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部活



また朝が始った。


学校に登校し席に着き、出席を取ってしばらくすると授業が始まり、我慢をしていると授業終わりの鐘も鳴る。


「休み時間か」


腕を組んだまま眠っていたおうみは、薄く目を開けた。

つまらない授業の時間はせめて眠って有効活用してやろうと決めているが、休み時間は不思議と眠たくない。

教室を出て自販機でミックスオレでも買おうかと、鞄に手を突っ込んで財布を引き上げた時、おうみは後ろから声をかけられた。


「横嶋さん、飲み物買いに行くの?僕も行こうかな」


渋々振り返ると――声でおおかたの見当はついていたが――おうみの後ろにはヤツメがいた。

「来るな」とあからさまに嫌そうな顔をしてやっても、ヤツメはケロッとした顔で微笑んでいる。


おうみは引き離すように歩き出したが、ヤツメは自然な歩調でおうみの隣に並んだ。


「そういえば横嶋さん、部活まだ決まってないよね。だったら陸上部に入るのはどうかな」

「わしに人間と徒党を組めと?馬鹿げたことを」

「でもさ、一年生は部活に強制入部だよ。横嶋さんも何部かに入らなきゃ」

「わしが貴様らと群れる謂れなどない。学校のルールを守ってやる義理も無い」

「でも横嶋さん、僕に勝ちたいんでしょ」

「それは当り前だ。わしの足元に這いつくばる人間の姿を見下す程甘美なものはないからな。特に貴様。貴様が無残にボロボロと泣いて、哀れに命乞いをする姿が何より見たい」

「……。いつも思うけど、横嶋さんのこと知らない人が聞いたらほんとにビックリされそう」

「何か言ったか」

「ううん。でも、だったら、やっぱり陸上部に入ったらいいんじゃないかな。陸上部に入れば、いつかは僕に勝てるかもしれないよ」


珍しくヤツメに煽られた気がする。

おうみは辿り着いた自販機のミックスオレのボタンを乱暴に押してから、ヤツメの顔を睨みつけた。


「貴様、なんだその口の利き方は」

「うん。だって横嶋さん、僕より足遅いよね」

「あれは、この、人間の身体がまだわしの力に付いて来れていないだけだ」

「でも千年前だって、貴女が僕の速さに負けたから僕に斃されたんだよ」

「……お、お前だってわしに殺されて死んだくせに」

「でも先に攻撃を成功させたのは僕だったよ」


やっぱり心底いけ好かない。

おうみよりもヤツメの身長が高いせいで見下げられる格好になっているのも、ヤツメがおうみと同じミックスオレを買ったのも、さらに言えば息をしていることも存在していることも全て気に食わない。

ヤツメは普段、言葉でおうみを苛々させることは少ないが、今日はそのわずかな利点さえ消え去っている。


ドン!!

おうみは飲み物を買い終わったヤツメの顔の横に勢いよく手をついた。

身長が少し足りないが、所謂壁ドンの姿勢である。

しかしその実態はロマンチックの欠片もなく、憤慨した肉食獣が今にも狩人に噛みつかんとしているような状態だった。


「……いいだろう。やはり貴様はこの手で捻り潰さねば辛抱ならん。貴様がわしの足元にひれ伏して恐怖に震え、大声をあげて許しを請うのを見る為であれば、わしは何でもしてやる。陸上部にでも入ってやる」


勇者を下すのはこの魔王だ。

どんな手を使ってでも、それは成し遂げてやる。

それに、煽られたままで魔王が引き下がれる訳もない。


おうみはこれ見よがしに、買ったばかりのミックスオレに殺意を込めてストローをぶっ刺した。

すぐに貴様を抜き去って、こうして串刺しにしてやるの意だ。

しかしヤツメはそれを見て微笑んで「やっぱり横嶋さんは、煽られ耐性が低いのは千年前から変わってないね」と言い、何故かどこからともなく紙を一枚出して来た。


「じゃあ、はいこれ」

「なんだこの紙は」

「入部届だよ」


ヤツメはおうみの気が変わらないうちにとでも思ったのか、ご丁寧にペンまで用意していた。

この場でサインをしろと言う事らしい。

おうみはヤツメからペンをひったくり、自らの名前を殴り書きにした。

ヤツメはその入部届を受け取って、丁寧に折りたたんで胸の内ポケットに入れた。



「横嶋さんと走った時、僕はあの千年前を思い出したよ。横嶋さんはもっと強く、もっと速くなると思う」


独り言のように言ったヤツメは、静かに校門の外に視線をやった。

千年前とは違って命を懸けて救う必要のない平和な街と、進むことが容易なように整備された道が見える。


ヤツメはその景色と何かを比べて、過去を懐かしむように目を細めたが、ヤツメが何を考えたかなんかには全く興味がないおうみは代わりにズソソソソとミックスオレを一息に吸い込んだ。

そして空になったパックをひょいとゴミ箱に投げ捨てる。

バシッとゴミ箱に空パックがゴールしたその勢いで、渡り廊下の段差に足をかけたおうみは一度ヤツメを振り返り、上から腰に手を当てた。


「勇者よ。わしを陸上部に入れた事、後悔させてやる。貴様は近いうちに首だけになって、わしが支配した世界を見る事になるだろう」


おうみの長い黒髪が、千年前の魔王のマントの様にブワッと揺れた。

ひざ丈スカートのダサい女子高生の姿なのに、おうみのその様子はやはり千年前の勇者が生涯の目的とした史上最大の敵・魔王そのものだった。



そして余談ではあるが、ヤツメをビシッと指さしたおうみの後ろには、大きな体育館があった。

校舎裏は少し影になっているが、向こうに見える体育館は陽の光に照らされて輝くように白い。

そしてその壁には、いくつもの垂れ幕が垂れ下がっている。


『一球入魂 野球部』

『Never Give Up バトミントン部』

『全身全霊をかけろ! サッカー部』……


そして『天下をとる! 陸上部』


図らずも、特に弱小と言われる陸上部の掲げるスローガンは、おうみの魔王としての野望と合致していた。

……まあ、字面だけだが。



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