞こえる?意識はある?」

「新入生代表さん、大丈夫ですか?」


横たわる横嶋おうみからの返事はない。


だが返事をする代わりに、横嶋おうみはバチッと目を開けて、何事も無かったかのように自分で上半身を起こし、そしてあっさりと立ち上がった。


「やれやれ」


おうみは息をつく。

だがその姿は、先ほどまでとどこかが違う。

さっきまで野暮ったい猫背だったのに、今は何故かやけに背筋が伸びているように見える。

消え入りそうな歩幅だったか細い足は、何故か完全に仁王を再現したように立っている。


「ようやく記憶が戻ったか……」


コキコキ。

大勢の生徒たちには背を向けたまま、おうみはゆっくりと首を回した。


体育館にいる全ての生徒たちは漂う違和感を感じ取り、じっと固まっているようだ。

おうみはその沈黙を楽しむようににんまりと笑い、そのまま大股で階段を上って、壇上で待機していた校長の前に立った。

決して背は高くない筈のおうみを見上げた校長がごくりと息をのんだ様子が、生徒たちからも見て取れた。


「さて。そこの人間は、このわしに挨拶をしろと言ったな。本来であれば人間などわしの言葉を聞く前に破滅すべきだ。しかし今回はわしの記憶が戻った祝いに、特別に聞かせてやろうか」


独り言のようにそう言ったおうみは、壇上でくるりと身を翻した。


話し出すために息を吸い、上から整列した生徒たちを見下しているおうみはにんまりと笑う。

その顔は先ほど階段から転げ落ちたダサい優等生の顔ではなく、新入生たちの顔をゴミのように見下す、尊大で横暴で、邪悪で強大な顔だった。


だが生徒たちはまだ、この横嶋おうみが新入生代表である筈だと信じていた。



「良く聞け、愚かな人間ども。わしはギルティギア・ロゼッタ・コーランド・パウレパル。今この瞬間、わしはこの世界に再臨した。貴様ら人間を一匹残らず殲滅するために!!!!!!」



なるほど。

新入生代表は見た目から絶対ダサい子だと思っていたけど、話すと随分なギャップがあるんですね。

再臨とか殲滅とか、随分個性的な新入生代表挨拶ですね。

って、

………………っっっは?????????



「ははははははははは!!!!」


全生徒が口をあんぐりと開ける中、横嶋おうみは大きく口を開けて愉快そうに笑った。


「愚かな人間どもよ、恐ろしいか?このわしが恐ろしくて声も出んか?しかし心配は無用だ。貴様らは痛みを感じる間もなく消してやろう。このわしが直々に、塵も残さずな。これから始まる世界の終わりの余興としては少し派手さは足りんがな!!」


「……????????」

その場にいるすべての人間が、呼吸すら忘れて呆けていた。


え、これって新入生代表挨拶だよね?

ダサくてつまらない新入生挨拶の筈だったよね?

なのになんなの、これ?


生徒たちは一人残らず、未知の宇宙へトリップしてしまったような、あっけにとられた顔をしていた。

体育館の中にいる人間は誰一人として微動だにできず、おうみから目が離せなかった。


「はははは。愉快だ。無様な人間どもが滑稽に口を開け、恐れ戦き絶望している。わしは矮小な人間が無様に恐怖する顔が好きだ。傲慢な人間がこの世に希望など無いことを悟る瞬間が好きだ。この上なくな!!!!!」


おうみは、かけていたメガネを投げ捨てて、両方の三つ編みを引きちぎるように解き放った。

メガネに遮られていた眼光は三日月のように笑い、軽くウェーブのかかった黒髪はどこからともなく吹き抜けた風に吹かれて、まるでマントのように広がる。

野暮ったくて気弱、そして言うなればモブのような印象だった横嶋おうみとの面影は、完全に消え去っていた。


「貴様らは、我が野望である世界征服の最初の礎だ」


仁王立ちのおうみは壇上で、片手をバッと宙に掲げた。

何か、来る。体育館にいた生徒全員が直感的に身構えた瞬間。


「一燼も残さずわしの業火で灰に成れ、人間どもよ!!!!!!!!!!」



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