魔王はお友達の勇者くんたちがお見舞いに来てくれるのをとても楽しみに待っていました
ぼくは山の中の洞窟に住んでいます。人間たちは、ぼくを“魔王”と呼んでいますが、どうしてなのかは分かりません。ぼくは、ただただパパからこの山を護るように言われているだけだから。
パパが言うには、この山には鉱物資源がたくさんあって、それを人間たちが狙っているんだって。その鉱物資源を掘り出すと、たくさんの毒が山の下の方に流れていって、たくさんの獣や木や草や貧乏な人間たちが苦しむ事になるんだって。だから、鉱物資源を掘りにやって来る人間たちは追い返さないといけないんだって。
ぼくには凄い魔力があるので、それを使ってたくさんの魔法生命体を生み出して、鉱物資源を掘りにやって来る悪い人間たちを追い返しています。でも、中には悪くない人間もいるのだって。そういう人間とはお友達になってもいいってパパが言っていました。ぼくは早くそういう人間が来ないかと思っていました。だって、ひとりぼっちで寂しかったから。そして、ある日にとうとうそういう人間たちがやって来たのです。
その人間たちは、鉱物を掘り出す道具じゃなくて、剣とか弓とか魔法の杖とかの武器を持っていました。地面を掘る道具じゃないから、悪い人間たちではないはずです。その人間たちはぼくのいる洞窟までやって来ると、それら武器を使って僕を攻撃してきました。
すぐにぼくは分かりました。
“戦いごっこだ!”
こんなに簡単に一緒に遊んでくれるなんて、とてもいい人間たちです。
ぼくは大喜びをして、一緒に戦いごっこをしました。だけど、ぼくは失敗をしてしまったのです。ぼくは“てかげん”というのが苦手で、つい力を出し過ぎてしまって、それでみんなはすぐに帰ってしまったのでした。
“ごめんよう、次はもっと力を出さないようにするから、もっと一緒に遊んでよう”
ぼくは洞窟の中で泣いていました。せっかく遊びに来てくれたのに、またひとりぼっちです。
ところがです。
そこに勇者くんたちがやって来てくれたのです。勇者くんたちは、前に来た人間たちよりも強くて、ぼくがちょっと力を出し過ぎたくらいなら大丈夫でした。遊び疲れると帰っていきましたが、何度も遊びに来てくれます。ぼくはそれが嬉しくて、勇者くんたちが来るのをとても楽しみにするようになりました。
だけど、しばらくが過ぎると勇者くんたちはあまり遊びに来てくれなくなってしまったのです。嫌われたのではなくて、きっと何か他に用事があるのだと思います。
そして、ぼくは勇者くんたちが来てくれないのがあまりに寂しかったからか、ある日に病気になってしまったのでした……
「――このままじゃ、あの魔王は倒せない」
宿の食堂で、勇者キーザスが言った。
「そうだな」と、それに魔術師のヨルが頷く。
彼ら勇者パーティが討伐を依頼された魔王は、予想以上に凄まじい力を持っていたのだ。彼らが必死に立ち向かっても、ほとんどダメージを与えられない。奴はまるで遊んでいるようにすら思えた。
パワータイプのアストロが言った。
「戦い続けても、疲弊してジリ貧で全滅するだけだ」
勇者キーザスが頷く。
「ああ、だから何か作戦を立てなくちゃいけない。だが、糸口となる情報は見つけられなかった」
ここ数日、彼らは魔王に関する情報を集めていたのだ。
魔王と呼ばれる魔法生命体は、天才魔法学者グルトが生み出した。エネルギー源は火山であるらしく、ほぼ無限に等しい。天才魔法学者グルトは、鉱物資源の採掘によって周囲の環境が破壊され、汚染される事を危惧し、そのような魔法生命体を生み出し、山を護らせているのだ。
もちろん、鉱物資源の利権を我が物にしたい官僚や政治家達にとってはただの障害物でしかない。
だから、国は“魔王”と山の魔法生命体を定義し、懸賞金までかけたのだ。が、並みの賞金稼ぎではまるで歯が立たず、遂にはS級冒険者であるキーザス達勇者パーティが高額で雇われたのである。
だが、その彼らですら、なんとか戦闘が成立するくらいでしかなかった。だから一旦引いて、魔王の弱点を探る為に情報収集をしていたのだった。
魔王に対する突破口が見い出せず、キーザス達が暗い表情でいるところに、突然明るい声が飛び込んで来た。
「ねぇねぇ、耳寄り情報だよ!」
それは軽量級魔法剣士のベチアとサナチアだった。
「なんだよ?」
どうせくらだない情報に決まっていると、キーザスがぞんざいな口調で返す。しかし意外にも、彼女達が仕入れて来たのはとても有用な情報だった。
べチアが言う。
「――今、あの魔王は病気で苦しんでいるらしいよ!」
なかなか勇者くんたちは来てくれません。早く会いたかった僕は、ある日思い付きました。
“そうだ! ぼくが病気で苦しんでいるって伝えれば、みんなは心配をしてお見舞いに来てくれるかもしれない!”
だから、魔法生命体を使って、ぼくはぼくが病気だという話を人間たちに伝えたのです。すると、やっぱりみんなはさっそくやって来てくれました。
見張りの魔法生命体が、ぼくにそう教えてくれたのです。
嬉しいな、嬉しいな。
今日は必要ないと思って、いつもは山を護らせている魔法生命体をぼくは仕舞いました。考えてみれば、勇者くんたちは、山を掘りに来ている訳じゃないから、そもそも必要なかったのです。
もう、すぐそこまでみんなは来ています。足音が聞こえる。早くみんなに会いたいな。今日はぼくは病気だから、戦いごっこじゃないはずです。一度で良いから、みんなとおしゃべりをして楽しみたかったのです。ぼくは心を躍らせました。
嬉しいな、楽しみだな。
魔王のいる洞窟に入ると、キーザスが剣を抜いた。
「いいか? 先手必勝全力速攻だ! 一瞬であの魔王をぶっ殺すぞ? 病気だからって油断するな!」
「おう」、「分かったわ」とそれにパーティの面々は返す。爆弾、特大魔法、超強力な毒。彼らの持ちうる最大の攻撃を、彼らは魔王にぶつけるつもりでいた。
――嬉しいな、楽しみだな。
魔王はお友達の勇者くんたちがお見舞いに来てくれるのをとても楽しみに待っていました。