地区予選1
陸上競技の地方大会。
都内のそれは6月の上旬の今日、行われる。
会場となる陸上競技場に入ってまず目に飛び込んでくるのは、特殊な合成ゴムで作られた広いトラック。
そして巨大な電光掲示板と真新しいスピーカーや、もうすでに並んでいる最新のスタートダッシュブロックも、これから始まるのが陸上競技の大会なのだということを教えてくれている。
天を仰げば、夏を始めようとじりじりと熱を上げながら突き抜ける晴天の日。
試し打ちの号砲の音。
スピーカーから聞こえる、各校のオーダーの提出を求める声。
そして周りを見れば出場校が続々と集まり、割り振られた場所に待機用のテントを立て始めていた。
「地方予選だと言うのにすごい会場ですね、ね、おうみさん!」
組み立て式のテントの機材や部活の道具を持って割り振られた場所に向かう途中、マリンがきょろきょろとあたりを見回しながらおうみの袖を引っ張った。
袖を引っ張られたおうみは鬱陶しそうに身をよじりながら、ふんと鼻を鳴らす。
「会場が凄かろうがみすぼらしかろうが関係ない。わしは全てを下し破壊するのみよ」
「おうみさん、優勝する気満々ですね」
「当り前だ。いやむしろそれが自然の摂理だ。わしのような存在が頂点でない訳が無いだろう」
勇者が大会に出ないというのだから、おうみが頂点を獲れることは確実だ。
ここにいる敵はすべて勇者とは違って脆弱で愚鈍な人間なのだから、魔王が勝てない訳が無い。
こんな地方の大会などすっ飛ばしてさっさと全国大会に行き、さっさと全国一を取りたいものだ、とおうみは溜息を吐いた。
「ふふふ。私はおうみさんが同じチームで心強いです。……あっ!」
いつものように尊大な顔のおうみの横で微笑んだマリンは、ドンと前から来た集団にぶつかってよろけた。
マリンが腕に持っていたテントの機材がずれて下に落ちそうになる。
おうみはよろけたマリンに特に手を貸すことは無かったが、立ち止まってマリンにぶつかった相手を見上げた。
相手は茶色と白の長くて太い三つ編みと、鷹のように鋭い目が特徴的な、背の高い他校の女子選手だった。
手足がスラリと長く、いかにも短距離を走りそうな見た目だ。
彼女はよろけたマリンに手を貸し、頭を下げた。
「恐縮至極。前を見ていなかった。大丈夫か?」
「こちらこそごめんなさい。私もおうみさんを見ていて前をしっかり見れていませんでした。怪我などは有りませんし、テントの機材も無事です」
「そうか、よかった。君達も走るのだろう?競う前から怪我をさせたとあってはいけないからな」
「ご配慮ありがとうございます。貴女もお怪我はありませんか?」
「ああ、このとおり何ともない」
「そうですか、良かったです」
鋭い目の女子選手はマリンに対して小さく微笑み、横にいたおうみをちらりと見た。
「君はマネージャーだろうか。そちらの選手にぶつかってしまって申し訳なかった。何ともないようだが、私は生まれつき身体が頑丈でな、幼い頃に人にぶつかっただけで怪我をさせたこともあるんだ。万一のこともあるからちょっと気にかけて見てあげてくれ」
おうみはマリンと同じく伊瀬改高校のジャージを着ているが、白い肌と低身長、か弱く脆弱ないで立ちに加えて地味な顔立ち、と全くスポーツ向きではない身体ゆえに、見知らぬ他校の選手にまで選手ではないと認定されたようだった。
「……貴様、まさかこのわしの力量を測り間違えたのではあるまいな。恐れるべき存在の恐ろしさが分からぬ者は真っ先に消えるぞ?」
「不得要領。どういう意味か分からないが、君はずっと引き籠りをしていたような体で、とても走れるような身体はしていないしなあ」
うーんと首を傾げた鋭い目の女子選手に、おうみは「無礼すぎる!」と飛び掛かっていくところだった。
しかし絶妙なタイミングで少し前を歩く女子選手のチームメイトの一団が彼女を呼んだらしく、彼女は「いかなくては。すまない、では」と去ってしまったので、おうみの怒りはひょっこり現れたヤツメに向けられることとなった。
「人間ふぜいがあああああ!!」
「わああ!!!いきなりどうしたの横嶋さん?!」
「人間の癖に、わしが聖女より劣っているような言い方をしおってええ!」
テントの機材をその場に投げ捨てて襲い掛かってきたおうみの相手をしながら、ヤツメはマリンに「何があったの?」と尋ねた。
困ったように笑ったマリンは「ちょっと強そうな選手に会っちゃったのです」と言いながら、女子選手が去っていった方に振り向いた。
一番身長の高い先ほどの女子選手に、同じチームのメンバーらしき小さめの男子選手、髪の色が蛍光色な背の高い男子選手、そして深い緑の髪の女子選手が並んで歩いている。
皆足がスラリと真っすぐで、強くしなやかな筋肉が見て取れた。
そんな彼女たちのジャージの背には『私立鳳学園』とあった。
ルールがもはやファンタジーになっておりますので、ご注意ください。