ヤバい一年
その時。
ぽかんと音を立てた何かが、生徒会長の頭にぶつかった。
こつんと下に落ちたものを見れば、それはミックスオレの空パックだった。
「低劣な人間ども、邪魔だ。わしの歩む道から今すぐに失せなければ、我が業火を以って灰にしてやろうか」
………………は????
あと1センチでマリンに触れそうな距離にいた生徒会長は顔を上げ、取り巻きの男子生徒たちもぽかんとしたまま声のした方に振り向いた。
そこに仁王立ちをしていたのは、家までの最短距離を猛進している途中のおうみだった。
「業火って……は?お前、今なんか言った?いやこんな地味女が俺に向かって喋る訳……」
「わしの言ったことが聞こえなかったのか?それとも言葉が分からんか?では貴様は下等な人間の中でも、更に劣った個体という訳か」
「な」
「なんだ?脆弱な人間の中でも更に劣った個体の分際で何か文句があるのか?このわしに?」
校則を厳守した膝までのスカートで白いソックスを履いたおうみは、ナメクジでも見るように目を細めた。
「こ、この地味女!偉そうに何言ってんだ!頭おかしいんじゃないのか!」
「頭がおかしい?いかれている?最底辺のナメクジ以下?それは貴様の方だろう。進むわしの前に立つんじゃない。この劣等種が」
「は、はあああ??!!!俺はお前なんかとは比べ物にならない程金持ちでエリートで、成績優秀な生徒会長で、顔もイカした超優良種だろうが!!!!!」
「キャンキャン吠えるな、超低劣な雑魚が。目障りだ。跡形もなくわしの前から消え去れ。本来ならその煩い口を裂いて鳥の餌にでもしてやるところだが、まだ本調子ではないから勘弁してやろう」
「はああああ?!こ、この地味女!よく分からんがやけに人の癇に障る奴だな!!」
あまりにも上からものを喋るおうみの態度に我慢できなくなった生徒会長は、おうみの胸ぐら目がけて手を伸ばした。
しかしおうみがそれを払いのける前に、「横嶋さん、忘れ物!」という声と共に分厚い古典辞書が飛び道具のように飛んで来て、正確に生徒会長の手の甲を撃ち抜いて地面に落ちた。
「痛っ……!!!なんだ?!」
生徒会長がキッと眉を寄せて睨んだ先には、やってしまったとちょっと戸惑った顔のヤツメがいた。
どうやらヤツメは、古典辞書を届ける為におうみを追いかけてきてこの場面に遭遇したようだった。
「ごめんなさい先輩、つい。痛かったですよね。でも横嶋さんは怒らせると絶対面倒臭いので……」
「お前っ!次から次へと現れて、最終的に俺に参考書ぶつけるなんて、覚悟できてるんだろうな!!」
申し訳なさそうなヤツメの謝罪も耳に入らないくらい、生徒会長は眉をつり上げていた。
顔つきからしていかにもプライドの高そうな生徒会長は、おうみの横をズンズン歩いてヤツメに向かっていく。
女子のおうみ相手にはまだ多少理性は残っていたのかもしれないが、相手が男子のヤツメと言うことで、生徒会長は迷いなく拳を振り上げた。
「お前ら一年、全員まとめて保健室に送ってやる!!!」
「先輩、いきなり危ないですよ!」
「っ!ちょこまかと!」
ヤツメに一発目を軽々と避けられて、更にムキになった生徒会長はビュンと長い足で足技も繰り出した。
突然現れたそのつま先は、ヤツメのこめかみにクリーンヒットする寸前だった。
タン!!!!!!
「ごめんなさい先輩、つい……」
次の瞬間、再び困ったような顔のヤツメは、なんと生徒会長を地面に転がしていた。
つま先をいなしたヤツメが、あっさりと生徒会長へのカウンターを成功させていたのだ。
「あ……」
しばらくぽかんとしていたが、自分の状況に気が付いた生徒会長は怒りにガクガクと震えだした。
相当な屈辱だったらしく、吠える声も上手く呂律が回っていない。
「こ、こ、こ、こ、こ、この一年男に地味女!夢女もろとも、お、お、お、お俺が退学にしてやる!!!」
「先輩、待ってくださいってば」
ガシッッ!
暴れようとする生徒会長の四肢を反射的に抑え込み、ヤツメは困ったように笑った。
「どうしよう横嶋さん。先輩を完全に怒らせてしまったみたい」
「阿呆め。だが脆弱な人間である貴様なら、こんな雑魚に手間取るのも無理はないか」
おうみは、まだうるさい生徒会長の顔の前に屈んだ。
割と横着なヤンキー座りだったので生徒会長に向けてパンツが丸見えになっていたが、気にするようなおうみではない。
おうみは驚きを隠せない生徒会長の顔ににゅっと手を伸ばした。
そして片手で両頬を鷲掴みにし、三日月の様に細く笑った目で容赦なく生徒会長を見下す。
「いい加減その汚い口を閉じろ。でなければ、貴様には泣き喚くほどの仕置きをして、わしの足元で額を床に擦り付けながら許しを請うようになるまで調教してやるぞ?それともわしの顔を見れば尻尾を振って靴を舐めるように教え込んでやろうか。なあ、卑劣な顔で笑う低俗個体には丁度いいだろう?」
「……な」
「ははは、阿呆が。冗談だ。わしに下等生物を飼いならす趣味はない。脆弱な人間には滅びあるのみだ。わしがこの世界に終焉をもたらすその日まで、せいぜい安らかに散れるように慎ましく祈って暮すがいい」
はははははと高く笑ってから、あっさりと生徒会長から離れたおうみは、家への帰り道を辿り始めた。
その後ろには、「横嶋さん、古典の辞書忘れてる!」とおうみを追いかけるヤツメと、「おうみさん、あの、ありがとうございました!」とおうみに礼を言うマリンの姿が続いた。
そして取り残された生徒会長たち3年生の一行は、顔を見合わせていた。
「マリンちゃんはまあ、ちょっと夢女っぽかったけど、やっぱ可愛かったな」
「クソ重い古典辞典を正確に飛ばして来たあのイケメン男はすごかったな。ウザかったけど」
「いやいや、すごかったのはあの地味顔の女でしょ。世界の終焉とか言ってたし相当キてたよ。てかアイツに違いないよな、イセ校スレで話題になってる一年」
取り残された生徒会長たちは、おうみたちが消えていった方向にちらりと視線をやった。
そして全員で同時に溜息を吐いた。
「なんか今年の一年ヤバい奴ばっかだな……」